第10話 S級ダンジョン①

 明後日。

 俺たちの拠点であるヘルムガドから北に半日、街道を途中で横に逸れた丘陵地帯に、その新しいダンジョンはあった。


「まずは明かりを出そう」


 野球ボール大の球体、『永遠の太陽エターナルサン』に魔力を篭めると、輝きがダンジョンの入口である石造りの門を照らす。


 床に足跡がほとんどない。

 本当に新規ダンジョンなのだ。ついでに隠し部屋を見つけて「一仕事」できれば美味しそうなのだがな。


「じゃあ俺が先頭を行く。リーリエは四歩離れて後ろをついてきてくれ」

「は、はい!」


 大きな馬車が余裕を持って通れそうな幅と高さを持つ通路の中を、リーリエが緊張した面持ちで続いてくる。

 しかしその足が、不意に止まった。


「緊張しているのか? 大丈夫、前には俺が居るしはおまえの身体は幾つものレアアイテムで守られてる」

「それはわかっているのですが」


 リーリエが戸惑いの声を上げる。


「なぜでしょうか、うまく足が動かないのです」

「おや? リーリエの元ご主人さま、黄金鎧はS級冒険者だったろう? 高難易度ダンジョンに連れられたことはないのか?」

「わかりません。ですがこんなことは初めてです」


 どうやら黄金鎧の下でS級ダンジョンに赴いたことはないようだな。

 S級ダンジョンは、低難易度と比べて空気そのものが違う。

 気を抜くと、周囲の空気がまるで瘴気のように身体へと纏わりついて動きを鈍らせる。 いまリーリエを捕らえているのは緊張ではなく恐怖なのだろう。


 だが。


「大丈夫だリーリエ」


 と俺は彼女に笑いかけた。

 天井から俺の前に<ジャイアントスパイダー>が落ちてくる。S級にしては弱めの敵。

「みてろ」と笑顔のままに腰から剣を抜く。


剛腕の長剣ストロングドロングソード』。

 筋力を数倍に跳ね上げる魔法の長剣を振るい、<ジャイアントスパイダー>の脳天を一突きにすると、そいつは断末魔にお尻から糸を出し乱しながら息絶えた。


「ほらね、一撃さ」


 余裕そうに肩を竦めてみせてリーリエの方を見る。


「今度はおまえがやってみたらどうだ?」

「そ、そんな、私ごときが」

「おまえの腰にぶらさがったその剣は『羽ばたきの刃フラッピングエッジ』というレア武器でな、使い手が素人でもちょっとした達人程度の動きができるようにサポートしてくれる」


 俺は彼女の手を取り、その腰に釣り下げられた剣の柄を持たせる。

 少し強引に。でも出来るかぎり優しく。


「ほらこうやって……。よし、鞘から抜いてみろ」

「いえ、あの」

「いいから、ほら」

「……こ、こうですか?」


 彼女が鞘から羽ばたきの刃フラッピングエッジを抜いた瞬間、天井から<ジャイアントスパイダー>が落ちてきた。リーリエの目の前だ。


「きゃあぁぁあああーっ!」


 叫ぶリーリエ。

 しかしその身体が、彼女の意図を超えて華麗に動く。

 羽ばたきの刃フラッピングエッジの剣身は、<ジャイアントスパイダー>の眉間を的確に貫いた。


「あ、あれ?」


 そのことに彼女が気づいたのは、<ジャイアントスパイダー>が完全に動きを止めてからだった。

 俺は笑いながら手を叩く。


「うまいうまい! な、簡単だろ?」

「わ、私が……倒してしまったのですか?」

「そうだ。大丈夫、守りの面でもおまえの身は『守盾の指輪シールドオートマチック』と『風精霊の外套シルブンマントに守られている。少なくとも浅層程度で恐怖する必要なんか、ない」


 リーリエは手にした剣を呆然と眺めながら。


「凄いですね、この装備」

「そう、凄いんだ。だから」


 俺は彼女の肩を、ポンと叩いた。


「安心して先へ進めるだろ?」


 呆け顔だったリーリエの目に、光が戻ってくる。

 いつもの、力に満ちた彼女の目だ。


「動け、そうです」

「よし」


 俺は頷きかえした。


「……もしかしてコヴェルさまは、こんなこともあろうかと私にこの剣で武装させていたのですか?」

「ああ、そうだよ」

「戦力として計算されてるのかな、と不思議に思ってしまっていたのですが、その為の武器ではなかったのですね」


 そりゃそうだ。リーリエを戦力換算なんてしていない。

 慣れてない者にS級ダンジョンの空気は毒も同然だからな。万一を思って用意しておいたんだ。


「緊張したり恐怖に飲まれたなら、強引にでも身体を動かして『自分は大丈夫』と自信を持つのが一番の解決法だからな」

「……コヴェルさまは凄いのですね。こんな先のことまで見越していたなんて」

「世辞か? なにも出ないぞ?」


 真顔でそんなことを言われるとテレてしまうじゃないか。

 どんな顔をしておけばいいのかわからず、悩んだ挙句に苦笑してみせた。


「おかげさまで自信が持てました。いえ、倒せたのはレアアイテムの力ですが」

「礼は要らない。俺もおまえにはスムーズな仕事をして貰えないと困るからな」

「頑張ります」

「ああ、頑張ろう」


 こうして俺たちはダンジョンを潜り始めた。

 あっという間にモンスターと戦った回数が十回を超える。だいたい俺が瞬殺したわけなのだが、リーリエも積極的に動いてくれた。


 おまえが動く必要はないんだぞ、と言ってはみたのだが、基本彼女は動いている方が性に合うらしい。「あくまでやれる範囲で動くだけですから」と言いながらも、しっかり何匹か倒している。


