3-6【俺と少女とはぐれ魔女】

 世界の狭間に飛んだり知ってた猫が魔女だったり。


 色々ついて行くのが大変な状況に巻き込まれてしまった俺だが、どうにか見慣れた町へと帰ってくることが出来た。


 戻ってみれば既に外は真っ暗で、スマホの時計を確認してみたら午後十時を大分過ぎたところだ。



 そんなこんなで、俺は一度家から必要なものを持ってきた後、フィーちゃんとリーンシェッテを連れて近くのファミレスまでやってきた。


 時間が時間なので店内に人は少なく、俺と同年代くらいの四人グループが話題に花を咲かせているのが伺える。


 そのグループから距離を取り、俺達は店の奥、窓際に設けられた四人掛けのテーブル席に座った。



 両側二人掛けソファの席に、フィーちゃんとリーンシェッテが並んで座る。


 リーンシェッテの方は服装を魔法で好きに変えられるらしく、今は近所の高校の制服に変わっている。


 ワインレッドのブレザーと白いチェック柄のプリーツスカートという夏場としてはかなり目立つ格好で、容姿的にはギリギリ三年生と言えるところか。



 フィーちゃんについては服を変えることが出来ず、更に頭からは狐の耳が出ている。


 とりあえず家にあった大きめのハンチング帽を被ってもらっているが、耳をたたんでいるせいかどことなく窮屈そうだ。


 傍から見ればコスプレみたいな格好にこの帽子なので、もしも客の多い時間だったら周囲の視線がかなり突き刺さってきたことだろう。



 というか、小さな子に女子高生を連れた大学生くらいの男って傍からどう見られるだろうか……。


 そんな事を考えつつ向かい側の席に座っていると、早速リーンシェッテが注文用のタブレットに手を伸ばす。



「あったあった、この何たら風ドリアとかいうの一度食ってみたかったのだ。坊、ワガハイはこいつを頼むぞ」



 我先にと手にしたタブレットを慣れた手つきで操作するリーンシェッテ。


 異世界人といえども、千年もこっちで暮らしてたらこうもなるか。



「遠慮ないなぁ。フィーちゃんは何がいい?」

「えっ、えと……お水だけでも」



 と、消え入りそうな声でつぶやくも、それをかき消すかのように子猫の鳴き声を思わせる音が鳴る。


 何事かとフィーちゃんを見てみると、顔を真っ赤にしてうつむいている。



「腹が減っては何とやらだぞ、娘。遠慮なぞするな」

「それは俺のセリフなんだけど」



 完全にこの場を仕切っているリーンシェッテを横目で見つつ、俺はフィーちゃんの前にタブレットを差し出す。


 タブレットの扱いに慣れていたリーンシェッテとは違い、フィーちゃんはテーブルに置かれたタブレットをじっと見つめているだけだ。


 そして何度か首を傾げつつ、おそらく見よう見まねで画面に指を滑らせる。



「え? えぇ? あらら?」



 流れていく画面を前に困った様子のフィーちゃん。


 そりゃあこんなもの触るの初めてだろうし、こうもなるか。



「じゃあ俺が操作するから。とりあえず食べたいもの教えてよ」

「す、すみません。それじゃあ……」



 その後俺が操作する画面を見ながら、フィーちゃんはミートソースのパスタとパンを選ぶ。


 後は自分用にピラフのセットを頼み、その後は注文を待ちつつ目立たぬよう言葉少なめに過ごした。




 リーンシェッテが勝手に頼んだケーキを食べ終わった後のこと。



「さて、いい加減黙っていても何も進まんからな。そろそろ今後のことを話そうじゃないか」



 二人掛けのソファにふんぞり返りながら、リーンシェッテが俺達を見回す。



「今後のことって、こんなところで話すことじゃないだろ」

「安心せい、声が届かぬよう細工をした」

「そんなことも出来るのかよ……」



 見事なドヤ顔を決めてくるリーンシェッテ。


 ただ実際この魔女は何でもありと言ってもいい。自由自在に魔力を操っている感がすごい。



「というかさ、何でずっと猫の姿でいたんだよ?」

「ああ。魔力の存在しないこの世界では、一点に魔力を留めておけずに霧散してしまうのでな。何やかんやあってあの姿になってしまっただけだ」

「なるほど……って、じゃあ今も無暗に魔法使えないんじゃ?」

「娘が狭間との入り口を開いたからの。今はそこから魔力を引き出しておるのさ」



 つまり、フィーちゃんがこの世界に来たことでリーンシェッテにとっても都合のいい事が起きていたわけだ。



「私のせいで、古の魔女が力を取り戻してしまったんですね……」

「ははっ、そう気に病むな。おかげで色々助かっているだろう?」

「いや、その理屈はおかしいだろ」



 確かに命を救われはしているものの、その発端はそこで大笑いしているリーンシェッテの挑発にあるのではないか。


