第零章 カプリッツィオ

第??(18)話 開拓者としての夢



◇コンラート・グリューネバルト





 ――未踏領域

 その名が示す通り、人類未踏の領域のことだ。

 そして、それを攻略することが俺達開拓者の最終目標でもある。



 ここレムス帝国にも、いくつかの未踏領域が存在する。

 いずれも国の管理下にあるが、条件を満たすことさえできれば開拓者なら足を踏み入れることが可能だ。

 その条件というのは、開拓者ランクがA以上であること……

 俺は今年になって、やっとその資格を得ることができた。



(随分と時間がかかってしまったが、なんとか間に合った)



 12歳で開拓者になり、5年かけてAランクまで上り詰めた。

 この5年という数字は世界的に見ても異常なレベルの速度なのだが、個人的にはこれでも遅かったと思っている。

 理想としては、あと1年早くAランクに到達したかった。


 何故そこまで急ぐ必要があったのか――

 それはロームルス帝国に徴兵制度があり、18歳になると兵役を課せられるからである。


 規定の年齢に達すれば半強制的に兵役の義務を課せられることとなるため、帝国の男が開拓者として活動できるのは18になる前か、兵役を終えてからしかない。

 しかし、兵役から必ず解放される保証はなく、場合によっては30年以上拘束されることもある。

 より確実に夢を達成するには、最低でも17歳のうちにAランクになる必要があったのだ。





 ――未踏領域の踏破――





 それは、開拓者の誰もが夢見る目標であり、偉業である。

 歴史上でもこの偉業を達成した者は、記録に残っているもので僅か9人。

 1000以上もある未踏領域に対し、たったの9人しかいないのだ。


 俺は、その10人目になるべく、これまで経験と実績を積み上げてきた。

 挑む資格は十分にあると思っている。



「本当に、挑むつもりなんですね……」


「ああ、それが俺の夢だったからな」



 馴染みの受付嬢であるソアラが、俺の持ってきた依頼書を見ながら複雑そうな表情を浮かべる。

 依頼の内容は、未踏領域『カプリッツィオ』の調査及びその踏破。

 国から発行されている、難易度Sランクの依頼である。



「コンラートさんが未踏領域踏破を目指して頑張ってきたことはもちろん知っていますが、やはり私個人としては行ってほしくありません。あまりにも、危険です……」



 未踏領域『カプリッツィオ』――別名「狂乱領域」。

 名前の由来は、踏み入れた者の精神を狂わせることからだが、その中心部付近は精神が存在しない機械ですら狂わせる危険地帯だ。

 未だ中心部の情報が少ないのも、無人機による探査が不可能だからである。


『カプリッツィオ』の厄介な点は、攻略に失敗して逃げ帰った場合でも精神になんらかの異常をきたす可能性が高いところだ。

 そのせいで時間をかけて少しずつ攻略を進めるというやり方が困難であり、攻略難易度が高い最大の原因となっている。

 一回の挑戦で開拓者生命を絶たれる可能性があることから、開拓者達からの人気も低く、最近では調査すらほとんど行われていない。


 そんな厄介な未踏領域である『カプリッツィオ』に俺が狙いを定めたのには、当然理由がある。

 一つは、競合相手が極めて少ないこと。

 挑戦する者の少なさゆえに、先を越されるという可能性がほとんどない。


 そしてもう一つは、ここ近年一定の範囲に限り「狂乱」の影響が弱まりつつあることがわかったからだ。

 これは俺が長年一人で調査して発覚したことで、まだほとんど出回っていない情報でもある。

『カプリッツィオ』は星型に広がる未踏領域だが、その北西の一角のみ無人機を回収できたことから発覚した。


 このことについてはギルドに報告してあるが、発見者の特権として情報の開示を遅らせてもらっている。

 ギルドとしても、情報を開示することで他の開拓者が無謀な挑戦をする懸念があるため慎重になっているようだ。


 つまり、挑戦するなら今が好機というワケである。



「危険だからといって挑まなかったら、いつまで経っても未踏領域踏破なんてできやしない」


「それはそうですが、もう二度と開拓者として活動できなくなるかもしれないんですよ?」


「俺は今17歳だ。あと1年もしないうちに徴兵され、戦場に出ることになる。そうなれば最悪の場合、開拓者に戻ることはできないだろう。つまり、『カプリッツィオ』に挑んでも挑まなくても、結果は変わらないということだ」



