第12話 マスター認証


「こんなところにコアが……?」


 狭い隠し部屋の中央台座に、深紅に煌めく宝石のようなダンジョンコアがあった。

 その大きさは、人の頭くらいの大きさだろうか。


 と、そのとき。


「伏せるんだリーリエ」

「えっ?」

「伏せろっ!」


 俺はリーリエに飛び掛かって、その身体を床に押さえつけた。

 勢い余ってもんどりうつ俺たちの頭上を、凄い勢いでダンジョンコアが飛んでいく。


 どういうことなんだ。

 通常、ダンジョンコアはダンジョンボスの体内にある。

 ここにコアがあったということは……?


 広間の中に飛んで行ったダンジョンコアが砕けた。

 そしてそれぞれの欠片が、床に、壁に、天井に張り付く。

 そのとき俺の目は観測した。欠片たちが、小さな隠し部屋のようなものをそこに作り出したことを。

 そして隠し部屋の中に鎮座した欠片たちは、チカラで繋がり合う。


「くるぞ!」


 俺たちは身をひるがえしながら立ち上がった。

 ダンジョンの天井から伸びてくる巨大な石の足を、寸でのところで避けたのだ。


 ズシィン! と大きな音を立てて、俺たちが先ほどまで倒れていた場所を足が踏みつける。


「コヴェルさま、右から!」


 今度はダンジョンの壁から巨大な右腕が伸びてくる。

 握りしめられた拳を跳んで避ける俺。


 腕もやはり、足と同様に石で出来ている。

 それぞれ、人間を手のひら足の裏で簡単に潰せそうな大きさだ。

 それどころか質量と勢い的に、掠っただけでも人の肉体はキリモミしながら弾け跳ぶに違いない。


「きゃあ!」


 リーリエには左拳が飛んできていた。『迅速の靴ダッシュブーツ』に魔力を篭めて彼女の身体を引っさらう。横を、ゴオと音を立てて伸びていく左腕。


「あ、ありがとうございますコヴェルさま」

「気にするな。大丈夫だったか」

「はい……い痛っ!」

「足を捻ったか」


 どうやらリーリエは捻挫をしたようだ。これでは早く走れないだろう。


 さてどうする。

 壁の近くにいると、どこから腕が出てくるかわからない。

 俺は広間の中央に、リーリエを片手で抱えたまま陣取った。


「いったいこれはなんなのですか、コヴェルさま」

「コアが分裂して、広間の中に散ったところを見るに」


 俺は舌打ちしながら続けた。


「どうやら『この広間全体』がゴーレムだったんだろう。<ストーンゴーレム>はダミー、隠し部屋の中に本体コアを隠していて、もし見つかったなら本気を出す仕組みだったんだろうな」

