第35章 勇気の種を育てる魔法

 初冬の柔らかな日差しが、ふわもこ村を優しく包み込んでいた。木々の葉は大部分が落ち、枝だけになった姿が青空に繊細な影絵を描いている。村の空気は澄み切り、遠くの山々から運ばれてくる冷たい風が、人々の頬をほんのりと赤く染めていた。


 ミアは、いつものように茶屋の準備をしていた。窓から差し込む朝日が、店内に並ぶハーブティーの瓶を照らし、様々な色の光の粒子が舞い踊るような幻想的な光景を作り出している。


「ねえ、モフモフ。今日はどんなお客さんが来るかしら」


 モフモフは、暖炉の前で丸くなりながら答えた。


「きっと、誰かの心を温める機会があるはずだよ」


 その言葉通り、午後になると一人の男の子が茶屋を訪れた。10歳くらいだろうか、小柄な体で、肩を落として入ってきた。その表情には、何か深刻な悩みを抱えているような影が見えた。


「いらっしゃい。どうしたの? 何か困ったことでも?」


 ミアが優しく声をかけると、男の子はおずおずと顔を上げた。


「あの……僕、夢があるんです。でも、それを誰にも言えなくて……」


 ミアは、男の子の隣に座り、優しく微笑んだ。


「そう、夢があるのね。それはとても素敵なことよ。でも、なぜ誰にも言えないの?」


 男の子は、少し躊躇いながらも話し始めた。


「僕ね、魔法使いになりたいんです。でも、僕の家族は代々農家で、みんな僕が農家を継ぐと思ってるんです。だから、魔法使いになりたいなんて言えなくて……」


 ミアは、男の子の気持ちがよくわかった。自分の夢と、周りの期待との間で悩む気持ち。それは、ミア自身も以前経験したことだった。


「そうだね、それは難しい問題ね。でも、夢を持つことはとても大切なことよ。その夢を叶えるために、一緩に考えてみましょう」


 ミアは立ち上がり、特別なハーブティーを淹れ始めた。透明なガラスのティーポットに、色とりどりのハーブを入れていく。それぞれのハーブが、ゆっくりとお湯に溶け出し、美しいグラデーションを作り出していく。


「これは『勇気の芽吹きティー』よ。飲むと、心の中にある勇気の種が芽吹くの」


 男の子は、不思議そうな顔でカップを受け取った。一口飲むと、その表情がみるみる明るくなっていく。


「わぁ、なんだか体の中から温かくなってきた。そして、なんだか話したくなってきた」


 ミアは優しく頷いた。


「そうね。まずは、あなたの気持ちを少しずつ家族に伝えてみるのはどうかしら。いきなり『魔法使いになりたい』とは言わなくても、魔法に興味があることを話してみるとか」


 男の子は、少し考えてから頷いた。


「そうですね。少しずつ話してみます。でも、僕には魔法の才能がないかもしれません」


 ミアは、男の子の手を優しく握った。


「才能は、努力で育つものよ。ねえ、これから毎週ここに来て、一緩に魔法の基礎を学んでみない? そうすれば、あなたの中にある魔法の才能が芽生えてくるかもしれない」


 男の子の目が、希望の光で輝き始めた。


「本当ですか!? ぜひお願いします!」


 ミアは、特別な魔法の本を取り出した。その本は、キャラバンで手に入れた「失われた魔法の書」だった。


「この本には、古代の魔法使いたちの知恵が詰まっているの。まだ全部は解読できていないけど、基礎的な魔法はいくつか学べるわ」


 二人で本を開くと、そのページから不思議な光が漏れ出した。まるで、本自体が男の子の決意を祝福しているかのようだ。


「さあ、最初の魔法を学んでみましょう。これは『心の光の魔法』。自分の心の中にある光を、目に見える形にする魔法よ」


 ミアが実演すると、その手のひらに小さな光の球が現れた。それは、淡い黄金色で輝き、見ているだけで心が温かくなるような不思議な力を持っていた。


「すごい! 僕にもできますか?」


「もちろんよ。まずは、目を閉じて。自分の心の中にある希望や夢を思い浮かべてごらん」


 男の子は、目を閉じて集中した。しばらくすると、かすかに光る粒子が彼の周りに現れ始めた。


「そう、その調子よ。あなたの中にある魔法の力が、少しずつ目覚めてきているわ」


 練習を重ねるうちに、男の子の手のひらにも小さな光の球が現れた。それは、まだ不安定で、すぐに消えてしまうものだったが、確かに魔法の力だった。


「やった! 僕にも魔法が使えた!」


 男の子の顔には、大きな笑顔が広がっていた。その笑顔を見て、ミアの心も温かさで満たされた。


「これからも頑張って練習すれば、きっと素晴らしい魔法使いになれるわ。そして、少しずつ家族にも理解してもらえると思う」


 男の子は、感謝の言葉を何度も繰り返しながら、茶屋を後にした。その背中は、来たときよりもずっとまっすぐで、自信に満ちているように見えた。


 夕暮れ時、ミアは窓から沈みゆく太陽を眺めていた。空は、オレンジや紫、ピンクなど、様々な色彩が混ざり合い、まるで魔法使いの調合した特別なポーションのようだった。


「ねえ、モフモフ。今日も誰かの心に、小さな希望の種を植えられたみたいね」


 モフモフは、ミアの足元で優しく鳴いた。


「うん、ミアの魔法は、人の心を温める特別な力を持っているんだ」


 ミアは深く頷いた。これからも、多くの人の夢や希望を支える魔法を使っていこう。そう心に誓いながら、ミアは新しい魔法のレシピを考え始めた。


 ふわもこ村の夜空に、最初の星が輝き始めた。それは、まるで男の子の心に芽生えた小さな希望の光のようだった。明日は、きっと新しい魔法の冒険が待っている。そんな期待を胸に、ミアは穏やかな眠りについたのだった。


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