第??話 歴史を紐解く



「お前は、人ではなく、AIなのか?」


『AIとはなんでしょう?』



 AIという言葉は、比較的近年に生まれた言葉だ。

 この【パンドラ】が神代に存在したと言われる、完全な人工知能なのだとしたら、知らなくても当然と言える。



「AIとはアーティフィシャル インテリジェンスの略称で、人工知能を意味する言葉だ」


『……成程。意味合い的には近いかもしれません。ただし、私は人の手により作られたものではなく、神の手により創られたものですが』



 神の手により創られた……、か。

 やはりコイツは、神代の人工知能なのだろう。

 歴史家や学者達による仮説でしかなかったが、こうして実在しているのを見れば、仮説は正しかったと言うしかない。



「その神の手に創られたという存在が、何故こんなところにいる?」


『それを説明するには、私が今に至るまでの全ての事情を説明する必要があります』


「問題があるのか?」


『アナタが信じるかどうかが問題です』


「……それは聞かないことには何とも言えないな」


『私も時間を無駄にしたくはありません。語るのであれば、それを信じていただき、そのうえで協力を得られるという確証が欲しいのです』



 つまり、それだけのリスクがあるという話なのだろう。

 であれば何も問題はない。

 今この状況こそが、俺にとっては既にリスクなのだ。

 ここで生きる道を見出せなければ、ただ死ぬだけである。



「いいだろう。俺はお前がこれから語ることを絶対に疑わない。そして、可能な限り協力をすることを誓う」


『ありがとうございます。それでは、説明を始めます』





 ◇





 紀元前――俺達の認識では神代と呼ばれる時代、人類と神々はかなり近しい関係にあった。

 神は自分達よりも劣る存在である人を、決して蔑ろにせず、愛すべき存在として扱った。

 しかし、ある一人の神が、愛ゆえに、人類に過ぎた力を与えてしまう。

 それがデウスマキナであった。



(これまでの話は、神話として世界中に伝わっている話と一致しているな)



 過ぎた力というのがデウスマキナだという説も、有力ではないが存在していた。

 その説を唱えた学者は周囲から否定され続けていたが、この事実が広まれば立場は逆転する。

 教えてやれないのが残念でならない。



『デウスマキナで争いを繰り返す人類は、ついにその矛先を神々にまで向けました。結果、神々の怒りを買うことになり、私という災いが生まれたのです』


「災いとは具体的になんだ?」


『この地に発生している「狂乱」と似たようなものです。私を介して、全てのデウスマキナを狂わせる病が広まりました』


「病……、ウィルスのようなものか」


『そう思っていただき問題ありません』



 要するにこの【パンドラ】というのは、タチの悪い病原菌――コンピューターウィルスということだ。



『今、大変失礼なことを考えませんでしたか?』


「いいや。それで、その病が広がったことでどうなった?」


『……狂ったデウスマキナの手により、世界中で大規模な災害が発生しました。それは暴風雨を生み出し、生物を巨大化させ、全てを狂わせ、灼熱の大地を作り……、様々なカタチで世界を侵食しています』


「っ!? それは、つまり、世界中の未踏領域は、狂ったデウスマキナがもたらしたものだと?」


『元々そう呼ばれていた地域もありますので全てではありませんが、比率としてはほとんどの原因がデウスマキナと言えるでしょう』



 これは衝撃の情報だ。


 未踏領域は全て自然に発生したものというのが、一般的に広まっている認識である。

 学校でもそう教えられるので、ほとんどの人間が自然災害の一種だと認識しているだろう。

 それが全て、デウスマキナの仕業だと……


 にわかには信じがたい情報だ。

 それほどの災害をデウスマキナが引き起こしたというのも驚きだが、その情報が一切出回っていないというのもおかしい。

 一体どうして……



『アナタが知らなかったのも無理はないかもしれません。これらの情報は2度目の災いでほとんど失伝し、生き残った者達も情報統制を行ったようですから』


「待て、2度目の災いとはなんだ」


『災いは2度発生しています。1度目は私という災い。2度目は大洪水です』



 大洪水……これも聞き覚えのない情報だ。



『全てのデウスマキナが狂っても、人間達は神々に反抗を続けました。下位のデウスマキナを破壊し、再構築を行うことで、災いに抗おうとしたのです』



 神代のデウスマキナの中で、半神半人とされている【ヘラクレス】や【アトラス】などがそれにあたるのだろう。



『その結果、神々は人類を見限り、大洪水を起こして全てを洗い流すことにしました。大洪水を生き残った人類は改めて神々の力を思い知り、神の情報を禁忌としたうえで情報の統制を行い、新たな歴史を歩み始めたのです』



 それがイクス暦の始まりか……。作り話にしては壮大な話である。

 だからこそ、信じる価値はあると思いたい。



「……それで、その話と今お前がここにいる話にどう結び付く」


『先にも述べたように、私は全ての災いの祖にして、それを鎮めるための『希望』です。私に託された役割は、災いだけではありません』



 そういえば、コイツは自分のことを『希望』だと言った。

 俺もそれにすがる気持ちがあったからこそ、最後まで気力を保てたのだ。

 まだ、その肝心の情報を聞けていない。



『私の創造主は、過ぎたる愛を与えたとされる神です。その神は他の神が人類に災いを与えるべきという中、ただ一人希望も与えるべきだと主張しました。結果として、災いを回収する機能と、私という災いの影響を受けない制御機構が搭載されたのです』


「災いの影響を受けない……か。もしかして、今「狂乱」の影響を受けていないのは……」


『はい。「狂乱」は災いと同質のものですので、私の知覚領域の中心近辺では機能しません』


「……知覚領域とは?」


『文字通り私の知覚できる領域です。この領域内であれば、私はレーダーなどに頼らずともデウスマキナの位置をある程度把握することができます。また、限定的ではありますが通信機器などへの干渉も可能です。先日アナタと通信が行えたのもそのためです』


「そういうことか……ん? いや待て、あの時はまだ「狂乱」の効果範囲にいたハズだ。何故通信できたんだ?」


『「狂乱」の影響を受けにくくする程度であれば、ある程度距離は調節が可能です。精々が1キロメートル程ですが』



 中々に便利な機能だが、範囲が限られているのであれば使いどころは少なそうだ。

 実際、俺がその範囲内に入らなければ機能が活かされることはなかっただろう。



『話を戻します。『希望』としての役割を持たされた私ですが、残念ながら人類には信じられませんでした』


「それは……、そうだろうな」



 元々は神々が引き起こした災いだ。

 それを信じろと言われても普通は信じないだろう。



『人類により私――デウスマキナ【パンドラ】は解体されました。しかし、私の言葉を信じる者達も少数ながらいました』



 ……それが、この城の城主というワケか。



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