 まあどれだけ言おうともそんな言葉に耳を貸すタイプではないのは分かっている。



 俺はため息を漏らしつつ、アイスコーヒーをストローで吸う。


 質の良い苦味と酸味が口の中に広がり、多大な情報を叩き込まれた頭をリフレッシュさせてくれる。



「それでだ、結局のところお主らはワガハイに勇者を渡すつもりはないのだな?」

「ッ! 当り前ですっ。いくら未熟と言われようとも、私はこの日のために研鑽けんさんを積み重ねてきたんですから!」



 声を荒げて勢い良く立ち上がろうとするフィーちゃん。


 だが音が聞こえない細工がされているとはいえ、ここは公共の場だ。


 すぐにフィーちゃんは自分がはしたないことをしていると気付いたらしく、周囲の様子を伺った後肩身を狭そうにしながら着席した。



 その様子をけらけらと笑いながら眺めるリーンシェッテ。


 確かにリーンシェッテは挑発気味な言葉を選びがちだが、それにすぐ乗っかってしまうフィーちゃんも問題かもしれない。



「なるほどな。まあそこまで言うなら聞かせてもらおうではないか、研鑽の結果とやらを」



 頬杖を突きながら、リーンシェッテが隣で顔を赤らめるフィーちゃんを見る。


 そんな彼女をフィーちゃんは恨めしそうに睨みつけるも、すぐに胸に手を当て呼吸を整える。



「……分かりました。何より康介様には聞いていただきたい内容ですから」



 それもそうだ。どうやらフィーちゃんの計画にとって俺の作るジオラマは最も重要なものらしい訳だし。



 狭間の世界で行われた一連の現象を見るに、つまりはフィーちゃんの力で俺のジオラマを現実の迷宮へと変化させるつもりなのは理解できた。


 だがここまでのことではっきりしているが、向こうの世界において勇者はほぼ見捨てられた存在だ。


 果たして俺達二人だけでこんな大それたことが可能なのだろうか。



「康介様もお気付きの通り、今回のことは私が個人で進めていることです。他の方の手は借りれません」

「うん。でもそうなると、あの巨人を俺達の力だけで迷宮に入れなきゃいけないわけだよな」



 窓の外から見た巨人の背丈は、目測でも余裕で五メートル以上はある。


 これでは人力など到底不可能だ。少なくとも重機の一つや二つは用意できなくては。


 まさか重機のプラモデルを魔法で本物に仕立て上げるのか? だがその場合燃料やらはどうなる?


 そもそも俺、重機の免許なんて持ってないし……。



「そんなもの、娘が魔力で無理矢理拘束するほかないだろうて」



 ここまで話を聞いていたリーンシェッテがさも当然のように答える。


 まあ、やはりそうなるのだろう。魔法が文明の基礎になっている世界の人間ならば。



 しかし……俺はフィーちゃんの被る帽子を見る。



「ま、そんなことをすれば娘は今度こそ化け物に変わるぞ」

「だよな」



 自らの魔力を消耗することで瘴気がフィーちゃんの体に入り込み、それによる肉体の変化を及ぼす。


 無茶な魔力の消耗は、彼女らが異形と呼ぶ者に自ら変化しに行くようなものだ。


 だが、俺達の視線を一身に受けようともフィーちゃんは固い表情を崩すことはない。



「最初は驚きましたが、想定されていたことに変わりはありませんし、覚悟も出来ています」

「フィーちゃん……」

「例え異形に身をやつそうとも、ターシャ様が安寧を得られる場所を用意できれば、それが私の本望です」



 そういう風に言うとは思っていた。


 元より故郷を捨てるような勢いで異世界までやってきた彼女だ。少々自暴自棄になっていても納得できる。


 だが出会ったばかりの他人とはいえ、小さい子のこういう姿は見ていて気持ちのいいものではない。


 出来ることならばフィーちゃんが無事に目的をやり遂げられればいいのだが、魔法とは無縁の俺にそれは無理だ。



 本当にこれしかないのか。


 唯一勇者を想って行動を起こしたこの子が、その使命のために犠牲になるしか方法はないのか。


 今際の際の勇者が世を恨んで犠牲になったとしても、かつて仲間として行動を共にした少女が化け物になるのを喜ぶのか。



 いや、どれだけ考えても結局は中身のない理想論だ。


 俺に力がない以上、提案者であるフィーちゃんの意見を尊重するほかにない。



 視線を落とし、アイスコーヒーから顔を出す氷を見つめる。


 フィーちゃんの覚悟を決めた顔を、見ていることが出来なくて……。



「まあ待て、そう早まるでない」



 そんな緊迫した空気を断ち切ることのできる、唯一の声。


 顔を上げた先には、心底呆れた様子のリーンシェッテの姿が目に入った。

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