第2話 奴隷のエルフ少女を買う②

「買うよ、俺が買う。5000ゴールド、払おう」


 その宣言は、周囲からの注目を集めた。

 目立ちたくない俺という自己を蹴飛ばしてまで、つい出しゃばってしまった。


 だって仕方ないだろう。

『女の子の身体の中に隠し部屋』。こんな特別スペシャルは、なかなか無い。


 生前に読んだ漫画や小説。そういうのには、必ず『始まりの予感』というものがあるのだ。そして俺は今、それを感じてしまった。

 年甲斐もなく(この世界での年齢はまだ二十歳程度だが)、心が躍ってしまったのだ。

「……なんだ貴様?」


 黄金鎧が、俺のことをジロリと睨む。

 俺は笑みを作って答えた。


「あれ、聞こえなかったか。その子、俺が買うよ」


 俺がそう言うと、野次馬の一人が声を上げた。


「おいおい5000ゴールドだぞ! D級のおまえにそんな金用意できるはずないじゃねーか、コヴェル」


 って、アムドじゃないか。

 うるせーよ、今は黙ってろ。


 そう思う間もなく、ドッと笑いで沸くギルド内だった。

 黄金鎧の顔が侮蔑に歪んだ。


「D級だと? バカが、貴様の仕事を500回こなしても足りぬような金だ。見栄を張るのもほどほどにな」

「んー」


 俺はマジックポーチをテーブルに置くと、中を漁った。


「ユーベ大金貨は確か1枚100ゴールド相当だったか?」

「なんだと?」

「ひーふーみーよー、……これで足りるだろ」


 言いながら近くのテーブルに大きな金貨を50枚置く。

 周囲で見ていた冒険者たちが驚きの声を上げた。ギルド内がざわつく。


”おい、あれ本物か?”

”え、コヴェルって……あいつD級だろ?”

”なんであんな大金持ってるんだ”


「コ、コヴェル! てめぇ、なんでそんな大金!」

「アムドさん、今は商談中なんだ。話に割ってこないで欲しいな」

「ふざけるな、万年D級のおまえがそんな金持ってるわけがねぇ!」

「持ってるわけがないもなにも、ここに見せた通りですよ」


 それだけ言った後はアムドを無視して、俺は黄金鎧の方を向いた。

 黄金鎧は顔を真っ赤にして。


「ふ、ふざけるな、誰が売るか!」

「貴方が売るんだ、俺に。周りの皆も聞いているはずだぞ」

「貴様の態度が気に入らない。そうだな、俺がこいつを買ったのは10000ゴールド。そこに、これまで半年に渡りこいつを仕込んだ料金。合わせて20000てところか、買いたいならせめてこれくらい用意しな」

