現実との狭間

 修がメタバースからログアウトすると、現実の世界が一気に現れた。薄暗い部屋に戻ると、目の前に広がるのはいつものPC画面と静まり返った空間。彼はVRヘッドセットを外し、深呼吸をしてゲーム内での高揚感を落ち着かせる。冒険の余韻が心の中に残る中、ふと窓の外に目を向けた。夕日が沈みかけ、空がオレンジ色に染まっている。


 その光景は、現実の生活が持つ穏やかな美しさを思い出させた。彼はベッドに横たわり、天井を見つめながら、メタバースでの出来事を思い返す。ゲームの世界が、彼の日常に新たな彩りを添えていることを実感する瞬間だった。


 夕食の時間が近づいてくる。修はリビングに向かい、家族が集まる食卓に着く。温かい料理の香りが漂い、家族の温もりが感じられるこの場所は、メタバースの冒険とは異なる安らぎをもたらす。しかし、心の片隅では、まだゲーム内での興奮が消えずに残っている。


 食事を終えると、修は自分の部屋に戻り、机に座って宿題に取りかかる。しかし、頭の中ではメタバースの光景がぐるぐると回り、氷の洞窟での戦いや、美咲との連携プレイが思い出される。その記憶が、現実の勉強への集中を阻んでいた。


「やっぱり、あの世界は特別だな……」


 修は内心でそう思い、宿題を終えると再びPCの前に座った。メタバースへのログインは、彼にとって日常の楽しみであり、現実からの逃避でもあった。しかし、その夜、修はメタバースの世界に再び足を踏み入れると、ある異変を感じた。


 翌日の学校では、授業中にメタバースのことをふと考えてしまい、集中力が欠ける場面が増えていた。教師の声が遠くに感じられ、ノートに書かれた文字がぼやけて見える。友人たちの笑い声や会話が、どこか現実味を帯びなくなり、彼自身が現実から少しずつ離れていく感覚にとらわれる。


 放課後、修は美咲と学校の図書館で待ち合わせをしていた。二人はメタバース内での冒険だけでなく、現実の世界でも頻繁に会うようになっていた。しかし、その日、美咲に会った修は、いつもの元気さが感じられない疲れた表情をしていた。


 家に戻ると、修はすぐにPCに向かい、メタバースにログインしようとする。だが、その時、画面に謎のメッセージが表示された。『警告:あなたのアカウントが不正アクセスの危険にさらされています』という一文が、修の心を一瞬にして冷たく凍らせた。


 恐怖と不安が一気に押し寄せ、彼は慌てて対策を講じようとするが、次の瞬間、PCは突然再起動し、画面は真っ暗になった。修は胸の奥に広がる不安を抑えられず、再びPCを起動させる。しかし、メタバースのログイン画面が表示されると、彼のアカウントはロックされていた。


 その夜、修はベッドに横たわりながらも眠れず、頭の中で不安が渦巻く。メタバースでの経験が、現実に影響を及ぼし始めていることを感じ取り、このままではいけないと自分に言い聞かせた。


 翌日、学校で美咲に昨夜の出来事を話すと、彼女は真剣な表情で耳を傾けていた。美咲の言葉に励まされながら、修はメタバースの運営に連絡を取り、対策を講じることを決意する。


 数日後、修のアカウントは無事に復旧し、セキュリティが強化されたが、彼の心には今回の出来事が深く刻まれていた。美咲と共に、現実とメタバースのバランスを取ることの重要性を再認識し、二人はそれを心に留めながらも、メタバースでの冒険を再開した。


 次なるクエストに向けて、修と美咲は新たな挑戦に立ち向かっていく。二人の絆は一層強まり、現実世界と仮想世界の両方で成長を続けていく。どんな試練が待ち受けていても、二人なら乗り越えられると信じていた。


 修は、メタバースでの経験が現実世界での成長にも繋がることを感じながら、次の冒険へと歩み出す。現実と仮想のバランスを保つことが、彼にとっての新たな課題であり、目標となったのだった。

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