第41話 最年少の天才
面接とは名ばかりの尋問からようやく解放されギルドの待合室に向かうと、暇そうにタブレット端末を操作していたシャルと目が合う。
シャルはそのまま俺を観察するように目を動かしてから、ニヤリと笑った。
「そのゲッソリとした顔から察するに、たっぷり絞り取られたみたいね♪」
「…………」
シャルの言葉に他意があったかは不明だが、近くにいた職員と開拓者がギョッとした顔で俺のことを見る。
完全に誤解なのだが、今の俺には否定する気力がない。
「……シャル、なんなんだあのエリザという女は」
「教えてもいいけど、まずはここを出ましょ? なんだか知らないけど、今にも飛びかかって来そうなのが何人かいるし……」
開拓者ギルドを出て、先行するシャルの横に並ぶ。
以前は歩幅の関係でシャルのことを抜かしがちだったが、最近は自然と歩く速度を合わせられるようになっている。
「まずはマリウスの感想を聞きたいんだけど、エリザのことをどう思った?」
「ヤバイ女だ」
シャルの質問に、俺は迷うことなく答える。
アレはかなりヤバイ女だ。間違いない。
軍にもヤバイ女は何人かいたが、エリザからはそいつらと同じ臭いを感じた。
「でしょ?」
「でしょじゃない! 何故教えてくれなかった!」
「だって、言ったらマリウス本気で逃げそうだったし」
確かに、事前に聞いてたら逃げ出していた可能性は否定できない。
しかし、それとなく伝えてくれていれば、俺だって覚悟を決めて臨むことができたハズだ。
……いや、やはり無理かもしれない。
「全く、贅沢な話よ? エリザって、有望視されている開拓者相手しか面接しないことで有名なんだから。特に男からは絶大な人気を誇ってて、彼女に面接してもらうことを目標に開拓者やってるってバカもいるらしいわ」
……まあ、エリザの美貌であれば人気が出るのも当然と言えるだろう。
軍に所属していた頃、同僚の多くがナイトクラブという女性と喋りながら酒を飲む店にハマっていた。
ナイトクラブの女性スタッフはかなり聞き上手らしく、そこから機密情報が洩れるという事件も発生したため軍全体に注意喚起がされたこともある。
かなり危険な案件にも関わらず注意喚起程度にとどまったのは、上官の中にもハマっているヤツが多かったためだとか……
流石にデマだと信じたいところだが、そんな噂が立つくらいにはハマる輩が多かったらしい。
エリザのアレは、恐らくそういった類の話術と同じタイプなのではないかと思う。
俺自身はナイトクラブに行ったことがないため予測でしかないが、男から絶大な人気があるとするならば大きく外れてはいない気がする。
「……本職は開拓者だと言っていたが、それを聞くと増々信じられなくなってきたぞ」
初めは女優やモデルのような印象だったが、今では完全に夜の女としか思えない。
「あ、それは聞いたのね。残念ながら本当よ?
「
俺だってこの一年、開拓者について何も調べなかったワケではない。
基礎知識を学んだり、情報誌を読むこともあった。
……ただ、他の開拓者についてはあまり興味がなかったことと、特に女性の写真は意識的に見ないようにしていたため、見た目については全く覚えていなかった。
「多分意識してなかっただけで、絶対どこかで見てると思うわ。なんせ私には及ばないけどあの美貌だしぃ? これも私には及ばないけどB級の中ではかなり若手の女性開拓者だからぁ? ……まあ、確実に雑誌とかでよく紹介されてるハズよ」
「……そうだったのか」
美貌については個人の主観により評価が変わることなので何も言えないが、若さについては……、まあ事実だ。
現時点でBランク最年少の開拓者は13歳で、シャルはそれに次いで2位だと言っていた。
シャル自身実力でなれたとは思っていないと言っていたので、正直それを誇るのはどうかと思うが、偉業であることは間違いないだろう。
しかしそうか、エリザが面接のとき「ここまで早く追いつかれるとは思っていませんでした」と言っていたのは、開拓者ランクのことだったのか……
「まあ、あの見た目からは想像できないかもしれないけど、開拓者としての実力は間違いなく一流よ。今後お世話になることも多いだろうから、嫌がらずちゃんと良い関係を築くのよ? 連絡先はちゃんと交換したんでしょうね?」
「ほぼ無理やりな……」
行動監視の意味もあるため、一応国から通信端末は支給されている。
今まではシャルと国の窓口しか登録されていなかったが、そこにエリザの名前も加わることとなった。
どうやらエリザはまだ話足りないらしく、俺が部屋を出る際「プライベートでも連絡するので宜しくお願いします♪」などと言ってきた。
今後これでエリザの相手をしなければならないと思うと、今から気が重くなってくる……
◇???