「広間全体が……? 聞いたこともないモンスターです」

「俺も初見だ。さしづめ<ルームゴーレム>と言ったところか、なかなか厄介そうではある」


 また壁から右腕が伸びてくる。


「このやろ!」


 俺はリーリエを抱えたまま<ルームゴーレム>の右腕に斬りつけた。が。

 ギィン、と不快な金属音を立てて、剣を弾かれてしまった。

 文字通り『刃が立たない』。


「硬いな」


 面倒なことになったものだ。と俺が眉をひそめていると、リーリエが天井を指さす。


「上から来ます!」

「おおっと」


 足による踏みつけだ。

 またリーリエを抱えたまま俺はそれを避ける。


「なんで来るのがわかった?」

「見てください、あの光です」


 言われて注目してみると、フロアの壁や天井に光が奔っている。

 網目のように奔る輝きが集中した場所から、次の攻撃が伸びてくるようだ。


 そしてその光は、コアの欠片が作った小さな隠し部屋の数々から奔り出している。

 俺はその一つの隠し部屋を、剣で突いた。

 するとコアの欠片は消し飛んで、その隠し部屋からは光が発生しなくなった。


「なるほどな」


 コアが分散して作りだした無数の小さな隠し部屋。

 これを潰していけばいいのか。


 俺は自分が握っていた剣を見る。


「だが、一つ壊しただけでこの始末だ」


剛腕の長剣ストロングドロングソード』。

 かなり硬い剣で切れ味もよい物だったのだが、隠し部屋を一つ潰しただけで折れていた。普通の武器じゃ、とてもじゃないが数多い隠し部屋を全て潰すなんて無理だ。


 俺はリーリエの胸の中に腕を入れた。


「く、くうぅんっ! くすぐったいですコヴェルさま!」

「……まだあの斧は復活してないぽいな」


 リーリエの隠し部屋の中に、まだなんの感触もない。

 どうやら時間を稼ぐ必要がありそうだ。


「ダンジョンコアのあった隠し部屋に戻るぞリーリエ、そこでおまえの中から武器が取り出せるようになるまでの時間を稼ぐ。いけるか?」

「大丈夫です、いけます」

「よしいけ!」


 リーリエを降ろして隠し部屋まで向かわせる。

 ひょこひょこと、右足を庇いながらの走り。

 これは少し時間が掛かるな。


 俺はその間、この<ルームゴーレム>を挑発することにした。


 マジックポーチから新たな剣を取り出す。

剛腕の長剣ストロングドロングソード』には劣るが、これも悪くない剣だ。


「さあこい、ゴーレム野郎!」


 言いつつ、避けた巨大拳に剣を奔らせる。

 ギャリギャリギャリ、と飛び散る火花。


 ダメージになっているのか、なっていないのか。

 しかし<ルームゴーレム>の注意は引けたらしい。攻撃が俺に集中する。


「コヴェルさま!」


 右腕で、左腕で。

 右足で、左足で。

 連続して襲い掛かってくる巨大な質量を紙一重で交わしながら、俺は声を上げた。


「大丈夫だ、いけ! リーリエ!」


 リーリエが隠し部屋に逃げ込んだのを確認してから、俺も『迅速の靴ダッシュブーツ』を使って隠し部屋へと走る。

 リーリエを担いで一緒に走れればよかったのだが、きっと彼女は加速時のGに耐えられない。

 隠し部屋の前に立った俺は、マジックポーチからアイテムを取り出した。


無敵の盾シールドインビンシブル!』


 超強力なロングタイプシールドを両手で構え、部屋を守ることにした。

 今は、彼女が休むこの部屋を死守しなくてはならない。


 彼女を部屋の中に入れたのは、部屋の中へと攻撃しようとするなら拳や足の軌道がわかりやすくなるからだ。

 部屋を狙ってない物は避けて、躱すと部屋の中のリーリエに害が及びそうな軌道の攻撃は盾で斜めに受けて――。


「弾くっ!」


 弾いた拳がすっ飛んでいく。

 この盾を以てしても、骨が軋むような衝撃。

 これは大変だ。


 上から落ちてくる足は、素直に避ける。

 この足は、隠し部屋を攻撃できない。無視してもいいだろう。だが、隠し部屋の中まで攻撃が届きそうな腕の方は。


「弾くっ!」


 歯を食いしばって、巨大な拳を受ける。

 途端、口の中に血の味が広がった。この世界にきて、血の味は鉄を舐めたときの味がすると初めて知った俺だった。

 経験を伴って味わった血の味だからだろうか。


 前世でも歯医者で経験していたはずなのに、味なんか覚えてなかった。

 それはきっと、無感動に日々を生きていたからだ。


 ああそうだ。薄く生きてきた人生だった。

 目立たず、暗く、なんの感慨もなく坦々とした日々を。


 この世界は違っていたはずなのに、記憶を思い出した俺は、また同じことを繰り返してしまった。


 隠し部屋を探して富を得るのは気持ちいい。

 だけどなんの目的もなく、富だけを得ていくのはルーチン化だ。


 さっきリーリエに語った通りだった。

 感性が擦り減って、虐げられている奴隷の子たちから目を逸らすことにすら慣れていた日々。前世と同じように無感動な日々。そして孤独な日々。


 そうだ。

 俺はこの世界でも、誰も信じようとせず、誰も頼ろうとせず、結局独りぼっちだった。一人で迷宮に潜り、一人で宝を漁り、一人で飯を食い、一人で眠る。


 前世となんら変わらない俺。成長していない俺。

 そんな俺に、変わるキッカケをくれた女の子恩人がいた。


「はじ……くっ!」


 弾く。弾く。弾く。


 何回俺はあの拳を弾いただろう。もう数えていない。腕がしびれてきた。

 だがここで退くわけにはいかない。


 リーリエとの暮らしは楽しかった。

 一緒に食べて、一緒に寝て、一緒に家を作って。

 そんな他愛のないことが、こんなに楽しかった。


「コヴェルさま! コヴェルさま! 無茶はおやめください!」

「無茶なんか……してない。困った……な、俺はそんな頼り……なく、見えるか?」


 いかんな。強がりを言うには息が絶え絶えだった。

 これじゃ余計に心配させてしまう。


「なぜそこまで。貴方は、私を置いていけばここから一人で逃げることもできるのに」

「最初に会ったときも言わなかったか? 俺は変わりたかったんだ、って」


 ああでも。

 今さら気が付かされた、それだけじゃなかったんだって。

 なんだよ俺、一人で寂しかったんじゃねーか。


 大切なんだよ、今の俺には。リーリエが。

 食べて飲んで寝て、そんなときに近くにいてくれるおまえが。


 まだ出会って大した日数は経ってないのに、いつの間にかこんなにも俺の中に浸透していたんだ。――だから。


「逃げるなんてありえないんだ」


 弾く!


