第39話 決着

主人公視点



 僕は追い詰めらている。今まで経験したことがないレベルでやばい。率直に言って死にそうである。


 だがそのとき、後ろほうからリンの叫び声が響く。


「仁!しっかりするのじゃ!ルイとの修行を思い出せ!」

「!」


 リンの声で意識が覚醒する。そして今の言葉を胸の内に繰り返す。


 ルイとの修行。それは神性力を扱うための修行だ。ルイはいつか言っていた。神性力は体内を巡ると。血液のように循環させればいいと。僕は神性力の扱いに関しては未熟である。だがリンの言う通り、活路はそれしかないと思った。


 神性力を循環させれば、身体能力が上昇する。神性力を扱えれば、体の傷を治せる。神性力を血液のように、いや血液以上に激しく流せば…こいつを倒せる。


 僕はなぜだかその予感があった。きっとリンが言ってくれたからだ。僕ならこいつに負けないと言ってくれた。リンの言葉は信じることが出来る。だって彼女は僕に一度も嘘を言ったことがないから。


 僕は目にかかる血を服の袖で拭い、パブロを注視した。だが意識は体内の神性力に集中している。僕は義務教育を受けてきた高校生だ。だから人間の体をどうやって血液が流れているかを教科書で見たことがある。ゆえにイメージはしやすい。あとは神性力の感覚を思い出すだけだ。


 僕の意識が少しずつはっきりとしてくる。体に疲労で抜けた力が戻ってくるのを感じる。視界が、パブロを倒せるイメージが開けていく。


 だがまだ足りない。もっと…もっと強く。その思いで神性力を操っていく。その分神性力を消費し、体に負荷をかけているのがわかった。未熟な僕では完全なコントロールが出来ない。ゆえに溢れ出た神性力がオーラのように僕の体から発せられた。それは死神の神性力に似た黒いオーラである。胸にあるルイから借りた勾玉の神性石では、吸収しきれないほど体から漏れ出ている。


「…なんすか?」


 パブロは僕の表情が変わったのを見て、訝しんでいる。パブロはおそらく加護持ちではないので神性力が見えないのだろう。僕はそれを利用することにした。


 今までとは違う速さで行く。そうすれば今までの動きの落差や緩急からパブロは僕を捉えきれない。それに僕も長くは持たない。ゆえに一撃で決める。


 低く構える。獣が得物を見つけたときのように。これから強く反発するバネのように。そして一筋に、線に沿うように槍を払ってパブロを倒す。


 パブロが僕の気配が変わったことに気づく。


「…なんすか。なんなんすかお前!」

「逃げるなよ…パブロ。お前は…騎士だろ?」


 僕とパブロの視線が交差し、一瞬の静寂が訪れる。


「「…」」


 そして踏み出す。


「はぁぁぁぁああああああ!」


 僕の声量とともに溢れ出る神性力が激しくなる。そして力の限りで槍を払う。パブロもそれに合わせて剣を振り下ろし、衝突する。


 ギィィイイン。


 金属特有の甲高い音が響く。それは僕の槍がパブロの振り下ろした剣を打ち払った音である。パブロの剣が弾き飛ばされる。


 そしてそのままの勢いで一閃いっせん。槍を押し込み、パブロの顎を打った。パブロの騎士として、大人として鍛えた筋力より僕の神性力で強化した肉体のほうが圧倒的に強かった。


 パブロは大きく吹き飛ぶ。僕は彼が起き上がることも考え、近づいていく。だが起き上がる気配はない。強い衝撃を頭に与えたのだ。当然である。とはいえ、少しは意識が残っているようだ。


「…ガ、…ガヒが…」


 彼の砕けた顎ではうまく喋れない。ただどうやら『ガキが』と捨て台詞を吐いているようだ。彼はその後、ダメージに耐えられず気を失った。僕は勝利を収めたのである。


 顔に流れる血を袖で拭き取りつつ、前髪を後ろに流す。そしてそのまま空を見上げて深呼吸した。


 今日は快晴だ。とても天気がいい。僕は今このとき、初めて知った。この世界も元の世界と同様に空は青いのだと。違う世界の同じ空であることを。そして再認識した。僕が異世界にいることを。


 僕は意識のないパブロに向かって呟いた。


「人を見た目で判断しちゃダメだよ、おじさん。この世界の…常識だからね」



ーーー

リン視点



「仁はやったようじゃな」

「ちっ…」


 仁は見事やり遂げたようだ。どうやら止めを刺していないようではあるが。仁の持つ槍の穂先は、片刃となっている。なので刃のないほうで、ぶっ飛ばしたようである。


 仁は元の世界では平和に暮らしていた。だからもしかしたら仁は、人を殺す覚悟が出来ていないのかもしれない。だが今はそれでいいし、儂らにとっても都合がいい。


 なぜならこやつらから情報をまだまだ引き出す必要があるからだ。どうやってゾンビがこの町に入り込んだのかもわかっていない。だから仁が相手を殺していないようなら、儂は遠慮せず目の前の男をぶっ飛ばせる。


