6:肉じゃがの伝言
友人の幼馴染、という関係だけどもAさんという知人がいた。
3回ぐらい会った事があるが、ハキハキと喋って行動力のある魅力的な女性だったけど、やたらと妙な人間関係に巻き込まれる運命の持ち主だった。
そのAさんは、恋人のKさんと長い間同棲していた。Kさんは仕事が出来るけれども女性関係が色々ある人で、結局Aさんの方から別れを言い出してKさんは家から出て行った。それでも2人はその後も友人として交流はあった。
月日は流れ、Aさんは某県に移住してとある施設の管理人として働いていた。
そんな彼女の元に、Kさんが亡くなったという連絡が入った。
独り暮らしのマンションの一室で遺体で見つかったという。病死という事だったが連絡が来た時には既に実家で葬儀も終わった後だった。Aさんはもちろん悲しんだが、Kさんの実家はとんでもなく遠い地方だったので、落ち着いたら墓参りに行こうと考えていた。
ところが、Kさんの死を知ってから数日後。
Aさんが管理している施設で夜間の行事があったため、Aさんが施錠など防犯確認をするのは深夜に近くなってしまった。真っ暗な廊下を懐中電灯を片手に歩いていたAさんは、自分の前方を誰かが歩いているのに気が付いた。
それは、亡くなったKさんだった。
後姿だが、ずっと昔にAさんがプレゼントしたセーターを着ているのがわかった。
Aさんが立ち止まるとKさんも立ち止まった。しかし振り向かず、じっと立ったままである。
実は霊感が強くて色々体験しているAさんは、驚きつつも静かに声をかけた。
「K、突然だったからこうやって会えて嬉しいよ。何か言っておきたい事はある?」
Aさんは、急死だったKさんには心残りな事がたくさんあるのだろうと思ったのである。
けれどKさんは黙ったままで、そのまま再び歩き出すと廊下の暗闇に姿を消した。
Kさんの背中を見送ったAさんはしんみりしていたけど、突然圧倒的な感じで悟った。
「Kはまだきちんと葬られていない!」
そこからのAさんの行動は素早かった。翌朝には休暇願いを出すと車で走り飛行機に飛び乗り電車を乗り継ぎ、Kさんの実家を目指した。
Kさんの実家は某県の山奥の富豪ともいえる大きな家だったが、家族や親戚などにかなり複雑な事情があるのは、生前のKさんからぽつりぽつりと聞いてはいた。
その家を「Kの友人です」と訪ねたAさんは、Kさんの遺骨がまだ先祖代々の墓に納められていないのを知った。
そこから色々あったが、何日もの話し合いの結果、結局血縁でもないAさんがKさんの遺骨を預かる事になり、骨壺を抱えて戻ると自室に丁寧に祀った。
ここまでの長い話を、私は友人の電話で聞いた。
AさんがKさんの遺骨を預かって1年以上経つのに、まだ墓に納める目途が立っていないという。大変だなあ、でもAさんがきちんと見てくれているのならKさんも安心だろうなと思った。
確か3日後ぐらいだったと思う。私はものすごく鮮明な夢を見た。
私は和風の大きなお屋敷の、広い広い玄関の三和土の上に立っている。
そして玄関に続くこれまた広い板張りの廊下に一人の男性が立っていた。顔を見た時に、会ったこともないのに、ああKさんだ、となぜかわかった。とても感じのいい人で優しそうな笑顔を浮かべて私を見ている。
「ごめんなさい。肉じゃがを供えてくれと伝えてください」
Kさんがはっきりとこう言い、次の瞬間私は叩き起こされるように目が覚めた。
肉じゃが???と私は混乱した。ただの夢にしては鮮明すぎる。しかし縁もゆかりもない私の所にKさんが何で…と疑問だらけだったが、とりあえずその夜に友人に電話をして、ただの夢かもしれないけど。と、Aさんへの伝言を頼んだ。友人がすぐにAさんに伝えるとびっくりされたらしい。
「確かに肉じゃがはKの大好物だった!でもお供えはしてなかったからすぐにやっておくよ。それにしても、あいつ何で私に言わずに全然関係のないUさんの所に出たんだろうねえ」
Aさんの話によると、私が夢で見た広い屋敷はKさんの実家だろうという事だった。Kの魂は、やっぱり故郷にいるんだねえとAさんはしみじみ語っていたらしい。
さて。
やれやれ、理由は不明でもちょっとはAさんとKさんの役に立てたかな、と安心した私はまた鮮明なKさんの夢を見た。
同じ廊下に立って笑顔のKさんは私にこう言った。
「少し部屋を片付けた方がいいね」
目が覚めて、Kさーん、お礼がそれですか!?と悔しくなり友人には電話口で爆笑された。整理整頓をきちんとする人だったそうだから私の散らかった部屋が気になったんだろうけどねえ…。
Kさんはそれきり夢に出てこなかった。
数年後、ようやく揉め事が片付いてAさんと親族の手でKさんの骨壺は故郷のお墓に納められた。だからKさんは故郷で静かに眠っている。
そして多分、実家の立派なお仏壇には今でもKさんの好物の肉じゃがが供えられていると思う。
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