第40章 癒しの魔法使いに注がれる温もり

 初冬の冷たい風が、ふわもこ村を静かに包み込んでいた。木々の葉はほとんど落ち、枝だけになった姿が青灰色の空に繊細な線画を描いている。村の空気は澄み切り、遠くの山々から運ばれてくる冷気が、人々の頬を赤く染めていた。


 そんな寒い朝、ミアは珍しく遅くまで床に就いていた。普段なら早起きして茶屋の準備をしているはずなのに、今日はぐったりとしたまま。


「ミア、大丈夫?」


 モフモフが心配そうに問いかけた。


「う……ん。なんだか体が重くて……」


 ミアの声は、いつもの明るさを失っていた。額に手を当てると、明らかに熱があった。


「ミア、熱があるよ。今日は休んだ方がいいんじゃない?」


 モフモフの言葉に、ミアは弱々しく頷いた。


「そうね……でも、茶屋は……」


 その時、階下から声が聞こえた。


「ミア、起きてる? 珍しく遅いわね」


 リリーの声だった。モフモフが急いで下に降り、状況を説明した。


「まあ、ミアが風邪? 大変! すぐに手当てしないと」


 リリーは慌てて階上に上がり、ミアの様子を確認した。


「ミア、無理しないで。今日は私が茶屋を手伝うから」


 ミアは申し訳なさそうな表情を浮かべたが、リリーは優しく微笑んだ。


「心配しないで。それより、モモおばあちゃんに特別な薬を作ってもらってくるわ」


 リリーが出ていった後、村中に噂が広まった。いつも村人たちを癒してくれるミアが、今度は具合が悪いのだと。すると、次々と村人たちが見舞いに訪れ始めた。


 最初に来たのは、大工さんだった。


「ミアさん、これは特製の枕だ。これを使えば、ぐっすり眠れるはずだよ」


 大工さんの手作りの枕は、ふわふわとして心地よく、ミアの頭を優しく支えた。


 次に、子どもたちがやってきた。


「ミアお姉ちゃん、元気になってね! これ、みんなで折った千羽鶴だよ」


 小さな手で折られた色とりどりの折り鶴が、部屋に飾られた。その姿は、まるで虹色の希望が舞い降りたかのようだった。


 モモおばあちゃんは、特製の薬草茶を持ってきてくれた。


「この茶を飲めば、きっと良くなるよ。私の秘伝のレシピだからね」


 茶を飲むと、体の芯から温まっていくのを感じた。


 昼過ぎには、ニコが森からやってきた。


「ミア、これは森の精霊たちからのプレゼント。癒しの力を持つ花束だよ」


 ニコが持ってきた花束からは、柔らかな光が漂い、部屋全体を優しく包み込んだ。


 夕方になると、村長さんまでが顔を出した。


「ミアさん、あなたがいないと村が寂しいよ。早く元気になってくれたまえ」


 村長の言葉に、ミアは心が温かくなるのを感じた。


 一日中、絶え間なく村人たちが訪れ、それぞれが自分なりの方法でミアを励ました。夜になると、リリーが戻ってきて、ミアの具合を確認した。


「ミア、少し良くなった?」


「ええ、みんなの優しさのおかげで、随分楽になったわ」


 ミアの頬には、少し血色が戻っていた。


「そう、良かった。ねえ、今日のことで気づいたんだけど……」


 リリーは、窓の外を見ながら続けた。


「あなたがいつも村のみんなを癒してくれるように、今日は村中があなたを癒そうとしていたの。それって、素敵だと思わない?」


 ミアは、深く感動して頷いた。


「本当ね。私、こんなにも多くの人に支えられているんだって、改めて実感したわ」


 夜が更けていく中、ミアの部屋は村人たちの温かな気持ちで満たされていた。窓の外では、小雪が静かに舞い始めていた。その光景は、まるで天から降り注ぐ祝福のようだった。


「ねえ、モフモフ」


 ミアが、静かに語りかけた。


「なに、ミア?」


「私、もっともっと頑張らなきゃね。みんなの優しさに応えるためにも」


 モフモフは、ミアの膝の上で丸くなりながら答えた。


「うん、でもね、ミア。時には弱音を吐いたり、助けを求めたりするのも大切だよ。それも、みんなとの絆を深める方法なんだから」


 ミアは深く頷いた。今日の経験は、きっと新しい魔法を生み出すきっかけになるに違いない。互いを思いやり、支え合う気持ち。それこそが、最も強力な魔法なのかもしれない。


 雪の結晶が、窓ガラスにそっと寄り添うように降り積もっていく。ミアは、村人たちの優しさに包まれながら、穏やかな眠りについた。明日には、きっと元気になれるはず。そして、また村のみんなを笑顔にする魔法を使えるようになる。


 ふわもこ村の冬の夜は、静かに、しかし確かな温もりに満ちていた。それは、人々の心と心をつなぐ、目に見えない魔法の糸が、村全体を優しく包み込んでいるかのようだった。

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