「じゃあはい、40000ゴールド出そう」


 俺はドン、と大金貨をテーブルの上に積み上げた。

 もうちょっと渋ってみてもよかったが、面倒くさかった。

 なにがなんでも彼女を買ってみせる、それが俺の心を逸らせているのだろう。


 お金は大切だ。

 前世でもお金は大事だった。

 お金がなかったら、どの世界でも毎日馬車馬のように働かされるのだ。

 好きなこともできずにブラックに。だから。


 この世界では、ひっそり身を隠しながらも、いざと言うときに困らないようお金を大事にしていた。

 そして今こそ、そのお金を使うときだと思ったのだ。


 黄金鎧は、ギリギリと歯を噛みしめている。

 俺の言い方が気に入らなかったのかもしれない。


 だが仕方ないことだ。実際俺は、黄金鎧に好感を持っていない。

 女の子に暴力を揮うとか、転生前の記憶を色濃く引き継いでいる俺にはやはり許せなかったのだ。

 今さらながらにそれを強く自覚した。


「うるせえ、D級なんかに売るモンはねえって言ってるんだよ!」

「きゃっ!」


 黄金鎧が奴隷少女リーリエに手を伸ばし髪を掴もうとした。

 俺はとっさに手を伸ばし、黄金鎧の腕を払って彼女を逃す。


 そうだ、こいつは彼女を傷つける。

 奴隷だからとか、そんなことは関係ない。

 女の子をモノのように扱うなんて最低だ。


 これまでも幾度か、目立たぬ為にこういう光景を見逃してきたことがある。

 そうだ俺は糞ったれだ。

 ああ、でも。

 もう我慢する必要はない。


 なにせもう声を出してしまった。

 騒ぎを始めてみれば、それはなかなかに気持ち良く。これまで自分が大きな我慢をしていたことに今さらながら気がつかされた。


「立場を利用して弱者をいたぶるなんて最低だろうよ」

「黙れD級風情が!」


 黄金鎧が俺に向かってパンチを繰り出してきた。

 俺が指に嵌めていた指輪が一瞬光る。『守盾の指輪シールドオートマチック』が効果を発動したのだ。


「ぐわっ!」


 パンチは俺に当たる直前で弾かれた。

 反動で黄金鎧が仰け反る。その腕を、俺は掴んだ。

 黄金の小手が、俺の握力でひしゃげる。これは『金剛力の指輪リングオブマイト』の力だった。


 やはりどちらもダンジョンの隠し部屋で見つけてきたレアアイテムだ。

 生半可な打撃では、俺の身体を傷つけることなどできない。


「あぐぐぐぐぐぅっ!?」


 苦悶の表情でうめく黄金鎧。

 俺は奴の篭手を潰しながら、腕を掴み続けた。


「そんなに暴力が好みなのか?」

「痛い、痛い、放せっ」

「これまで見過ごしてきた身で、俺に言う資格はないかもしれないが敢えて言う。奴隷だからって蹴ったり殴ったりするのはやめろ。ましてや」


 俺は声を低くして、黄金鎧を睨みつけた。

 言葉に意思を込めて奴に叩きつける。


「小手をつけたまま女の子の髪を掴もうなんて、もってのほかだ」

「ふひぃぃいっ!?」


 情けなくビビリ顔になった黄金鎧を無視して、俺は「ね?」とエルフ少女、リーリエに笑いかけた。


 リーリエは毅然とした態度で俺に向き直る。


「ありがとうございます。ですが」

「ん?」

「やめてあげてください、私が困ります」


 ん? 困る? なぜだろうか。


「う、うるさいリーリエ! 奴隷ごときの分際で、俺をそんな目で見るな!」


 黄金鎧は彼女の足元に唾を吐きつけた。

 こいつには反省がないな、せっかく庇ってくれた相手なのに。


「リーリエ、だっけ? おまえが慈悲深いのはわかった。でもな、情を掛けても通じない相手ってのは居るんだ。もう少しその辺を学ぶ必要があるかもしれない」

「慈悲で言ったわけではありません。庇って頂けたのは嬉しいですが、貴方が私を買い取れなかった場合、またあとでウサ晴らしをされるのは私ですから」

「つまり……、そうかなるほど。俺に、しっかり買い付けをしろ、と」

「そうとも言えます」


 クールな顔のまま、リーリエはそう言った。

 キリっとした眉目に明確な意思を感じてしまい、俺は思わず笑った。つまり『介入するならちゃんと責任を取れよ?』という意味だ。

 彼女の主張に、俺は興味以上の好感を覚えた。


「わかった。ちゃんと、おまえを俺のモノにする。ところでリーリエ」

「なんでしょう」

「言葉が通じない相手にはなにが一番わかりやすく通じると思う?


 俺はリーリエの問うてみた。

 彼女はしばし沈黙して。


「その答えを今、私の口から言わせるのはお人が悪いかと」

「そうだなすまん。おまえはわかるか?」


 俺は黄金鎧に笑いかけてみせた。


「お金と暴力だよ」


 こいつには金だけでは通じなかった。それなら。


「彼女を売ってくれるな?」

「ふざっ、ふざけ、るな……!」


 ボコッ、と黄金鎧の腹を殴った。

 鎧の腹部分が、拳の形に凹んで彼にダメージを与える。


「ぐえっ」

「彼女を売ってくれるな?」


 もう一発、腹にパンチ。悶絶する黄金鎧。


「結局、俺たちは腕力の世界で生きているんだ。暴力の有用性をここで証明していくことに、俺はやぶさかでないよ」


 俺はわざとらしく、腕を大きく振り上げた。


「わ、わわわ、わかった! 売る! 売ってやるから!」

「ありがとう。なんか脅迫してしまったみたいで悪いな」


”な、なんだあいつ? D級……なんだよな?”

