第22話


「…はい」

心の中でドキドキしながら答える。


「元彼とは何もなかったんだよな?」

シェフの真剣な表情に、少し緊張する。


「確かにあの日より戻そうって言われましたけど、ちゃんと断りましたよ。私はシェフのことが好きで、恭介さんのことを好きになることはもうないですって」


自分の気持ちをしっかり伝える。


「…そ、」


なんか不満がありそうだけど…。

シェフの表情に少し不安を感じる。


「思ったことがあるなら言ってください」

勇気を出して問いかける。


「別に?」

シェフの冷たい返事に、胸が痛む。


「まだ何か気になることがあるんですよね」

再び問いかける。


「気になってることというか。あいつの事は名前で呼ぶくせに、俺はシェフなんだなって思っただけ」


それって…嫉妬?


「え、」

驚きと戸惑いが入り混じる。


「…んだよ」


シェフが私のことで嫉妬?


「いや、なんでもないです」


そんなことあるわけないか…。

心の中で自分を納得させる。


「もう夜遅いし送ってく」

「いやいや、一人で帰れますよ」


少し遠慮しながら答える。


「俺が心配だからいってんの」

シェフの言葉に心が温かくなる。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…。ありがとうございます…拓海さん」


シェフの名前を呼ぶと、彼の表情が変わった。


「っ、お前はほんとに」

シェフの反応に、少し驚く。


嬉しいでもなく悲しいでもなく、どちらかと言うと怒ってるに近い感情。


「え、シェフが名前で呼べって」

少し戸惑いながら答える。


「心臓に悪い」

「す、すみません」


私はまた、何か失敗してしまったんだろうか。


「可愛すぎ。これだから無自覚は」

シェフの言葉に、顔が赤くなる。


「私のことを可愛いと思う人なんてシェフぐらいですよ」


好きな人に可愛いって思われるのがいちばん嬉しいんだけど…。


「…確認なんだけど」

彼の真剣な表情に、少し緊張する。


「何ですか?」

問いかけると、シェフの表情がさらに真剣になる。


「…本当に俺でいいのか」

「え?」


どうしてそんなこと聞くの、?


「俺は、お前が思ってるより大人じゃない」

「それってどういう…」


シェフが大人じゃないなら私なんて…。


「他の男と話してるだけで嫉妬するし、多少の束縛だってする。想像と違ったって失望するかもしれない」


失望なんてする訳ない。


「ないです!絶対無い!」

思わず叫んでしまった。


「なんで言い切れるんだよ」

彼の問いに、心が高鳴る。


「だって、私シェフが思ってるよりもシェフのこと大好きなので!」


「お前なぁ」


自分で言っておきながら、少し照れてしまった。


「それに、嫉妬も束縛も愛されてるなって思えて嬉しいですよ?」


不安になるより何倍もいい。


「じゃあ…これからは、夜送って貰うのも俺だけにしろよ」


「え?」


「世の中には夜道よりも危ないことだってあるんだからな」

シェフの言葉に、少し笑ってしまう。


「なんですかそれ、」

「返事は?」


シェフの真剣な表情に、ついまた笑ってしまった。


「分かりました」

「分かればいい」


私が知らなかっただけでシェフは結構嫉妬深い人だったんだ。


「早速束縛…?ですか?」

笑いながらシェフに問いかける。


「うるさい」

そう言うと先に店を出ていってしまった。


「あ、シェフ待ってくださいよ!」

シェフの後を追いかける。



今度はシェフと肩を並べて歩いてる。

何気ない瞬間もシェフと一緒なら幸せだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る