7
フルカスは急いだ。
人間の中へ忍び込ませた悪魔の部下にアグニカから渡された武器を託し、拠点としている北方へ飛び立った。
フルカスにとってアグニカは主人であるソロモンと同格の魔王であり、なんなら序列では上の超重要人物だ。魔界との連絡手段がない現状での訪問は、完全な不意打ちだった。
しかし不意打ちだからといって、手を抜くわけにはいかない。人間の権力構造と違って、悪魔の上下関係はシンプルな力だ。強い奴が偉い。
故にあらゆる手段を使い、その望みを叶えなければならなかった。悪魔の上下関係が握っているのは生殺与奪だ。死にたくなければ頑張らなければならない。
とはいえ、フルカスもそこは大して心配していない。異端と呼ばれている通り、アグニカは普通の悪魔の常識では測れないところがある。問題は主への評価に繋がる事だ。
ソロモンは普通の悪魔なので、下位者の命などに毛ほども興味がない。と言えばその末路はお察しだろう。
寝ずに飛び続け、夜半目掛けて自領内へ忍び入る。
そのまま音もなく領主館へ戻り、寝ている領官を起こした。
「旦那様、旦那様起きてください」
「む……なんだ、フルカスではないか。どうした」
「緊急事態です」
執務室に移動して事の次第を説明すると、フルカスの予想通り雇い主であるキタムラ領の領官であるザラタンは頭を抱えた。
「では何か?この世界に攻め込んできている四天王よりも遥かに強大な魔王が、この領地に向かってきているのか?今まさに?」
「然様です」
「どうしてこうなった」
「落ち着いて下さい。何も攻め込んでくる訳ではございません。こう言っては何ですが、悪魔は人間に興味などありませんのでやり過ごせばいいのです」
「なぜ私の代なのだ」
頭を抱える雇い主を見て、フルカスも頭を抱えたくなった。共に世の理不尽さを嘆く主従だった。
***
シチリからキタムラ領までイーリスの訓練をしながらだと一週間掛かった。ただの徒歩だと更に時間が掛かるのだから、早いは早い。イーリスの根性の賜物だ。
まぁ当のイーリスはと言えば、転びまくったせいで肌は傷だらけ、痛みで睡眠不足になり目の下に濃い隈を浮かべて項垂れていた。生まれ持った造形美が見る影もない。哀れ。
キタムラ領は牧歌的な田舎の村だ。畜産と農業などの一次産業が主な領地で村の数こそ多いもの人口はそれほどでもない。高層ビルの立ち並んでいたシチリとは違い、建物は全てログハウスだった。
「おぉイーリス、見てみろ牛がいる。肉だ、肉が食えるぞ」
「エルフは……肉食べません」
道中の食料は小麦由来のビスケットみたいなのだけだった。食っててつまらなかったなぁ。食事は不要の身とはいえ、どうせ食うなら味覚に良い刺激を与えるものが良い。
エルフは半分精霊体とはいえ、半分は物質に束縛されている。そしてその消化器の構造を見る限り、雑食だ。
つまりこいつは嘘を吐いている。
「うぐぐ……オエッ」
イーリスがえずき始めた。嘘と一緒にゲロも出そうというのか。
まぁ目的地には着いたし、これ以上頑張らせる理由はないので完全休養をさせた方がいいかもしれない。俺もしばらく拠点クラフトにかかりっきりになるしな。
草原に入った轍の先に木材をアーチ状に加工して作った門があった。柵もないし扉も無いが、多分門だろう。
疲労で崩れ落ちたイーリスを担いで門を潜った。さて、フルカスはどこかな。
村の中心にある二階建ての木造建築にフルカスがいた。たぶん領主館とかだろう。隣にいる小太りの男が領主かな?服装からして。
「わざわざ出迎えてもらって感謝」
「お初にお目にかかる。私がキタムラ領の代官であるザラタン・オーベジーヌ男爵である」
「異端の魔王アグニカだ。急な話で悪かったね。なるべく村には干渉しないようにするからそこは安心してくれ」
「お、おう……」
なぜ戸惑う?