「リーリエと会ったとき、俺は運命を感じた。これは何かが始まる予兆だと。おまえの中の秘密が、俺を本当の冒険に誘ってくれると」

「そんな。私はなにも知らない、まだ生まれたばかりのエルフで……」

「すまんな。俺は自分勝手なことばかり言ってる。おまえにとっては迷惑なことばかりだったろうに」


 弾く!


 隠し部屋の存在も、武器が出てくるということも。

 彼女にとってはどれも面倒事でしかなかっただろう。

 俺は彼女の運命を変えてしまった。


 そしてこの有様だ。

 恨まれても仕方ない。


 そう俺が奥歯を噛みしめた、そのとき。


「――いえ」


 と彼女は毅然とした声で呟いた。


「コヴェルさまは、私をワクワクさせると仰ってくださいました」


 大盾で<ストーンゴーレム>の拳を弾いている俺の背に向かって、声を掛けてくる。


「……そうだな。そんな約束をしてたっけ」

「はい。約束は大事だと、私の父が言っておりました」

「お父さんが?」

「約束を守れない人は信用して貰えないぞ、と」


 彼女は語る。

 友達との約束、親との約束、社会との約束。どれも破れば破っただけ、孤独になっていくのだと。


「ははは、違いない。怖い話だ」

「怖いですよね。ですから」

「ああ、そうだな。俺も約束を守ろう。ワクワクさせてやるぞリーリエ!」

「はい、ワクワクさせてください!」


 ああ、俺はリーリエを守る。

 これからを一緒に生きていくために。俺がワクワクする為に。


「もっともっと、おまえと喋っていきたいんだ。聞きたいことだってたくさんある」


 彼女の過去のことだって気になっていた。

 なぜ奴隷になったのか。どうしてまだ若いエルフが、人の里に紛れ込んでいるのか。

 聞きたかったけど、聞けなかった。


「聞いてください、たくさん」

「いいのか? 本当にたくさんあるぞ?」

「構いませんよ。たくさんお喋りしましょう。コヴェルさまになら、私はなんでもお話いたします」

「はは。それは嬉しい」


 俺は笑った。力が湧いてくるようだった。まだまだ俺は、彼女を守れる。

 ――が、そのとき。


 汗で盾を持つ手が滑った。

 <ルームゴーレム>の拳が、俺の手から無敵の盾シールドインビンシブルを弾き飛ばす。無手になってしまった。そこにまた、巨大な拳が迫ってくる。避けようと思えば避けられる、だが後ろにはリーリエの居る隠し部屋があった。俺が避ければ、リーリエが潰される。


「コヴェルさま!」


 咄嗟に剣で拳を受けて、軌道を逸らした。だが。


「がはっ! がっ!」


 どうやら衝撃で内臓にダメージを受けたようだ。口から血が噴き出してくる。

 俺は咄嗟にマジックポーチからエリクサーを出そうとして。


「上です!」


 天井に光が集まっている、すぐにもあそこから、足が伸びてくるだろう。

 ――間に合わない。


「立ってください!」


 リーリエの叫び声が、やけに耳の中に響いた。

 これから俺は潰されるのか? そうしたら、彼女はどうなる。このダンジョンの奥深くで一人、どうなってしまう?


 ――ドン。

 と身体を押された。


「え?」


 リーリエが、今まで俺がいた場所に倒れている。

 なんだ? なんで彼女が。

 簡単だ、俺の身体を押したのがリーリエだったからだ。


 混乱しながら、俺は彼女と目を合わせた。


「諦めちゃいけません、コヴェルさま」

「なっ!?」

「私も約束しました。誠心誠意お仕えします、と」


 足が落ちてくる。

 大きな石の足が、リーリエの頭上に落ちてくる。

 でも彼女はまだ動こうとしていた。諦めていないのだ。


 くそ、動け俺の身体!

 迅速の靴ダッシュブーツに魔力を込めて、奔れ俺。リーリエを……!


「リーリエェェエーーーーッ!」


 と、そのとき。

 リーリエの足下から、ぶわっと光が広がった。


 な、なんだ!?

 半円球の光が、一気に広がっていく。その半円球の光は俺を包み込み。

 ――落ちてくる巨大な石の足をも弾いた。


 咄嗟のことでわからない。

 なにがあった!? なんなんだ、このチカラは。


 リーリエが半円球の光の中で立ち上がる。

 そして無表情にこう呟いたのだった。


「――認証。コヴェル・アイジークを主人マスターとして認める」


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