”相手はS級だぞ? D級があんな一方的にボコせるわけねぇ”


「どういうわけだよアムド!」


 囲みの一人が凄い剣幕で声を上げた。

 アムドもまた、呆然とした声で。


「いや……確かに奴はD級なんだ」


 シンとなるギルド内。

 もうこれで今までの生活には戻れないか。

 だけど別に構わない。俺の直観を信じよう。もし上手くいかないようだったら、この街を離れて遠くに拠点を移してもいい。


 そんなことを考えていると、黄金鎧が崩れたプライドを総動員した顔で唇を震わせた。

「な……、なんなんだおまえは。こんな奴隷一人に躍起になって……」

「値切るつもりはないから安心してくれ、ちゃんと40000ゴールドだ」

「お、覚えていろよ。この礼は必ずするからな」


 黄金鎧はテーブルに積まれた大金貨をかき集めると、奴隷契約の魔法陣が描かれた羊皮紙を床に叩きつけて、ギルドを去っていった。


 そしてツンと澄ました顔をしたままの金髪エルフ、リーリエだけが残された。


「というわけだ。よろしくリーリエ、俺はコヴェル・アイジーク」

「リーリエです。……ところでコヴェルさま」

「なんだい?」

「40000ゴールドは払いすぎではないでしょうか。いくら私が希少種のエルフだと言っても、奴隷の娘一人に出す額じゃないと思います」


「少なくとも俺にとってはその価値がある」

「そうでしょうか。買い被られすぎるのは困りますし、むしろ怖いです」


 リーリエは警戒心を解かない声音でそう言った。

 まあそうか、相場を明らかに超えた値だもんな。

 なんでそこまでして自分を買ったのか、そんな相手に、これから自分はなにをされるのか、心配するも仕方ないか。


「確かに俺は、目的があっておまえのことを買った。おまえを助けたのは、その副産物にすぎない」


 彼女は黙って俺の言葉を聞いた。

 警戒した表情が変わることはなかったが、いま俺にできることは誠意をある説明くらいだ。


「だけどこれは信じて欲しい。リーリエとの出会いは俺にとって、人生の転機だとすら思っている。俺はこれまで自分の能力を隠して生きてきた。それを表に出しても構わない、そこまで思っておまえのことを買ったんだ」

「なぜ、そこまでのことを?」


 なぜか。

 彼女の中に隠し部屋の存在を感じたからなのだけど、今となってはそれはキッカケにすぎない。

 いま俺は、凄くスッキリしていた。

 晴れ晴れとした気持ちの高揚感に包まれている。


 この気持ちはなんなのだろうか。

 自分に軽く問いかけてみると、答えはすぐに出た。


「……今まで俺は慎重に、うまくやってきたつもりだったんだ。目立たぬようにひっそりと」


 でもそんなの、糞食らえだった。俺は『現代人』だからな。女の子が殴られてたら助たかったんだ。これまでだってそうだった、ああ、そうだった。その結果、目立ってしまうなら、もう俺は許容する。


 つまり。


「俺は変わりたかったんだと思う」

「……意味がわかりません」

「あはは。そうだな、わからなくていい」


 俺だけがわかればいい。

 とりあえず一つ、確かなことがある。


「俺は自分の『目』に自信があるんだ」

「目、ですか?」

「そう、目だ。だから」


 俺はコホン、と咳払い。


「とりあえず、俺の宿に行こう。そこでリーリエの中の隠し部屋を探させて貰いたい」

「え? 隠し……?」


 しばらく意味がわからないという顔をしていたリーリエだったが、突然顔を赤くして両手でその身を庇った。


「へ、ヘンタイ!?」


 え、なぜ? 心外だ。

 俺は目を丸くした。



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