 デウスマキナの操縦技術がある開拓者は、徴兵された場合即戦力として扱われることがほとんどだ。

 早々に戦場に出され、命を落とした者も多いと聞く。


 自分で言うのもなんだが、俺の操縦技術は帝国の開拓者の中では間違いなく上位に入る。

 その情報は軍にも伝達されているハズなので、前線に送り込まれるのはまず間違いない。

 そしてそこで活躍すれば、軍は俺を手放さないだろう。

 だからと言って何もしなければ、待っているのは死あるのみだ。


 つまり俺は、既に詰んでいるのである。


 俺がそう言うと、ソアラは言葉を詰まらせて俯いてしまう。

 彼女は頭の回転が速いので、それだけで俺が置かれている状況に気づいたのだろう。



「……コンラートさんは、私の初めての担当した開拓者なんです」


「ああ、そうだったな」



 あの頃の俺はまだガキだったが、ソアラも負けず劣らず若かった。

 そして年齢が近かったこともあり、ソアラは俺に親身に接してくれた。

 ……そのことには、今でも感謝している。



「ギルドの受付が一人の開拓者を特別視するのは問題ですが、私だって一人の人間なんですよ? 付き合いの長い人に思い入れが強くなるのは、当然じゃないですかっ……」



 ソアラは目を潤ませ、俺の手を強く握ってくる。

 手のひらから伝わってくる熱と、匂いたつような色香が、俺の決心を鈍らせる。


 ギルドの受付を担当するソアラは、誰もが認めるであろう美しい女性だ。

 セミロングの金髪は柔らかそうで、スタイルもモデル顔負けである。

 齢二十歳を過ぎたことで色気も備わり、開拓者の間では老若問わずとても人気が高かった。

 そんな女性に慕われているというのは、ある種の名誉と言えるだろう。


 美しい受付嬢と結ばれるというのも、開拓者の男にとってはポピュラーな夢の一つだ。

 この手を握り返し挑戦をやめると言えば、その夢を掴むことができるかもしれない。

 だが……



「悪いな、ソアラ。俺はやはり、自分の道を曲げることはない」


「……そう、ですか」



 握っていた手の力が緩み、ゆっくりと離れていく。

 ……かわりに、一滴ひとしずくの涙を残して。



「申請を受理いたします。証明書を発行しますので、しばらくお待ちください」



 ソアラは事務的にそう述べ、カウンターの奥へと消えていった。



「おい、クソヤロー」



 カウンター前で黙って待つ俺に声をかけてきたのは、同期の開拓者であるガンジルだ。

 どうやら、一部始終を見ていたらしい。



「お前、ソアラちゃんを泣かせるんじゃねぇよ。このギルドに所属する全開拓者を敵に回したぞ」


「……敵視されるのは今に始まったことじゃないだろ」



 ソアラと仲の良かった俺は、必然的に多くの男達から目の敵にされていた。

 今更敵に回したなどと言われても、まるでピンとこない。



「いやいや、お前達のことを見守ろうって奴らもそれなりにいたんだぞ? 俺とか」


「それは……、期待に応えられず、すまなかったな」


「いや、これで俺達にもチャンスが巡ってきたと思えば、むしろ良くやったと褒めてやりたい」


「どっちなんだお前は……」


「どっちもだ。それはそれとして、ソアラちゃんを泣かせたのは許さないけどな!」



 割と力を入れて背中をはたかれる。

 文句を言ってやりたかったが、自分のしたことをかえりみれば受け入れるしかないないのだろう。



「許してほしけりゃ、生きて帰ってこいよ」


「……最初からそのつもりだ」


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