番外 消えた過去の思い出

 ジャガイモ堀をしていたある時の出来事。

 不意にアンは幼い頃木の下に何か大切な物を埋めた様な気がしてきた。幼い頃と言えば記憶の無い空白の数日間がある。それは、フォルとの初めての出会いの日だ。という事はその日に何かをしたのだろうと結論付ける。

 

 「あ。ちっちゃい子供芋可愛い。こっちは大きいからお父さん芋ね」


 結論が出たら、すぐにまた畑に没頭する。すっかり趣味になっている。お芋はこの後日陰で干して、後でリサ王妃にじゃがバタを作ってもらうのだ。最近はリサ王妃に付いて、料理も習い始めている。


 じゃがいも掘りを終わらせて、土だらけになった体を温泉で清めた後は、リサ王妃の公務の補佐が待っている。補佐をしながら仕事を学ぶのだ。

 この日はお昼を過ぎて夕方にはまだ早い位の時間に公務は終わる為、残りの時間はフォルとゆっくり時間を過ごす予定だ。


 時間通りに公務が終わりホッとしたアンは、見苦しくならない程度の急ぎ足でフォルが待つ城内図書へ行く。

 この城内図書は歴代の王族により、蔵書が増えに増えた結果、増築に増築を重ねて終いにはそれ専用に建て直したもので、広さは学術図書に匹敵している。尤も蔵書の種類は個々の趣味が全面的に反映なされている為、実益のある物から、他愛も無い恋愛小説までまるで一貫性が無い。その為フォルは良く学術図書の方へ顔をだしているのだ。

 しかし今日はアンと少しでも長くいられるように、公務以外の事は全力で断り、城内図書に詰めている。それもすぐ気付いてもらえるように、1番入り口に近い場所を陣取ってだ。

 案の定アンは入ってすぐにフォルを見つける。見つけられない方がおかしいが。


 「ルト。お待たせ」

 「アン。お疲れ様」


 アンの気配を近くに感じた時には、既に本は片付けてあるので今は手ぶらの状態のフォル。両手を広げてアンを招き入れる。

 アンははにかみながら、とてとてとその懐に入り込む。

 ぎゅぅと抱きしめてその温もりを堪能するフォル。

 傍目には男女が仲睦まじく抱き合っているのだなと思うと微笑ましい場面だが、実際の性別は真逆である。実情を知る者が見ると割とシュールかもしれない。彼らの親しい者は、当然のように受け入れているが。


 「どこか行きたい所はある?」

 「んー、ルトと居られたらどこでもいいよ。これから出かけるにしても遠い所は難しいでしょ?

だからお話ししていよ?」

 「アン!」


 ルトの胸元にほおを埋めて上目遣いで言われ、感極まってぎゅうぎゅうに抱きしめてアンの頭に顔を埋めて堪能する。フローラルないい香りがする。


 「それじゃ庭園に行こうか」


 機嫌良く手を繋ぎ連れ歩いていく。


 庭園には巨木が存在し、その下には可愛らしいベンチがある。そこに2人並んで座り他愛も無い話に花を咲かせていた。

 アンが今日取れた可愛い親子じゃがいもの話をすると、ふとその時思い出しかけた事を思い出す。


 「幼い頃木下に大切な物を埋めたような気がするの」

 「うん?あのことかな?もしかして失っていた記憶が戻った?」


 そうだといいな。と嬉しくなるフォルだが、力なく、また申し訳なく首を横に振られてがっかりする。アンを傷つけない為にもあからさまな態度は控えているが。


 「でも、他に思いつかないからその時の事だと思う。その時の事を教えてくれる?」

 「もちろんだよ」


 ひとつ頷き快く了承すると、懐かしいそして自分のルーツでもある大切な思い出を語り始める。



 (フォル回想)

 私達がが出会ったのは、冷戦協定後に親睦の為開かれたパーティの事。

 その日の私は少し反抗期だった。


 まだ男として生きる覚悟も決意も自分の物としてなされておらず、その時にはまだ慕っていた従姉のファルのようになりたいと夢みていた。その為、男の格好をする事に些か不満を持っていた。

 それなのに、王子の恰好で後学の為にパーティへ出席する事になり不満は爆発した。何せ女の私にご令嬢を婚約者に押し付けようとする貴族が多くてね。それまでの不満も相まって何もかも嫌気がさしてしまったんだ。言い訳するけど、あの時はまだ、本当に幼かったから、物の通りが理解できなかっただけで、今はそんなことしないよ!?え、そんなことは判っているから安心して欲しい?ありがとう。アンは優しいね。

 とにかく幼くいたずら盛りだった私にはまだ大人しくするなんて出来なくて、父の隙を見てパーティを抜け出したんだ。


 とにかく人気のない場所を目指して出来るだけ遠くへ隠れに行くと、花の生垣を超えた更に奥へ進んだ先にちょっとした隠れ場所を見つけた。そこは子供の背丈なら隠れてしまうような大きな花々が迷路のように植えられている場所で、その真ん中辺りに大きめの桜の木が植えられていたんだ。残念だけれど桜の季節ではなかったから木は緑の葉が茂っていたけれど、それが返って隠れるのに適していると思い、その根元まで向った。

