第5章:内なる闘争
麗子の意識が冥府の深みへと沈んでいく。周囲の景色が溶け、代わりに無限に広がる灰色の空間が現れた。足元には六色の光の筋が蛇行し、頭上には無数の星が瞬いている。この幻想的な光景に、麗子は息を呑んだ。
「ここは……私の心の中?」
麗子の声が虚空に吸い込まれていく。突如、眩い光が現れ、その中から紫乃の姿が浮かび上がった。
「よく来たわね、麗子」
紫乃の声は、これまでになく厳かだった。
「ここがあなたの心の奥底よ。最後の試練を乗り越えなければならないわ」
麗子は深く息を吐いた。これまでの旅路が、走馬灯のように脳裏をよぎる。
「紫乃……私、どうすればいいの?」
麗子の問いに、紫乃は優しく微笑んだ。
「それは、あなた自身が見つけ出すことよ」
紫乃の言葉が終わると同時に、麗子の周りの景色が変化し始めた。灰色の空間が溶け、代わりに鮮やかな色彩が広がっていく。
突如として、麗子の目の前に一枚の鏡が現れた。そこには紫乃との思い出が映し出されている。大学時代、図書館の片隅で交わした初めてのキス。紫乃の柔らかな唇の感触、甘い吐息、そして心臓の高鳴り。すべてが鮮明に蘇ってくる。
「懐かしいわね」
紫乃の声が、優しく麗子を包み込む。
次の瞬間、鏡の中の映像が変わる。今度は葵との思い出だ。高校時代、二人で過ごした放課後。葵の明るい笑顔、優しい眼差し、そして温かな手の感触。麗子の心に、懐かしさと共に甘酸っぱい感情が湧き上がる。
「麗子……」
葵の声が、遠くから聞こえてくる。
麗子の心の中で、紫乃への過去の愛と葵への未知の可能性が激しくぶつかり合う。生への執着か、それとも解脱か。麗子は自問自答を繰り返す。
「私は……何を選べばいいの?」
麗子の声が震える。紫乃は優しくも厳しく麗子を見つめる。
「それは、あなた自身が決めることよ。でも、忘れないで。執着を捨てることの大切さを」
紫乃の言葉に、麗子は深く考え込む。しかし、その時、再び葵の声が響いてくる。
「麗子、お願い。戻ってきて。あなたにはまだ、やるべきことがあるはず」
葵の切実な願いが、麗子の心を揺さぶる。紫乃の表情が曇る。
「執着を捨てるのよ」と諭す紫乃と、「生きる価値がある」と訴える葵。麗子の心は激しく揺れ動き、進むべき道を見失いそうになる。
「現世への執着を捨てられないのなら、もう一度あたしに執着させてあげる」
紫乃が麗子に近づいてくる。その瞳には、これまでに見たことのない激しい炎が宿っていた。それは生前の紫乃とは異なる、死後の世界でしか見ることのできない情熱だった。麗子は、その視線に釘付けになる。
紫乃は麗子を強く抱きしめた。その腕の中で、麗子は紫乃の存在を全身で感じ取る。紫乃の体温、香り、息遣い、全てが麗子の感覚を刺激する。
紫乃の唇が麗子の唇を捉えた。それは激しくも優しいキスだった。麗子は、紫乃の唇の柔らかさと、その中に秘められた情熱を感じ取る。
麗子は、紫乃の情熱的な愛撫に身を委ねていく。紫乃の指が麗子の肌を這う。その感触に、麗子は小さく震える。それは単なる触覚的な刺激ではなく、魂レベルでの共鳴のようだった。
紫乃の唇が麗子の首筋を這い、耳たぶを甘噛みする。その感触に、麗子の全身が反応する。
「あぁっ……紫乃……」
麗子の声が、甘い吐息に変わる。その声には、快感と共に、深い感動が込められていた。
紫乃の愛撫は、生前よりも激しく、情熱的だった。それは、この世界でしか体験できない、魂と魂のぶつかり合いのようだった。麗子は、その感覚に圧倒され、ただ身を任せるしかなかった。
二人の体が溶け合うように重なり合う。それは単なる肉体的な結合ではなく、存在そのものの融合のようだった。麗子は、紫乃の愛の深さを、体全体で、いや魂全体で感じ取った。
この瞬間、麗子は自分が紫乃に完全に受け入れられていることを感じた。同時に、自分もまた紫乃を全て受け入れていることに気づく。それは、生前には決して到達できなかった深い理解と受容だった。
麗子と紫乃の魂が一つになっていく中で、麗子は自分自身の新たな側面を発見していく。それは、これまで気づかなかった可能性であり、同時に自分の本質でもあった。
二人の体が溶け合うように重なり合う。麗子は、紫乃の愛の深さを、体全体で感じ取った。それは、現世では味わえない、魂と魂がぶつかり合うような感覚だった。
しかし、麗子の心の片隅で、葵の顔が浮かんでは消えた。
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