 浅層を抜けて中層へと差し掛かった頃、不意にリーリエが疑問を口にした。


「コヴェルさまがお強いからわかりにくいのですが、ここのモンスターは相当強いのですよね?」

「そうだな、S級の冠は伊達じゃない。おまえが手伝ってくれているから少し楽をさせて貰っているがな、ありがとうリーリエ」

「私なんてそんな……」


 困ったように目を逸らすリーリエだった。どうもテレているらしい。


「ところでなんでそんなことを聞くんだ?」

「いえその……、前の主人でした方に比べて、コヴェルさまは如何にも素早く軽やかに魔物を倒すものですから、ちょっとよくわからなくて」


 黄金鎧のことか。

 曲がりなりにもS級なのだから、決して弱いわけではないのだろう。

 だけどまあ、こういっちゃなんだが俺は『強い』。


 レアアイテムに見合うだけの鍛錬も積んできたし、ソロだったお陰で実戦経験も豊富だ。

 もうちょっと謙虚でありたくは思うが、事実は事実なのだ。


「リーリエだって数匹倒してるじゃないか。アイテムの力があったとしても、素人がそこまでやれるのは凄いぞ。おまえには才能がありそうだ」

「いえそんなことは」

「いや本当にだ」

「いえいえ」

「いやいやいや」


 なんなんだこの会話は。

 謙遜を繰り返す不毛な会話のはずなのだが、ちょっと面白がっている俺がここに居る。

 リーリエが、クスクス笑いだした。


「なんだリーリエ、急に笑いだして」

「いえすみません、なにを言ってるのでしょうね、私たち」

「ははは、なんだろうな」


 彼女もだいぶリラックスを覚えてきたようだ。

 順応が早いな、それも冒険者として良い資質なんだぞリーリエ。


「あ、魔物ですコヴェルさま! 前方にまた<ジャイアントスパイダー>が三匹」

「わかった。リーリエ、下がっていてくれ」

「はい!」


 こうして中層まで進んでいった俺たちだ。

 今回の目的は、深層への階段を覆っている硬質物質を取り除いて、後続となる本命部隊が深層に居るであろうコアモンスター狩りに行ける土台条件を作ること。


 中層で強くなったはずのモンスターも、リーリエがうまく立ち回ってくれたお陰で楽に倒せた。彼女はオトリを買って出たのだ。

 気が付いてみればリーリエの俊敏さは大したものだった。

 アイテムの支援があったとしても、素の肉体性能が高いのだと思う。


 おかげで行程は安定していた。

 そして俺たちは中央奥の階段前にたどり着く。情報通り、硬質物質の岩盤で覆われた下への階段がそこにはあった。


「これが階段を封印している硬質物質でしょうか?」

「どうやらエフラディートの話の通りだな。秘密裏に派遣された部隊ではこの物質を取り除くことができなかったらしい」


 エフラディートは、リーリエの中から出る『片手斧』ならこれを割れると踏んでいるようだ。その理由はなんなのだろうと、出発前に俺は訊ねてみた。


 ――――。


「魔導剣『ライトブリンガー』というものを知っているか、コヴェル?」

「いや知らないが」

「国の宝物庫に保管されている剣でな、なんでも斬り裂いてしまう魔法の剣だ。柄にあるトリガーを引くと剣身が青白く光り、無類の切れ味を発揮する」

「それってのは……」


 あの『片手斧』と同じギミックだ。

 斧も柄のトリガーを引くことで刃が青白く光り、俺が試した限りなんでも斬り裂く。その切れ味たるや、時間を掛ければ宝物庫に入れておいた『ミスリル板』だって斬り裂いてしまうほどだった。


「わかったようだね。そして『ライトブリンガー』にはとある紋章が刻印されていてな」

「――! 鳥の紋章か!?」

「ご明察」


 エフラディートは確か見覚えがあるけど思い出せないとか言ってた。

 そこをツッコむと。


「いや、むしろ黙ってたらそちらから情報が貰えるかと思っててね」

「どういうことだ?」

「見覚えがあるというだけで、あの鳥の紋章は、我が国でも出自が不明なんだよ」


 彼女はリーリエの方に向き直ってこう尋ねた。


「それを身体の中から出すというキミ、リーリエ。本当になにも心当たりがないのかい?」

「申し訳ありません、本当になにも……」

「そうかー。まあなにか思い出したなら是非私にも教えてくれたまえ」


 ――――。


 リーリエ自身に覚えがなくとも、なにかしら所以があるのは間違いない。

 鳥の紋章の話は絶対に関係あるはずだ。戻ったらエフラディートにその辺の話を詳しく聞きたいものだった。

 だが今は、まずやらなければならない仕事がある。


「よし。じゃ、斧を頼むリーリエ」


 はい、と俺に近づいてくる彼女を見ながら、ちょっと俺は心の中で残念な思いをしていた。

 そうか、もうおしまいか。

 ここまでに隠し部屋の気配を感じることはなかった。あるとすればこの先だ。


 なんならこのまま、軽く深層の調査をするのも悪くないかもしれない。

 情報を持ちかえれば、たぶんエフラディートは金で買ってくれる。

 もしかしたら隠し部屋を見つけられるかもしれないし、一石二鳥だ。


 そうだな悪くない、十分な得がありそうだ。

 コレを斬り裂いて排除したら、リーリエに提案してみるか。


 俺はリーリエの胸の中から、例の『片手斧』取り出した。

 柄のトリガーを引くと、斧の刃が青白い輝きを帯びる。


「じゃあいくぞ」


 俺は斧を振り上げた。


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