第6話 ルーキーズカップ開始



「……本当にここ・・でいいのか?」


『ええ、私達はココからスタートするわ!』





 俺達は『サンドストームマウンテン』のふもと、その最東端付近に来ていた。

 一応はスタートエリア内だというのに、俺達の周囲にはデウスマキナどころか人っ子一人いない状態である。



 『ルーキーズカップ』では、各選手のスタート位置というものが固定されていない。

 指定されたスタートエリア内であれば、どの位置からもスタートして良いことになっている。

 勝敗の条件が早い者勝ちであることから、なるべく山寄りからスタートした方が有利に思えるかもしれないが、実はそうとも限らない。

 というのも、『サンドストームマウンテン』は広大で、かつ風速40メートルを超す強風が吹き荒れている馬鹿げた山脈だからだ。

 風速40メートルと言えば、ちょっとした家屋くらいは吹き飛ぶし、車なら転がるレベルである。

 しかも奥に行けば行くだけ風速は増すというのに、そんな中を千キロメートル以上も進まなくてはならないのだ。

 はっきり言って、ちょっとやそっとの距離を縮めることに、ほとんど意味は無い。


 ちなみに、ゴール地点の映像は先程送られてきたのだが、中々に酷いものであった。

 映像は乱れまくりであり、周囲の状況どころか、現地アナウンサーの顔すらほとんど見えていなかった。

 あの辺りまで行くと、風速は70メートルを超すらしく、むしろ映像が届くこと自体に驚くべきなのかもしれない。

 電波自体は風の影響を受けないのだから当然と言えば当然なのだが、飛ばす装置の安定性なども重要になるハズだから、通信を成立させているだけでも相当な労力がかかっているハズだ。

 本当に、金のかかった大会である。





「一応作戦自体は聞いているから異論は無いんだが、こうも誰もいないと流石に不安になるぞ?」


『そりゃあ、他のデウスマキナでは進めないようなルートを通るんだから、当然でしょう?』


「そうなんだろうが……」



 俺達が挑むのは『サンドストームマウンテン』の東に位置する、絶壁に近い傾斜地帯だ。

 恐らく、この山脈において最も過酷なルートと言えるのだが、そんなルートを選んだのには当然理由がある。

 実はこのルート、単純な距離だけで言えば最も嵐巣区画に近く、通常ルートの半分近い距離で到達することが可能なのだ。


 だから俺達以外にも、もしかしたら挑戦者がいるんじゃ――、とも思ったのだが、見事なくらいに誰もいなかった。

 それはつまり、このルートがリターンに見合わない程リスクが高いことを示している。



『気持ちはわかるけど、心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと裏付けはあるんだから! それに言ったでしょ? 私には今年しかチャンスがないの。だから、勝算のない挑戦なんてするもんですか!』



 ……彼女の真剣さはわかっているつもりだ。

 だからこそ、こんな無謀に見える作戦に乗ったのである。



「……わかった。お嬢を信じよう」


『お嬢!? 何その呼び方!?』



 そんなやり取りをしている内に、結構な時間が経っていたらしい。

 スタートエリア内に、開始の合図が鳴り響いた。



『まあいいわ! さあ、行くわよ! マリウス』





 ◇???





「いよいよ始まりましたね」


「何事もなく開始されたようで何より。……ですが、今年の開催地は相当に難易度が高い。恐らく多くの者が苦戦するでしょうな」



 初老の男は、そう言って片手でコーヒーをすすりつつ、もう一方の手でペンを取る。

 かけていた眼鏡が曇り、視界が奪われているにも関わらず、男は小さな紙に正確に文字をつづっていく。



「……君、これを彼に」



 何かを書き終え、男はその紙を控えていた給仕に渡す。

 給仕は無言でそれを受け取り、もう一人の――片目に眼帯を付けた男に近付く。



「無理を言ってすみませんでした、カーネル」



 給仕から手渡された紙を懐にしまい込み、眼帯の男は軽く会釈をする。



「……軍務からは数年前に足を洗った身――、いや、洗う足すら無くなったから去った、と言うべきか。そんな私を、大佐カーネルなどとは呼ばないでいただきたいですな」



 そう言った初老の男の下半身には、本人が口にしたように両足が存在していなかった。



「失礼しました。しかし今回の一件は、未だ軍事方面に多大な影響力を持つアルバート殿だからこそ頼めたのです。私が貴方のことを大佐と呼んだのは、その敬意ゆえとお思い下さい」



 眼帯の男は深々とお辞儀をする。

 まるで貴族と見まごうような美しい所作だ。

 この男を知らぬものが見れば、誰も彼のことを開拓者だなどとは思わないだろう。



「……やれやれ、それにしても見事な手腕だ。君のような若者がウチにもいれば、私もこんな些事に出張ることもなかったのだがね」


「……恐縮でございます」



 その反応に初老の男はクックックと意地悪そうな笑いを見せる。



「まあ気にしないでくれたまえ。今回の件は、私の楽しみにも関わることだったのでね。軍の介入を避けるついでに手を貸したまでだよ」


「楽しみ、ですか? もしや、アルバート殿も『ルーキーズカップ』に何か投資を?」


「投資というほどのことはしておらんよ。ただ、有望な若者が滞りなく参加できるよう手配はしたがね」


「っ!? ほぅ、それは興味深い……。つまり、今回の参加者の中に、かのアルバート・マクドウェル殿が注目している人物がいる――、と?」



 それまで落ち着いた雰囲気を見せていた眼帯の男が、やや興奮気味に話しに食い付いてくる。

 初老の男、アルバート・マクドウェルは、眼帯の男が釣れたことに満足気な笑みを浮かべた。



「クック……、注目するなと言うほうが無理な話なのだよ。何せその者は、この私を隠居に追い込んだ張本人なのだからね」



 聞きようによっては恨み言のようなそのセリフを、アルバート・マクドウェルはとても楽しそうに口にしたのであった。



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