「あっちの山の方を使っても構わんかい?それとこいつを休ませてやってくれ」
「あ、うむ。よろしく頼む。フルカスよ」
「畏まりました。アグニカ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「構わんよ」
「なぜ人間などを使うのでしょう。このエルフもそうですが、御身にとっては不要ではありませんか」
そう言われちゃうとな。事実だけども。
俺は指を鳴らした。まぁこの仕草に特に意味はないが、それはともかく音に合わせて白い鎧の騎士が構築されていく。全長は約三メートル、全体的なフォルムは細身で、主武装は両手に魔力剣と魔導銃、両腕の拘束用アンカーに腰にフリップ式中距離魔力砲が装備されている。今は物質化されていないせいで輪郭にノイズが走っていた。
この自立型起動騎士は俺の持つ副脳からの命令を受け、簡易な戦術シミュレーションの中から自己判断で選定を行って行動する自動機械だ。
おそらく戦力だけで言えば、俺が兵士を量産する方が高い。しかしそれだと結局一人でアトロシウスと配下の悪魔の軍勢と戦うことになる。それは処理能力的に負担だし、そもそも一対一で戦って勝てるかどうかわからない相手だ。
一人で全てやった場合、不確定要素を除いた演算結果で勝率は約二割。現地人を起用した場合は演算情報不足で測定不能。それなら後者に賭けるのが面白そうだ。
「そりゃこの世界を更地にすんのは簡単だがね。最終目標は魔神アトロシウスな訳よ。奴と万全な状態でタイマンするために必要な事には手を尽くすさ。それに、この世界にも神がいるだろ?そいつらを殺ったら流石に消耗するわ」
「承知いたしました。私も最善を尽くさせて頂きます」
「まぁ程々でいいよ。現地人が使えるかどうかはまだ分からないんだし、今んとこその予定ってだけだから」
目的を見失っちゃいけないよな。
「じゃ、後はよろしく。男爵様も助かったよ。後で礼をするから」
***
去っていくアグニカを見送ってザラタン男爵は大きくため息を吐いた。
「如何ですか」
「うーむ、他者にまったく期待してないのがやばい。俗人ならばよくとも、それが世界を滅ぼせる魔王となるとな」
「でしょうな。あの方が徒党を組んだ事はこれまでありません」
「だが邪魔さえしなければ祟りなしというのはありがたい。嵐をやり過ごすようにひっそりと生きよう」
「まぁ目障りだからと滅ぼされたりはしないでしょうが……」
「はぁ……胃が痛い」
ザラタンの苦労はまだ始まったばかりである。
***
村から真っすぐ高原を進み、山の麓へたどり着いた。山の近くが森に飲まれていないのは行幸だ。
さて、工場を建てますかね。
施設の肝となるのは万能工作機だ。本当は魔力さえあれば大体解決する変質器がよかったのだが、戦略上使える魔力がなかったので下位互換の万能工作機に落ち着いた。
万能工作機は出来上がる結果に対して必要な素材とレシピさえ集めれば、後は機械がやってくれるちょっと優れた物だ。
まず魔方陣を使い傾斜に穴を開けた。大体百メートルほどの奥行で充分だろう。高さは五メートルほどあれば問題はない。
次に肝心の万能工作機を設置して洞窟工場の完成だ。魔力も空になり、これ以降変質器の物質生成は基本的に不可能になった。
万能工作機は投入口から素材を入れると、異空間に収納し仕分けされる。その素材を使い完成品を得るにはまず設計図を作る必要があった。これは直接入力してもいいし紙やデジタルデータで作った物を読み込ませてもいい。万能工作機が手順を理解すれば、後は待っているだけで中で合成や加工、組み立てをしてくれる。
まぁ何も素材が無いので出来る事はないのだが。
今後はまず素材集めだな。山をスキャンした結果、内部に鉱床があったのでそこからまず鉄を仕入れる。
俺に残された残り滓のような魔力では、ボディの強化に回して土を吹っ飛ばすくらいはできるが、仕入れというには心許ない。鉱石を吹っ飛ばしてしまうかもしれないからな。
「アグニカ様、申し訳ありません!」
「いや良い所に来た」
よし、イーリスにやらせよう。
範囲指定、効果内容、発動様式、山をブロック状に繰り出す魔術は処理が少ない分難易度は低い。魔術の入門と反復練習にはぴったりだ。
「体調が治ったなら次の修行を始めるぞ。イーリスよ、お前にはこれから魔術を覚えてもらう。魔力の感覚を覚えた今なら、使える事だろう」