「パブロがやられたか…。まぁいい。この笛があれば敵の数など意味はない」


 男は不愉快そうにした。


 仁に声をかけてから少し経ったが、こちらは攻防を続けていた。そしてぶつかり合った。剣と槍が。そして槍と笛が。


 仁の勝利により、こやつの剣が苛烈になっていく。儂はそれを躱し、弾きながらも小さい動作で突きを入れる。


「どうした?お仲間が勝利したのに、お前はその程度でいいのか?」

「…」


 こやつの攻撃に耐え、傷つきながらも槍で突き続ける。


「お前はその槍でしつこく攻めているだけのようだが、状況は変わらんぞ」


 こやつは勢いづいているようだ。確かに同じことを繰り返しているようにも見えるだろう。こやつはずっと儂の突きを、払いを笛で防いでいる。


 仁の神性力むき出しの戦いとは違う。派手ではなく、技術でしのぎ合っているの。このままではジリ貧なのもわかっていた。だが儂は諦めていない。だから笑いかける。


「ふふ。そなたは儂のような小娘を相手にして、まだ戦い続けておる。ご立派な騎士様じゃな」


 儂は現状を指摘し、挑発した。こやつは神性力を抜きにしても、確かな実力を持っている。聖騎士という壁の存在を知って鬱屈うっくつしても、不屈に鍛え、理屈で生きている。


 だがその結果がこれでは、自分を騎士だと主張する子どものようである。こやつが初めに始めた自信満々な言葉も中身がともなっていない。そのことを指摘したのである。


「…フッ、それがどうした?」


 だがこやつはそれを冷笑した。どうやら挑発は通じないようである。


「確かにお前の言う通りかもしれないな。想定より時間が経っている。お前は粘り強いようだ。褒めてやろう」


 余裕そうである。この状況でそんなことを言われたら、誰だってむかつくのではないだろうか。誰がこんな言葉で褒められて喜ぶのだろうか。


 しかし儂はその言葉を受けて内心笑っていた。それはこやつが気づいていないからだ。儂の狙いを、かたりを、正体を。


 儂が次の一撃に力を込めて槍を払う。こやつが気づかないうちに、おごっている隙に、定まった獲物を貫くために。


 キィィィン。


 槍を笛にぶつけると甲高い音が伝わる。こやつは聖遺物に絶対の自信を置いている。もしかしたら今までもこのような戦い方をしていたのかもしれない。だがそれは好都合であった。


 手応えを探りながら、そろそろかなと感じた。儂はこやつの言った不可能を貫くために、全力で突きを放つ。


 そしてーー


 ギンッ!


 不意に金属が割れた音が響いた。それはこやつの聖遺物であり、切り札であり、命綱とも言えるもの。それに大きくひびが入る。


「何⁉」


 カルロはその光景に衝撃を受ける。壊れないと思っていた銀色の笛が割れているのだ。


「ふふ」


 儂は抱えていた感情を表にだして、踏み込んだ。すると慌てたこやつの剣が儂を阻もうとする。だがそれは咄嗟とっさの反撃であり、隙の大きい振りであった。儂はそれをしゃがんで躱すとさらに踏み込んだ。そして槍を全力で払う。


 カルロは今までの慢心ゆえ、再度割れた笛で防ごうとする。だがその結果笛が完全に砕け、カルロは傷を受ける。


 儂は懐に入り込んだ勢いのまま、こやつを蹴飛ばした。そして倒れこんだところにチェックメイトをかける。動けばすぐに首が飛ぶよう、槍の穂先を突きつける。


 こやつの目はまだ驚きで染まっている。理解できていないようだ。


「なぜ…、俺の笛が…?」

「ふふ。なぜとはおかしな質問じゃ。そなたが言ったのではないか。この聖遺物は神性力を使わないと壊せないと。儂はただ神性力を武器に込め、笛の同じ個所かしょを何度も叩き、斬っただけじゃ」

「何?」


カルロは理解出来ないという顔をした。


「…それはおかしい。武器に神性力を通せば、武器が神性力で染まるはずだ。それにお前の武器はただの槍ではないか!」

「そうじゃ!ただの槍じゃ。儂はお前が視認出来ないように、武器が神性力で自壊しないように神性力を通したのじゃ!笛に穂先がぶつかる一瞬だけな」

「な…!?」


カルロは言葉が出てこないのか、口をパクパクさせた。


「…そんなことが、そんなことが出来るはずがない!そんなことはこの国の聖騎士でも不可能だ!あのフィン・フィレノア・ロナウドールにだって!人間に出来るわざではない!」

「ふふ、ふふふ。そなたは面白いことを言うのう。いつ儂が武器に神性力を通せないと言った?いつ儂が人間だと名乗った?」

「…そ、そんなまさか」


 こやつは焦点の定まっていない目で儂を見上げている。


「儂は神じゃ。人間に出来ないことが出来て何がおかしい?神が神業かみわざを使って何がおかしい?儂は加護持ちではないゆえ、神性力の扱いを人間と比べることがそもそも間違っておるのじゃ」


 神性力を武器に一瞬だけ通す。それをすれば、武器は耐えられる。だから仁に槍を譲ったのだ。いざとなれば、この槍でどうとでもなるから。


 儂は冷たい目を向けている。今回こやつらがしでかした事はかなり規模が大きい。行方不明になり、ゾンビにされ、盾のように扱われた人間たちの中にはレナのような子どももいた。とても許せることではない。


「…そういえばそなたは武器にこだわりを持っていたようじゃな。騎士としてそれにふさわしい剣で殺してやるのが情けだと言っておったのう」


 儂は槍を振りかぶる。こやつは娘騎士に同情して、騎士の剣で葬るつもりだと言っていた。騎士には騎士にふさわしい末路をこやつは求めているのだろう。それゆえそんなことを言ったのだ。


 だが儂はこやつを騎士と認めていない。騎士にふさわしくない者には、騎士にふさわしくない末路を与える。儂はそう決めた。


「い、いやだ!やめてくれ!助けてくれ!」


 こやつは泣き叫んだ。だが響かない。辺りにも儂の心にも。


 そして思いっきり顔面を打った。


「ぐあ!」


 声を上げ、意識を落とす。その顔は血と涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「ふん!殺す価値もないわ。こやつには儂の持つ粗末な槍で十分じゃ!」




 

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