11話 束の間の休息
――ああ、しんどい……。
雄牙が学校中にさんざん言いふらしたせいで、俺と修は汚物を見るような目で見られるようになった。
元から雫との関係も噂されていた俺には「二股男」だの「ヤリ〇ン」だのもう言いたい放題である。心折れそう……。
まあいい、せめて昼休みくらい嫌なことは忘れよう。
午前中の授業も終わり、俺は人が滅多に通らない非常階段に座り、昼飯を食うことにした。うちの学校には学食なんて用意する金銭的余裕がないので、購買部か弁当持参の二択だ。
中学校までは給食のお世話になっていた俺だが、四月からは母さんの作ってくれた弁当で昼はお腹を満たしている。
去年は俺が行方不明だったため作らなくてよかった弁当を、朝ぶつぶついいながらも母さんは作ってくれる。そんな弁当を残して帰った日にはなんと言われるか……。
「隣、いい?」
「おう修か。いいぞ」
弁当を開け、手を合わせたところで修は購買部で買ったであろうパンと紙パックのジュースを器用に片手で持ちながら俺の横に座った。
「お前、購買部行ったのかよ」
「弁当持ってきてなかったし仕方なく、ね」
いつもの涼しい表情に陰りが見える修は、きっとここに来るまでの道中、辛い目にあったのだろう。かわいそうに……。
しかも持っているパンは「うぐいす抹茶パン」でジュースは「粒あんいりカフェオレ」。我が校の購買部きってのハズレ商品だ。
どちらもかなり癖の強い味がして、某ファストフード店にあやかって「アンハッピーセット」と称し、男子生徒による罰ゲームでの購入が主とされている。価格がどちらも百円を切るところが唯一の利点である。
「お前、それ……購買部混んでたのか?」
「いや、早めには行ったんだけどこれしかなかったんだ……」
卑劣な嫌がらせだ。結託して早めに購買部に行き人気の商品を買い占められたのだろう。弁当持ってきててよかったありがとう母さん。
「雫、謝ったら許してくれるかな……」
「さあな。強情な奴だ、土の下に座るくらいはしろよ」
照りつける太陽の光を恨めしく見つめる俺と修は、黙々と各々の昼食を口へと運んで行った。
雫に許して貰うことも大事っちゃ大事だが、もう噂は学校中に知れ渡っている、この状況を打開する糸口にさえ成り得ないだろう。
「このパンとジュースはいつ入荷を取りやめるんだろうね」
「なんか理事長の知り合いがどっちも作ってて、『まずいからいらない』なんて口が裂けてもいえないって購買部のおばちゃんが言ってたぞ」
「なんだよそれ……苦い・甘ったるい・食感が気持ち悪い――商品化した人は味見してないとみた」
修は文句を垂れながらも口に運ぶスピードを緩めることはしなかった。俺なら一口でポイだぞたぶん。あ、ゴミ箱にね。
「ああいたいた探したよタクミ!」
トタトタとスリッパの音を立て現れたのは息を切らしたセインの姿、そしてその後ろにはエマも控えている。
「おお、お前らか」
「みんな中々開放してくれなくて大変だったよ~」
エマは疲れた様子で階段に腰を落とす。セインもその横に並んでちょこんと座った。
「お前ら一応言っとくけどこんなとこ見つかったらまずいぞ」
ただでさえ大げさに広まったスキャンダルが加速するのはまず間違いないだろう。
共学ではあるが二学年に限って男女比率が三対一と偏ってしまっている為か二年の男共の嫉妬の念は半端なものじゃないのだ。
「大丈夫大丈夫! 誰かに見られても私たちには被害ないし~心配してくれてありがとうタクミ」
「お前たちはな! 俺らが大丈夫じゃねーの!」
「あ、そっかごめんごめん」
にんまりと笑うエマは俺が危惧していることもわかっているだろうに、わざとらしく詫びをいれる。
こんな奴でも異世界では五本の指には数えられる優秀な魔法使いだったんだよなー。納得いかねえ。
「で、なんか話があるんだよな」
「そうなんだよ! 察しがいいねタクミくん!」
まあ俺ももう少し聞きたいことがあったし、ちょうどいいな。でも待てよ、修がいるな……。
修には二人との関係について聞かれるわけにはいかないだろう。というかこうやって仲良く話しているのもできれば見られたくはなかった。
「修、悪いけど……その、席を……ちょっとだけ」
「ああ、構わないよ。ごゆっくりね」
俺が言いづらそうにしている言葉を察して、修は食べ終わったパンの袋をジュースの空に入れるとゆっくりと階段を降りて行った。
「いや、ちがうよタクミ。私はその人に話があるんだ」
「「え?」」
俺と修の声がハモるとエマは立ち上がりにっこりと再び笑みを浮かべるのだった。
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