第8話 リモコン

今日も今日とて重役起床。時計を見れば午後の四時を回っていた。


世の社畜の皆々様に尊敬と嘲笑の念を込めながらテレビを付ける。用済みのリモコンを遥か遠くのゴミの山へと放り投げ、そして気づいた。


机の上に、リモコンが一つ。


見てくれは完全に、たった今使用したテレビ用の物と同じ。一~十二までがアラビア数字で縦×横に四×三個で並んでおり、音量やチャンネル、消音ボタンもある。


「なんだこれ。テレビのリモコンなんて、二つもあったか?」


試しに音量ボタンの”+”を押す。するとどうか、途端に周囲の音が大きく、やがて爆発音の様に耳朶を震わせた。


慌てて”-”を押すと今度は次第に小さくなり、やがては蚊の羽音が如く静謐になった。そして”消音”を押す。概ねの予想通り、今度は自分の衣擦れの音すらも聞こえなくなる。


「なるほど、これは”俺”のリモコンか」


独り言さえも骨伝導しない。とりあえずもう一度”消音”を押し、音量を元の聴覚レベルまで上げた。


「”チャンネル”はどうだろう」


好奇心に駆られて該当のボタンを押す。すると突然、別世界へと意識が飛んだ。場所はライブ会場。俺はギターボーカルを務めている。


自分の意思とは関係なく高速リフを奏で甘い歌声を披露する体。しかし肝心の俺の触覚は未だリモコンの固さと冷たさを脳に繋いでおり、口は真一文字に閉じている。なるほど、視界だけが他の誰かと共有されていて、俺の身体自体は実家の部屋にあるのか。


手探りで再び”チャンネル”を押していく。景色は次々にフルマラソン、夕暮れの砂浜、映画館……と切り替わる。


これは面白い。知らない誰かの人生を体感できる。退屈なニート生活にはいささかセンセーショナルな娯楽だ。


チャンネルを、夕暮れの砂浜に戻す。俺は見知らぬ美人と手を繋いでいた。


「今日はすっごく楽しかった」


美人が言う。


「俺もだよ」


視覚の持ち主が言う。当の俺は終始無言だ。


『ぎゃははは』


ん?なんだこの笑い声は?


「話って、何?」


美人が顔を赤らめて言う。


「……結婚しよう」


持ち主が言う。当の俺は今後の展開を予想してニヤけていた。


『何いうてまんねんお前!じゃあ次のコーナーはこちら!』


だからなんだこの声は。ここは砂浜だぞ?テレビなんてどこにもないだろう。


「嬉しい」


そう言って、美人は顔を赤らめ、唇をこちらに差し出した。


「………」


持ち主の顔が、徐々に美人の顔へと近づいていく。


生まれてから一度も、俺はこういった機会に恵まれなかった。恋人どころか何年も部屋から出ていないので肉親の声すら忘れている。故に結果は大興奮。思わずリモコンを手放し、空を切ると分かっていても自然と腕が美人の肩へと伸びる。


あぁ、やっぱり最高だ、このリモコン。


『では、結果発表ーーー!!!』


だからうるさいって。


『ちょっとアンタ!いつまでダラダラしてるの、仕事も探さずに!!』


今度は何だ?


『電気代も入れてないのにテレビなんか見て!!』


うるさいな。どこのババアだ。


『何変なポーズしながらニヤニヤしてんの!いつまでも逃げてないで、ちゃんと現実見なさい!!』


あーあーいるよな。テレビとか見てるとさ、小言ばっかり撒き散らすタイプの母親。


こういうのは大概、良い所で勝手に電源を切

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