プラスチック・ファンタジア ~模型趣味の俺が追放勇者のためにダンジョンを作ることになったんだが~

蕪菁

第一章【プラスチック製の迷宮】

第一幕【依頼人現る】

1-1【寿山の麓にて】

「店番? 俺が?」


 それは六月末とは思えないクソ暑い屋外を耐え忍び、馴染みの模型店まで辿り着いた俺に告げられたことだ。



「夏祭りの打ち合わせでちょっと外さなきゃいかんのよ。頼むよ青島あおしまくぅん」

「いやだから言ってるじゃないですか。いい加減バイト入れろって」



 カウンター越しに拝み倒してくる黒い作務衣さむえ姿の店長。


 彼の薄くなった髪を、天井のエアコンから吹く風が揺らす。


 店長一人で経営するには少々広めの店内を見て、俺は深いため息をついた。



「ていうか、俺客が来た時の対応なんて知らないんですよ。頼む相手間違ってますって」

「大丈夫大丈夫! とりあえずこっち来てほらっ」



 俺の話に聞く耳を持たず、突然カウンターを乗り越えてきた店長がこちらの背後に回り背中を押してくる。


 高齢かつ長年世話になっている店長相手に乱暴なことは出来ない。仕方なく俺はカウンター奥へと誘導されることにした。



 カウンターの内側など立ったことがなかった為、こちら側から店内を見渡すのは初めてだ。


 客側より天板が一段下がった形状のカウンターには、最近買い換えたという新しめのレジスターが置かれている。


 他にも業務に使う事務用品が邪魔にならないところにまとめられており、カウンター下には大と小それぞれのレジ袋が入った箱が置かれている。


 他にも色々と雑多に物が置かれている部分もあるが、いちいち見ていても仕方のないものだ。



 それにしても、立ち位置が変わるだけで馴染みの風景も意外と新鮮に映るものだ。


 天井の照明で明るく照らされた店内を眺め、わずかながらの感動を覚えてしまう。


 だからといって仕事がしたいというわけでもないのだが。



「勝手に立たせないでくださいよ」

「いやいや大丈夫っ、ちゃんと様になってるよー。あ、これレジの使い方メモね」

「そんなよいしょされても嬉しくないですって。てか無理矢理握らせないで」



 いつの間にかカウンターの向こう側に立っていた店長が拍手をする。


 強引にメモを渡してくるし、いよいよこれは店長からしたら完全に俺が店番を任される流れになってるな。



「というか巫女さんはどうしたんですか? いつも無理言って手伝わせてるのに」

あやちゃん? ダメに決まってるでしょっ。夏祭りだって言ってるじゃない」



 だったら常連にいきなりレジ打ち任せるのもダメだと思うんだけどな。



 ちなみにこの店、寿山ことぶきやまという小さな山の麓にある雑居ビルの一階にあり、ここには元々中規模のローカルスーパーが入っていた。


 そこが十五年ほど前に閉店した後にこの店長……山の中腹に建つ神社の神主さんが買い取り、今の店を始めたのだ。


 神主が副業っていうのがよくあることなのかは知らない。


 しかし子供の頃からプラモデルが好きだったと豪語していた辺り、こういう店を持つ夢があったのだろう。



 そういうところは共感持てるし、いい店だからこうして常連になった訳だ。


 だが人手が足りないからって巫女さんまで店の方に招集するとは、なかなかの職権乱用ではないか。今回はNGのようだが。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか店長の姿がガラス張りの自動ドア越しにあった。



『それじゃあよろしくっ』



 口パクでそんなことを言い、こちらに右手を挙げつつ神社の方へと駆け出した店長こと神主さん。


 いやちょっと待ってよ。どうすればいいのか全然教えてもらってないんだけど。


 あいにくこっちは清掃とか配達のバイトしか経験がないんだぞ。レジ打ちなんてやったことがない。



 こんないい加減さでよく店が潰れなかったものだ。


 呆れすぎて言葉を失った俺は、天井を仰ぎながら再び大きなため息をついた。



「んっ?」



 その時、足元を何かがすり抜けていく気配を感じる。


 ここで何も知らなければ幽霊か何かだと思うだろうが、俺には思い当たる存在があった。



 目線を床に落とし、傍らに置かれた小さなテーブルを見る。


 その上には使い古しの白い座布団が入った買い物かごが置かれており、座布団の上には牛柄を連想させる白黒のスマートな猫が丸まっていた。



「よお、相変わらずいい加減なご主人様だな。タケル」



 この子の名前はタケル。神主がオスだと思って名付けたメスの看板猫だ。


 俺が初めてこの店に来た時点で既にいたため、年齢は十歳かそれ以上といったところか。


 さっきまで姿を見ていなかったから、神主さんが外に出たのと入れ違いに散歩から帰ってきたのだろう。



 俺は近くの丸椅子に腰を下ろし、くつろぐタケルの背中を撫でる。


 尻尾の方へと手を滑らせ根元部分を優しく叩いてやると、微かにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。



