第??(28)話 コールドスリープ



「これは……、どういうことだ」


『この方は、現存するアウグスティス家の最後の生き残りになります』


「っ!? 生き残り、だと……?」



 青白い光に包まれた少女は、まるで凍り付いたように微動だにしない。

 ……息もしていないように見える。



『今は仮死状態ですが、コールドスリープを解除すれば生命活動を再開します』


「馬鹿な……。コールドスリープで、2000年以上もの時間、生命を維持し続けていたというのか?」



 コールドスリープ技術は、現在でもある程度確立している技術だ。

 しかし、その期間はせいぜい40~50年程度が限界とされている。

 これはコールドスリープの種類として冬眠タイプが採用されているからで、このタイプは代謝を停止させているのではなく、可能な限り低速化させることで老化や劣化を遅らせているだけだからだ。


 より長期間保存するためには冷凍タイプにする必要があるが、このタイプは冷凍することで発生する細胞組織の損傷という課題があるため、実用には至っていない。



『人類の技術では難しいかもしれませんが、神造のデウスマキナであれば可能です』



 神造、と限定したということは、【アトラス】や【ヘラクレス】のような半人造のデウスマキナでも不可能ということだろう。

 そして現代でも実用化されていないということは、人類には再現できていない機能を使っているということだ。



「……エーテルか」


『その通りです』



 人類が未だ解析できていない未知のエネルギー、エーテル。

 その性質は一言で言えば万能だ。

 デウスマキナの動力源の基本にして、様々な燃料の代用、電力への変換など、現代でも色々な面で利用されている。

 無論それだけでは万能とまでは言えないが、研究により、神代では火水風土といった四大元素などへの変換も可能だったという。

 現代でもオリジナルのレプリカとされている魔導融合炉リアクターには、エーテルによる自己冷却機能が備わっており、俺はそこからコールドスリープに発想を結び付けた。



『エーテルによる冷却、及び保存をすることで対象の乾燥を防ぎ、酸化やタンパク質変性といった化学反応も抑えることが可能です。保存液の代わりにエーテルを体内に循環させ、完全な冷凍ではなく半冷凍のような状態を作り出すことで、解凍時の細胞組織損傷を防ぎます。また、定期的に解凍を行うことで身体能力の低下も最小限に抑えています』


「定期的な解凍? しかしそれでは、代謝が発生するだろう」


『代謝に必要なエネルギーも、エーテルで補えます。それ専用のデウスマキナとは異なり、私だけで生命活動全てを支えることはできませんので、あくまで仮死状態のとき限定となりますが』



 ……まさに万能のエネルギーだな。

 裏を返せば、専用のデウスマキナであれば、生きた人間の生命活動すら維持できるだけのエネルギーを生み出せるということだ。

 そう考えた瞬間、自分の知識の中で一つ思い当たるものがあった。



(……そうか、未踏領域『マグヌム・オプス』。あそこの巨大生物は、そのエネルギーにより維持されているということか)



 巨大な動植物が跋扈することで有名な未踏領域、『マグヌム・オプス』。

 本来巨大な生物は、その大きさを維持できるだけのエネルギー吸収効率の良い器官を備えているものだが、『マグヌム・オプス』ではどんな生物でも無作為に巨大化すると言われている。

 それらの体型維持がどのうように行われているか今まで謎とされていたが、エーテルによるカロリーなどへのエネルギー変換が行われているのだとすれば、猿などが巨大化して問題なく生活していることにも説明がつく。



『とはいえ、デウスマキナのコールドスリープにも限界はあります。保存期間は設計段階でおよそ2000年と言われていましたので、そろそろ限界が近かったのです。……ですから、このタイミングでアナタが現れたのは僥倖でした』



 2000年……

 今がイクス暦2015年なので、もう15年は過ぎていることになる。

 確かに、タイミングとしてはギリギリだったのかもしれない。



「つまり、俺はその少女のフォローをすればいいわけだな」


『そうですが、残念ながら彼女には操縦技術はありません。操縦はアナタが行い、封印機構を使うときのみ彼女の力を借りるのがベストだと思われます』


「……言いたいことはわかるが、そのコックピットには後部座席があるように見えないぞ」



 デウスマキナは、そのサイズによってだが複座のものも存在する。

 しかし、この機体のコックピットはどう見ても単座にしか見えなかった。



『幸い、彼女は小柄ですので、膝の上にでも乗せれば良いでしょう』


「……そんな馬鹿な提案があるか」


『しかし、それしかありません』



 頭の痛い話だ。

 馬じゃあるまいし、そんな状態で操縦した者の話など聞いたことがない。

 ましてや、相手は俺とほとんど年齢の変わらない少女だ(正確な年齢では2000歳以上年上だが)。

 そんな少女を膝の上……、いや、脚部の操作を考えれば股の間に置くことになるが――、想像するだけでも恐ろしい。



「……何か他に案はないのか」


『今のが私の導き出した最善の案です』



 神代のAIが導き出した最善の解答がそれとは、増々頭が痛くなってくる。



『もし気に入らないのであれば、アナタが代案を出すようお願いします。彼女の解凍には1日ほどかかりますので、今後の準備と並行して考えてみてください』



 ……俺も決して頭が良い方ではないが、自らの名誉に関わることなので、なんとか代案をひねり出すしかない。

 まさか、こんな状況で、こんな下らないことで悩まされることになるとはな……



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