14章 必ず、メダル取るんで
➀
「雫~、虎太郎くんが来たわよ~」
8月のとある日。
ブリスベン オリンピックへと出発する数日前。
キャリーケースの荷物に漏れがないかチェックしていると、1階から母親の声が響いて来た。
「今行く~~」
スマホを確認しても何の連絡も入ってないけれど、突然やって来るのにも慣れた私は、急いで玄関へと向かう。
「どうしたの?」
「夜遅くにごめん」
最近、漸く敬語口調が緩和されてきた。
それが何となくむず痒い感じもするけれど。
いつもなら、『お邪魔します』と言って靴を脱いで上がる彼が、今日は玄関で立ったまま。
「ちょっと待ってて。スマホ取って来る」
「……ん」
何か話でもあるのかな?
リビングに母親がいるから、言い出せずにいるのかもしれない。
部屋からスマホとお財布を手にして下り、母親に『ちょっと出てくる』と伝えた。
近くのコンビニで飲み物を買って、夜の公園に辿り着いた。
「言いづらいことでもあるの?」
「……そういうわけじゃないんだけど」
虎太くんにしたら珍しい。
いつだって堂々としてる人だから。
「オリンピックブルーってやつ?」
「へ?」
「ちょっとネガティブに陥ってるというか、余裕がないというか」
「……そうだよね」
楽しみにしているのと同じように、緊張だってするし、不安にもなるよね。
私は好きな人の晴れ舞台を観れるってだけで、わくわく感しかないけれど。
4年に一度の大舞台に立つ彼にとったら、日本中の期待を背負っているわけで。
重圧に押し潰されそうになってもおかしくない。
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