「……仕方ない」



 結局俺は店を放っておくことも出来ず、そのままタケルを撫でつつ店番をすることにした。


 こんな暑い日は、きっと客も少ないだろう。





 『プラモデルとおもちゃの店・アットライフ』



 手持無沙汰で何となく広げた青色のレジ袋に、白文字で目立つよう書かれた店の名前だ。


 ショーウィンドウに挟まれた自動ドアから店内に入ると、右手には俺の座るレジ。左手に新製品を並べる平積みの台が設けられている。


 そこから奥に進むと、右半分にプラモデルなどを陳列する棚の列があり、左手にはガラス製の大きなショーケースが壁に沿って並んでいる。


 このショーケースは元々お高めの商品を置く場所だったのだが、最近は俺達のような客が作った作品を展示するスペースとして貸し出している。



 今回暑いのを我慢して来店したのは、ここに置いてあるジオラマを追加するためだ。


 自室にも完成品を置いているものの、いい加減飾っておくスペースがなさ過ぎて新しいものも作れやしない。


 この店で展示スペースを設けたのも、俺が神主さんにそのことを相談したのがきっかけだった。



 ちなみに今回持ってきたものは、俺の傍らに置いた白い紙袋の中にある。



(この辺にケースの鍵とかないのか?)



 カウンターの下や背後の予約商品などを保管する棚を見てみるも、鍵の類は見当たらない。


 これは店長がそのまま持って行ってしまったか。


 平日の午後。客がいない今のうちに展示を済ませてしまおうと思ったんだけどな。



 俺はカウンターで頬杖をつき、目の前の新製品が平積みされた台を眺める。


 といっても、今時新製品なんてものはよほどのことがない限り発売日当日になくなってしまう。


 ここもご多分に漏れず、偶然残っているプラモデルの箱が一つか二つ乗っているだけだ。



(新しいのは明後日だし、目当てのモンも特にないからなぁ)



 そんなことを思いつつ、今度は店の入り口に視線を向ける。


 左右のショーウィンドウに挟まれる形で設けられたガラス製の自動ドア。


 外ではうんざりするような日差しに道路が焼かれ、ガードレール越しの車道を車がまばらに通り過ぎていく。



 それでも夕方になれば、山が日陰になってくれるので案外涼しい場所だ。


 打ち合わせとやらがいつ終わるのか分からないが、せっかくだし日が暮れるまでこうしていようか。電気代節約だ。



 その時、ショーウィンドウ越しに歩道を歩く人影が目に入る。


 展示されている日焼けした模型の数々で容姿は伺えない。


 その人物がショーウィンドウの前を通り過ぎ、店の入り口で立ち止まった。



(女の子……えっ?)



 自動ドアの前に立つ、明るい茶髪の女の子。年は中学生くらいだろうか。


 青い瞳と幼さの残る外国人風の顔。


 前髪は目の上辺りで切りそろえてあり、後ろ髪はおそらく背中の中ほどまで伸ばしているように見える。



 だがそれ以上に、俺の目は彼女の服装に釘付けとなっていた。


 青色を基調としたローブといえばいいのか。まるでファンタジー世界の神官とか聖職者みたいな格好なのだ。


 白色の袖口は折り返されたような形になっており、ローブ自体も白や金色の刺繍で飾られているのが分かる。


 頭には服と同じ青色に白い線が走る、四角い小さめの帽子をかぶっている。



 そして極めつけは両手で握りしめる金色の杖。


 小柄な少女の身長より二回りほど長く、先端には赤い宝玉らしき物が取り付けられていた。



 あんなクソ暑い屋外を長袖ロングスカートの異様な恰好で出歩く少女。


 これは果たして不審者として扱うべきなのか?


 そんなこんなで悩んでいると、少女は意を決した表情で自動ドアの前に立つ。



 少女の姿にセンサーが反応し、風鈴の音を立てながら自動ドアが開く。


 その様子を見ていた少女は、わずかに肩をびくつかせたように見えた。

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