 その根元にアンはいたんだよ。

 今思えばそこは後宮の奥だったんだね。


 アンはその根元でチョコンと小さく座っていて、音も立てずに近づいた私には気付いていないようで、まったくこちらを見もしなかったんだ。

 アンの国の女の子には辟易していた私は、小さな女の子に気付かれない様に他の場所へ移動しようとしたけれど、その女の子が一心不乱に気の根元を見つめて余りにも動かないので気になった。それが転機だったんだね。それでも別の場所へ行っても良かったんだ。でも私はその女の子が気になってしょうがなくて、何を見ているのか女の子の上から覗いて見た。何かとんでもないものでもあるのかと思いきや、女の子は木の根から生えた小さな枝木を見ていたものだから思わず「なんだ新芽か」と呟いた。

 流石に私に気付いたアンがビックリ仰天して、飛び跳ねてその頭上が私の顎にクリーンヒットした。(あれは油断していたとはいえ痛かったな)

 私は顎を抑えてよろけて、アンは頭を押さえてうずくまってその後「ごめんなさい。誰かいるなんて思わなかったの」って謝ったんだ。不法侵入した私を「誰だ」と咎めもせずだよ?まったく警戒を見せない様子に毒気を抜かれた私は他の場所へ行くことは止めてアンと少し話したくなった。(あの時の私グッジョブ!いや~それにしても頭を押さえて蹲るアンは何度思い出しても可愛いなぁ)


 「こんな人気の無いところで一人で何してるの?」と最もな疑問を直球で聞いた私に、キョトンとしたアンはキョロキョロと辺りを見渡し、泣き出した。侍女や母親を探してうろうろしだしたから迷子だろうと思ったけれど、隠れていた私は親を探す気にならなくて、何とか宥めて静かにして貰った。ごめんね。覚えてないだろうけど、直ぐに母君のところへ連れて行ってあげられなくて。

 最初の質問を繰り返すと、ちょうちょを追っていたらこの新芽を発見して可愛かったから見ていた。さっきまで母親や侍女と一緒だったのにと、えづきながら説明してくれたよ。本当にアンは小さい頃から可愛い。

 それなら親が探しに来るまで一緒にいるよと言った時の、「ありがとう」と綻んだ笑みは天使かと今でも思うよ。


 それで2人仲良く木の根元で小さな花や虫、それにリスなどの小動物を見つけて子供らしさを取り戻したように遊んだ。

 その時の会話で、自己紹介も終えてアンが末姫だとわかって警戒した。

 私は王子として来国してたし、アンは同年代の姫だろう?まさか女の子同士で婚約話になるのではと焦った。

 だから、「アンは私と結婚したい?」と聞いた。

 でもアンはキョトンとして「結婚って何?」って逆に聞いてきたんだ。その時の衝撃は今でも忘れられないよ。だってその年の頃は巷では、将来お父さんと結婚するーと言い出す年齢だったのだから。まさかその結婚の言葉さえ知らない子がいたなんてね。

 それで結婚について簡単に説明したら、「わたしはほんとはおとこのこなんだって。だからウナホルトくんとはけっこんできないのよ?」って言われて仰天だよ。それはもう、名前を言えてないなんて事は些細な事になる程ね。

 だってどう見たって天使のように可愛い女の子なんだよ?実は男の子だって自己申告されても俄かには信じられないじゃないか。

 疑り深い目で見ていた事に気付かれたんだね。むぅっと口を尖らせたアンが、「ほら」と動かぬ証拠を見せてくれたお陰で信用せざるを得なかった訳だけど。

 「でも、それなら私にバラして良かったの?」と聞いたら、ハッとして泣きながら「ダメなのー!」って私の耳を塞ぐものだからもう、可笑しくて可笑しくて。聞いてしまった後に塞がれてもねぇ?

 だから、「私も秘密を打ち明けるよ。だから、この事は2人だけの秘密だよ。知らない人には決してもう、教えてはダメだよ」と言って私が女である事をバラした。

 アンはびっくりしすぎたのか後ろにひっくり返って、目をパチクリさせてたよ。


 秘密を打ち明けあった私達が仲良くなるのはあっという間にだった。そして、アンに恋心を抱く決定的な瞬間もあったんだよ。


 それは私がアルみたいに格好良くなりたい。でも、周りは面白がるだけで聞いてくれない。そう愚痴をこぼした時に、「なんで?ウナホルトはかっこいいよ?ウナホルトはウナホルトとしてかっこよいのだめなの?」と言われて衝撃が落ちたんだ。


 それまでは幼心に、アルという存在が格好良いと思っていたからね。私自身が格好良いなんて思ったこともなくて。目からウロコだったよ。

 それに気付かせてくれたアンは特別な存在になったのさ。

 その場で求婚して、「アルより強くて男らしくて格好良くなったら」って人生の指針として胸に刻み込んだ。というわけさ。

 アンはよく判っていないようだけどいい笑顔で「いいよ」と答えてくれた。その時は天に昇る気持ちだった。

 そして、約束の印に桜の木の根元、新芽が出ていた辺りにその時身に付けていた1番お気に入りのものをハンカチに絡んで埋めた。という訳さ。

 (フォル回想終了)



 熱い思い出を全身で表現して一気に言い終わったフォルは、はたと気付く。

 アンが恥ずかしさで両手で顔を隠し、真っ赤に悶えているのを。


 「思い出した。

 ごめんね、お馬鹿で」

 「?なんで?昔からアンが世界一可愛いって話だよ?」

 「うん。ありがとう。でもなんかごめん」


 忘れたままの方が良かったかもと、湯気が出るほど恥ずかしがっているアンに、熱い抱擁で返すフォルでした。

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