「魔術ですか。それは精霊術のようなものでしょうか?」
「得られる結果は同じだな、過程は違うが。取り合えず教えるからやってみろ」
自然状態にある魔力というエネルギーに対して方向性を与えるのが魔方陣だ。その性質上、工程の全てを命令する必要がある。ネックとなるのは操作が複雑である事。しかし複雑な分自由度は高かった。
ただ求める結果によっては本当に複雑なので、エルフの演算能力でどこまでできるかは分からない。そこら辺は要観察といったところ。
「えぇと、こう、でしょうか」
イーリスの意思に反応し魔力でできた魔方陣が浮かび上がった。壁に筋が入り正六面体のブロック状に切り出され、指を引っかけて引くとスポッと引っこ抜けた。
「うん、いいじゃないか。奥に向かってどんどん掘り進めてくれ。最終的に貫通させるから」
「こ、この山をですか!?」
目の前にある山脈にトンネルを開通させる。とはいえ、流石に全てイーリスにやらせる訳じゃない。無駄だしな。
「途中にある鉱床までだな。まぁそこまで行ければお前の基礎課程は終わりだ。その後は穴掘り機を作って、イーリスは戦闘訓練に移ろうか」
さてイーリスが素材集めをしてる間、暇になったな。
うーん、村にでも行くか。
しかし村と言っても、家畑家畑って感じで長閑すぎんだよな。見たところ一次産業しかないっぽいし。他にあるのは雑貨屋と日用品を修理する程度の村の鍛冶屋、後は宿兼酒場くらい。
うむ。田舎だな。世界名作劇場に出てきそうだ。違いがあるとすれば農作業を機械でやってる事だろうか。そこら辺は全然牧歌的じゃない。輸送車もあるし。
「あぁ、そうだイーリス」
「はい!?」
あ、魔方陣が弾け飛んだ。集中してるとこ邪魔してすまんね。
「エルフって肉は食うのか?」
「……いやー食べません、よ?」
嘘が下手だなおい。そんなあからさまに目を逸らすなよ。
イーリスの肉体をスキャンした結果、消化器の構造は雑食だった。エルフが半分精神体とはいえ、肉体部分は当然栄養を必要とする。たぶん偏食だからイーリスはガリガリなんだろう。
「お前ねー、ちゃんと食べないと強くなれませんよ?」
「むぅ、真似っ子」
ぼそっと呟いたイーリス。こいつ慣れてくると見た目の割に子供っぽくなったんだよな。年齢は30代らしいが、エルフの寿命のスケール感とか知らないしな。
時刻はもうすぐ日暮れか。旅で使った保存食はもう無いし、今日はイーリスの夕飯を作って終わりかな。
「夕飯の食材を買ってくるわ。お残しは許さんからな」
「待って下さい!私を行きます!」
「ダメ!修行してなさい!」
どうせ連れて行ったら好きな物しか買わないだろ。
村にある唯一の雑貨屋、その名もトーマス&メリッサ。改名前はベア&メロディ。店名が店主夫婦の名になる由緒正しい雑貨屋だ。小さくてボロいのはまぁ田舎の店としてのご愛敬だな。
「邪魔するよー」
「はいはーい、ちょっと待ってね」
店の奥から現れたのは恰幅の良いおばちゃんだった。彼女がメリッサだろう。
「食材が欲しいんだけどあるかね」
「いらっしゃい。あらぁごめんなさいねぇ、こんな田舎町だからねぇ、うちに置いてあるのは調味料ばかりなのよぉ。ほら、みんな農家でしょ」
「そりゃー確かにご尤もだ。手に入れるにはどうしたらいい?」
「必要な物を教えてくれるかい?集めて届けさせるから」
シチューでも作ろうと材料を伝えたがさっぱり理解されなかった。そりゃそうだよな。似たような物はあっても同じ物はないし、名前も違う。
例えば人参みたいな野菜はあれど、色は同じでも円錐形ではなく四角柱だったりして、似て非なる感じが強かった。
仕方ないので調味料だけ買って食材は煮込み料理に使う定番を揃えて貰う事にした。後は肉。
雑貨屋で注文と支払いを終え、村の中を宛もなく歩いた。農家達の1日も終わりなのかちらほらと家に帰って行く姿が見える。
その中に少ないが宿屋へ入って行く者達がいた。
なるほど酒か。この身体に飲食は不要だが味覚、というか味の数値は読み込める。
よし、酒買って行こう。
壺にコルクで蓋をした酒を片手に洞窟工場に戻ると、イーリスと対峙して腰を抜かしている男がいた。
「ギャー!妖精だ!」
そう言えばエルフって問題児種族っぽかったな。
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