「それで、調査の方はどうなっている?」
「……陛下、やはり禁忌に触れるべきでは――」
「くどいぞ元帥、貴様はただ余に命じられた通りに働き、その報告をすればいい。考え、意見することは許可していない」
この男――ガムランは、今は帝国軍元帥という肩書を持つが、元々は開拓者だったらしい。
そして開拓者時代に未踏領域【カプリッツィオ】に挑んだ経験があるということで、今回の調査の総指揮を任せたのだが――とんだ臆病者でガッカリしている。
恐らく面子を保つために禁忌などと口にしているのだろうが、実際はかつて自分が体験した狂乱に怯えているだけなのだろう。
そもそも貴族でもない人間が皇族の歴史を知るワケがないし、何をもって禁忌とされているかなどこの男は全く知らないハズだ。
大方かつて断罪された学者どもの残した断片的な記録から、それらしき理由を選んで口にしている――といったところか。
「……申し訳ございません」
「よい。ただし、以後は慎め。して、その様子では大した調査は進んでいないようだが、現状でわかっていることを報告せよ」
「ハッ! まず、狂乱の元凶とされるデウスマキナについては依然として見つかっておりません」
これは最初からわかっていた。
もし見つかっていたら、今頃あらゆる意味で大騒ぎとなっていたことであろう。
「だろうな。それよりも、余が確認を命じた場所は?」
「陛下の
「他にも建造物はあっただろう。それらも倒壊していたのか?」
「いえ、他にも建造物はありましたが、劣化はあるものの倒壊しているものはほとんどありませんでした」
(やはり、か……)
かつて『カプリッツィオ』が解放された際、当然ながら皇族の手で調査が行われている。
その調査報告書には、多くの建造物に古代コンクリートが使用されていたと記載されていた。
古代コンクリートは劣化しにくく頑丈であるため、神代の建造物でも当時のまま形を残していることが多い。
無論全ての建築素材に古代コンクリートが使用されているワケではないので、自然に倒壊することもあるのだが……、だからこそ城だけ倒壊しているというのには少し違和感がある。
可能性があるとすれば、狂乱の元凶たるデウスマキナ【アテ】により破壊されたか、或いは――
「……『カプリッツィオ』に挑んだ最後の開拓者は?」
「コンラート・グリューネヴァルト。かつて我々帝国軍の中佐だった男です」
「かつて? 今は違うのか?」
「……コンラートは、一年ほど前に戦場で散りました」
「っ!?」
もう既に、この世にいないだと……?
なんということだ……!
余が、もう少し早く皇帝となっていれば……
「……そのコンラートに親族は?」
「コンラートの両親は既に他界しており、妻も亡くしております。唯一息子が一人存在し、奴と同じく軍に所属していたのですが……、去年国外に亡命しています」
「なんだと!? 何故そんなことを許した!」
軍属の者に亡命を許すなど、本来はありえないことである。
普通なら親族を使い……、いや、そうか、その者にはそもそも枷となる親族がいないのか。
しかし、だとしても我が国の防衛権を抜けることなど、たかが一軍人にできることなのか……?
「……その者の名は?」
「マリウス・グリューネヴァルト。最年少で中尉まで駆け上がった――天才です」
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