第37話

「す……凄い……」


 少年、理杜は詩兎が磨いた竜眼石を前に目を輝かせ、感嘆の声を零す。

 

 詩兎の手によって磨かれた石は輝きが違う。

 そして研磨速度も速い。けれども、雑にはならない。


 「ほら、あなたもやるのよ。間に合わないでしょう」


 詩兎は理杜に研磨のやり方を一から教えた。

 理杜の研磨はあまりにも足りな過ぎる。

 気の練り方も、研磨の仕方も何もかもが足りない。


 けれど、筋は良いわね。

 きっと、経験を積ませれば、相当腕の良い研磨師になるに違いないわ。


 まだまだ粗削りな理杜だが、竜眼石に向き合い、熱心に作業をしているの見た詩兎は理杜の今後に期待する。


 チラチラと詩兎達の様子を窺うような視線を感じる。

 中には詩兎を疎ましく思うような、刺さるような視線も感じたが今は構っている暇がない。


 昼まで時間がないのだ。


 さて、急がなくっちゃ。


 詩兎は理杜に気を配りながら研磨に集中する。



 二人でなんとか昼までに研磨を終えることができた。


「す……凄い」


 籠に収まった竜眼石を見て理杜は言う。

 本日二回目の『凄い』を頂いた。


 特に自分で磨いた石の輝きに感動している様子で、詩兎は微笑ましく思った。


 気が付けば局内は詩兎と理杜だけになっていて、詩兎は首を傾げる。


「あぁ、ここは昼にはほとんどみんな帰ってしまうんです。仕事も多くないので」

「なるほど……ろ……殿下の仰る通りみたいね」


 うっかり『露火』と口走りそうになるのを詩兎はギリギリのところで軌道修正できた。


「詩兎様は凄いですね。正直、みんなの話しと違い過ぎて……驚いています」


「どういうこと?」


「えっと……その、詩兎様が竜王殿下を誑かして研磨局に押しかけて来たとか……研磨姫ならまだしも、研磨もできない娘が来る場所じゃないとか……色々聞いていて……」


 あぁ、なるほど。


 詩兎は露火が自ら連れてきたことによって『竜王お気に入りの研磨師』ではなく、『竜王を誑かした女』になっているらしい。


「もうすぐ研磨姫と婚姻を結ぶのに……竜王殿下も家門の娘だから無下にできないんだろうな、と」


 ん?


 詩兎は聞き捨てならない言葉を耳にして硬直する。

 そして重要なことをすっかり忘れていたことに気付いた。


 家を追い出されたあの日、父は華陽が竜王殿下に見初められたと誇らしげに語っていたではないか。


 何でこんな大事なことを忘れていたのよっ! 私!!


 一度に色んなことが起こり過ぎて完全に失念していた。

 そもそも詩兎が家を追い出された理由が『華陽の婚姻の邪魔になる』

からである。


 竜眼石も扱うことができない一族の恥さらしがいては華陽が恥をかくという理由で詩兎は家を追われたのだ。


 それなのに……私って……。



 『竜王殿下』って、露火様のことよね?

 

 どういうこと? 露火様は華陽と結婚するってこと?


 詩兎は混乱する。

 露火は詩兎の家族を快く思っていないと考えていたのに、露火と華陽の結婚話が出ているのだ。


 胸が切り付けられるような痛みと、大きな焦燥感が詩兎の中で膨らんでいく。


「僕も最初は研磨もできないならここにいるのは場違いじゃ……と思っていたんですけど……失礼な態度を取ってしまって申し訳ありません」


「いいのよ、そんなこと気にしないで」


 そんなことはどうでもいい。

 それより二人の婚姻が事実か確かめなければ。


 詩兎の実力を目の当たりにして態度を改めたと理杜は正直に話してくれた。

 そのことを嬉しいと思いながらも、頭の中はほとんど二人の婚姻のことでいっぱいになっている。


「たぶん、みんな一緒だと思います。詩兎様の実力を知れば……あ、すみません。そろそろ行かないと」


「あ、手伝うわ」


 いくら考え事があっても、仕事を中途半端にするのはよくない。

 職人の仕事は竜眼石が相手に渡るまでが仕事だと祖父が言っていた。


「大丈夫です。あと、ありがとうございます。今日は嫌味を言われなくてすみそうです」


 理杜は明るい表情で言うと足早に研磨局を出て行った。

 詩兎はがらんっとなった研磨局内を見渡し、腕を組んで溜息をついた。


 そして重い頭を押さえる。


 二人の婚姻話が気になって仕方がないのだ。

 

 露火様は今日も昼過ぎにいらっしゃるかしら……。


 露火の住まう離宮の一室に部屋を与えられてから、露火は一日に一回は顔を見せに来る。

 いつも午前の公務を終えてから少し話をしてまた仕事に戻っていく。

 昼に会えない日は夕方か夜の寝る前の時間帯に会いに来て、体調や今日は何をして過ごしたのかを話す。


 一日の振り返りと報告のようなものだ。


 詩兎は悶々とする。

 早く、露火に問い質して疑問を解消したいのだ。


「早く会いに来てくれないかしら……」


 詩兎の切なくなった声が静かな室内に響いた。


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