不義の子と祭り準備

第40話

「お……重いっ……」


 詩兎は一人で大きな籠にいっぱいになった竜眼石を運んでいた。

 詩兎に研磨の仕方を教えて欲しいと言った男性の職人達は理杜と同じくらいの技術しかなかったが、やはり筋は良かった。


 吸収が早く、コツを掴むのも早く、詩兎を合わせて四人いたので研磨作業は思った以上に捗ったのだ。


 昨日は理杜に任せてしまったので今日は詩兎が竜眼石を納品に行くと言って研磨局を出てきたのだが、後悔した。

 理杜はこれから用事があると言っていたし、二人の職人はコツを忘れないうちに身体に叩き込むと言って研磨に夢中になっていたのでそっとしておいた。


 だけど、誰かに手伝ってもらえば良かったかも……。


 重過ぎる。


 意気込んで出てきたものの、今になって人の手が借りたくなるとは。


 竜眼石を持ったまま歩いていると賑やかな音が聞えて来る。

 池を挟んだ向こう側がお茶会の会場になっているのだ。


 人がいる方に何気なしに視線を向けるとやけにキラキラと輝いて見える長身の男がいた。


 露火である。


 遠くからでもはっきりと分かる。

 そしてその隣にいる人物が目に入り、詩兎は言葉を失う。


 うっかり抱えていた籠を落としそうになるのを何とか堪えたが、視線は露火とその人物の方から離すことができない。


「嘘でしょ……」


 詩兎の視線の先には露火と露火に微笑みかけられて頬を赤らめる華陽の姿があった。


 その光景に、二人の婚姻話の信憑性が増す。

 そして詩兎の心の中で何かがバラバラと崩れ落ちるような音がした。

 胸が引き裂かれるような痛みと、足元が崩れ落ちるような絶望感が同時に詩兎を襲う。



 結局は露火様も華陽の方が良いのね。


 なら自分はなんなのか。

 いや、そもそも自分は仕事を頼まれた。

 職人として露火に必要とされたからここにいる。


 女性として選ばれたわけじゃない。

 そんなことは分かっている。


 可愛げもなく、色気もない自分よりも華陽の方が女性としては何倍も魅力的だ。

 血筋に関しても竜眼石の扱いに長けた華陽の方が好ましいに決まってる。


 頭では理解しているのに、また選ばれなかったと落ち込んでしまう自分がいて、悲しくなる。


 泣くな。泣くと余計に惨めになる。


 そう言い聞かせても目頭は勝手に熱くなり、視界も滲む。



 とにかく、ここを離れよう。

 

 詩兎は逃げるようにその場を離れようと足を進めた。

 そして角を曲がった所でドツンっと何かにぶつかり、勢いで後ろによろめいてしまう。


「きゃあっ」


 抱えていた籠が落下し、竜眼石が地面に転がった。


「あぶねっ」


 詩兎は後ろに倒れ込みそうになるが、姿勢を保てなくなる寸前の所で腕をぐいっと強く引かれたことで転倒を免れた。


「おい、大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です。申し訳ありませんでした。少し余所見を……」


 男性の言葉に詩兎は答える。

 そして顔を上げたところで言葉を切った。


 目の前に精悍な青年の顔がある。

 露火には及ばないがなかなかの美丈夫だ。


 健康的な肌に、凛々しい顔立ち、髪はありふれた黒色。

 印象的なのは目の色だ。


「…………お前、名前は?」


 青年はじっと詩兎を凝視し、そして訊ねた。

 ここで名前を聞くのは唐突な気もするが詩兎は答えた。


「詩兎と申します」


「詩兎か。俺は……そうだな……瑛とでも呼べ」


 何それ。絶対本名じゃないでしょ。


 詩兎が訊ねる前に眼前の男は『今適当に決まました』というような感じで『瑛』と名乗った。


「少し付き合え。外に行く」


「えっ⁉ 外⁉」


 瑛は詩兎の腕を引き、面白いものを見つけた少年のような表情を作る。


 急すぎない⁉

 それに私、この竜眼石を運ばなきゃいけないんですけど⁉


 

 驚く詩兎を見て悪戯っぽく細められた瞳は詩兎と同じ青色をしていた。



 

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