第14話 愛の形は人それぞれ

「アレは私を甚振っていた訳でも虐めていた訳でも叱っていた訳でもない。子どものお前には解らなかったのかもしれないが、アレは私を悦ばそうとしていたのだ」


「ま、魔法使いさん?」


 いきなり語りだした魔法使いにアデラレーゼが疑問の声を上げた時、その追求を遮るようにリンゴンリンゴンと十二時の鐘が鳴り響きます。


 するとどうでしょう。


 魔法使いの全身から驚くほどの量の白い煙が噴き出して、広間を白く包んでしまいました。


「王子をお守りしろ!」


 いきなりの事態に城内は騒然です。


 白い煙以外何も見えませんが、バタバタと慌しい音だけが響きました。


 そして、風でも吹いたかのようにいきなり煙が晴れます。


 それこそ魔法のように。


「視界が見えぬ中、見事な忠誠心と錬度だ。元騎士団長の私も鼻が高い」


 そして煙の中から姿を現したのは胡散臭い筋肉質な大男ではなく、タキシードに身を包んだ落ち着いた雰囲気を持った紳士でした。


「久しぶりだな、愛しい我が娘よ」


「お、お父様!?」


「騎士団長!?」


 何という事でしょう。


 魔法使いの正体は、騎士団長にしてアデラレーゼの大好きなお父様、その人だったのです。


「知ってるかい、アデラレーゼ? 戦場で死んだ戦士の内、選ばれた者はヴァルハラへと行く事が出来るんだ。そして私は選ばれ、魔法使いとしてこの国を守っていく役目を承ったのだ」


 そんな事言われたって、アデラレーゼが知っている訳ありません。


 そもそも、なんだそのヘンテコヴァルハラは、という話です。


「他にも仕事は色々あったのだが、お前の言うとおり。まず私は赤の他人ではなく、愛しい娘を助ける役目を選ばせてもらったのだよ」


「あ、はい……」


 あまりにも今更過ぎる話題に、アデラレーゼは少し気後れしましたが、かろうじて声だけを返しました。


「アデラレーゼ、よく聞きなさい。『普段は強く逞しく頼りがいのある私が、華奢な私の指や鞭一本で声を上げる、それが楽しくて楽しくて仕方が無い』。妻はこう言っていた。そして私も妻が喜ぶのなら、と甘んじて妻の行為を受け入れた」


「そ、それじゃあ全部お母様の為に?」


 僅かな希望を込めてアデラレーゼは父へと尋ねます。


「……その筈だった」


 しかし、父は首を横に振ってアデラレーゼの言葉を否定しました。


「戦場で戦いに明け暮れていた私に普通の行為では物足りなかったのか、それとも私に元々素養があったのか。あるいは、妻との間に確かな愛情があったのか。奇跡が起こったのだ」


 父の言葉に、アデラレーゼの背筋に何故か悪寒が走ります。


 何となく解っていたのです、それが碌でもない奇跡だという事は。


「ただ妻が喜ぶ顔が見たい、声が聞きたい。そう思って鞭を受けていただけだった私の身体に、言い知れぬ快感が走り出したのだ。そして、いつしか私の身体は、鞭だけでなく蝋燭にも反応し、拘束される度に喜びの声を抑える事が出来なくなっていた」


 とても常人には受け入れ難い奇跡でした。


「そして私は妻の気持ちが何となくだが解った。普段は優しく淑やかな妻に責められる、それがどれほど興奮する事なのかを!」


 遠くからでも解るほどに強く拳を握り、熱く叫びだした父の言葉に偽りなど無いようでした。


 事実、誰よりも父を見てきたと自負しているアデラレーゼですら、そこに嘘の一つも見付ける事が出来ません。


 それだけに城内はドン引きです。


 固まり過ぎて白目を向いているエロイゼ大臣と首を傾げているムテキン以外は。


「私の可愛いアデラレーゼ。お前が見たのは妻と私が身も心も愛し合っていたという証なんだ。ミュリエルは私を悦ばそうと、渋々付き合ってくれていたに過ぎない」


「お、お父様……」


 アデラレーゼは父の言葉に涙ぐみ、何か言いたげに口をパクパクと動かすだけでマトモに言葉を発する事が出来ません。


 そう、どこか遠くでも見るようにして懐かしんでいる父の姿に、言いたくてもどうしても言えなかったのです。


 そんな証、消えてしまえなどという酷い言葉は。


「済まない、ミュリエル。お前は私を叩きたくないと言うのに無理をさせてしまって……」


「いいえ、あなたが喜んで下さるなら私はどんな事だって」


「ああ、愛しいミュリエル……」


「でも今だけは甘えさせて下さい、あなた……」


 強い酒にでも酔っているかのような熱っぽい目と赤らんだ顔で、ミュリエルは父の胸へともたれ掛かります。


 そこに居たのは鮮血の戦乙女と呼ばれた女将軍でなく、ただ愛する人へと甘える一人の女でした。


「お、お義母様があんな表情を……」


 アデラレーゼは、ようやく確信する事が出来ました。


 二人の夫婦の間に確かな愛があったという事を。


 決して、子どもの為に自分を犠牲にした結婚ではなかったという事を。

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