第43話 メリダ王国



 ――メリダ王国



 広大な面積を誇りながらも、中立国として認められている稀有な国家だ。

 現存する全ての国を把握しているワケではないが、ここまで広大な土地を持つ国で中立の立場を取れる国はメリダ王国くらいのものだと思う。


 土地が広ければそれだけ大きな産業や工業地帯として利用できるため、小国からすれば喉から手が出るほど魅力的であり、普通であれば侵略の対象になりやすい――というのが軍人時代の常識であった。

 だからこそ中立国として認められるのはキャトルセゾン公国のような小国ばかりなのだが、一体何故メリダ王国のような広大な領土を持つ国が認められているのか不思議に思ったことがある。

 というのも、俺の所属していたロームルス帝国は隙あらば侵略戦争をしかけることで名が通っており、利用価値があると判断すれば他の多くの国家を敵に回そうと構わないというスタンスのヤバイ国だったからだ。


 ガキの頃親父に、「なんで侵略しないんだ?」というアホみたいな質問をしたことがあるのだが、その際の親父の回答は「あまり価値がないからだ」であった。

 俺としてはその理由が聞きたかったのだが、親父はそれ以上答えず、それどころか勝手に調べることまで禁じられてしまったのである。

 かなり理不尽な命令であったが、軍において上官の命令は絶対だし、パンドラからも親父の指示には従うよう言われていたので渋々諦めた記憶がある。



(今思えば、あれも親父達の策略だったのだろうな……)



 俺がガキの頃から軍に属していた最大の理由は、帝国による監視の目をくぐることにあった。


 あとから聞いた話だが、どうやら親父の実体験から判明した事実と、中佐という階級に上がったことで確認できたデータを元に、親父とパンドラが導き出した俺の亡命プランというものがあったらしい。

 内容としては実にシンプルで、親父は俺を愛国心のある忠実な兵士だと帝国に誤認させるよう立ち回ったのである。


 元開拓者は兵士――具体的にはデウスマキナのパイロットとして優秀であることが多く、兵役を終えても解放されないケースが多々ある。

 いや、厳密には兵役を終えられないと言った方が正しいか。


 兵役の義務期間は約1年と設定されているが、それ以降は成績などの条件次第で延長がされる仕組みとなっており、この仕組みというものが中々な曲者となっている。

 というのも、軍における成績評価は基本的に非公開となっているため、何を基準に延長と判定されるのか、兵士側からは想像することしかしかできないからだ。

 これは中佐であった親父にすら明かされていなかったようなので、恐らく単純な軍事科目の成績ではないと思われる。


 とはいえ、傾向というのはデータが多くなればなるほど掴みやすくなるため、兵士の間ではある程度の推論が立てられていた。

 まず間違いないとされる解放条件は、当たり前と言えば当たり前だが、治る見込みのない傷病を患った者である。

 この場合は兵役を満了せずとも解放されるため、どうしても兵士を辞めたければ一番確実な方法と言えるだろう。

 ただし、その後の生活に支障が出るレベルの傷病を患うことになるのだから、当然明るい未来など待っているハズもなく、開拓者に戻ることもほぼ不可能となるため実行しようとするものは滅多にいない。


 そこで一番無難なプランとして、平凡を装う者達が大量発生したのだそうだ。

 優秀であれば一生飼い殺されることになるし、かと言って無能であれば過酷な戦場に送り込まれる可能性もあるため、程よく手を抜くことでその両方を回避するというプランである。

 ただ、兵役を終えるまで死なない程度に立ち回るというのは中々難しく、戦闘中は興奮状態になり制御が利かなくなることもあるため、実際にはかなり成功率が低かったようだ。

 また、元々優秀な開拓者だったのであれば、恐らくこの方法は使えないだろう。

 高名な開拓者であった親父なんかは最初から好待遇だったろうから、文字通り最初から詰んでいたに違いない。


 しかし結果として、何人かの優秀な人材にまんまと国外逃亡されてしまったことから、兵役を終えた開拓者には一定期間監視が付けられることになってしまった。

 さらに、所持登録されているデウスマキナにも発信機が取り付けられ、今後新たに購入する場合も取り付け義務が発生するようになり、海外旅行すら禁じられるらしい。



 つまり一度監視の目を向けられてしまうと、開拓者としてまともに活動することは不可能となってしまう。

 だからこそ親父達は俺から開拓者としての気配を殺し、亡命しやすい環境を整えたのである。

 ……そう、恐らくは親父の死すらも、そのプランとやらに組み込まれていたに違いない。


 ――今こうして未開の地に立てているのも、全て親父達のお陰と言えるだろう。

 感謝してもしきれないことだが、可能な限りその思いに応えたい。



「ちょっとマリウス! なんでそんな所で立ち止まってるの!?」


「……いや、この光景を見ると、何かこう、感慨深い気分になってな」


「あ~、そういえばマリウスはメリダ王国に来るの初めてなんだっけ。確かにこの光景は、他の国じゃ中々見れないものね」



 俺は戦争のために何度も国外に出ているが、メリダ王国のような中立国とは全く縁がなかった。

 だからこそ、この世界にこんな凄まじい光景が広がっている場所があるということも、想像すらしなかった。





 メリダ王国――その広大の土地の半分以上が未踏領域で占められている、異常とも言える状況下に成り立っている中立国。

 国境に設けられた200メートルを超す外壁から見下ろすその光景は、まさに奇想天外という言葉がふさわしい。


 これを見て何も感じない者など、恐らくは存在しないだろう。

 俺はこの光景を見せてくれた親父達に改めて感謝しつつ、これから見ることになるであろう更なる未知に胸を躍らせた。


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