第7話 自慢の王太子
マグネリア王国にやってきて、一週間後のこと。
私は王宮の中庭で一人、本を読んでいた。
「またそこで本を読んでいるのですか?」
私は最近、ちょっとした空き時間に中庭で本を読むことにハマっている。
別に暇なわけではなく、私の案内役のマイケルが忙しすぎて細切れに時間が空くのだ。
そういうとき、本を読んでいると基本的に誰も私に話しかけてこないし、色々と
今も中庭の一部に設けられたテラス席にて、日陰パラソルの下、本を読んでいたのだ。
しかし、私の思惑に反して、話しかけくる者が現れた。
第二王子のミゲル=ミゼル=マグネリアである。
ダークブロンドの髪が知的な雰囲気を醸し出している、勝気な顔をした男である。
第一王子のマイケルは私より少し背が高い程度だが、この男は頭もう一つ分ほど背が高い。
どうやら暗い色の服を好んでいるらしく、今日も黒い王族用執務服を身にまとっていた。
金糸の装飾が施された黒づくめ。
明るく華やかな王宮庭園がこれほど似合わない王族も居るだろうか。
「あなたにそれを言われるのは心外ですね……」
「あら」
どうやら私の心の声は、口からほんの少し漏れ出ていたらしい。
何度も言うが、私は黒髪に紫色の瞳。
それに加えて、今日は自国から持参したたいしたことのない真っ黒なデイドレスを身にまとっている。
私の雀の涙ほどしかない予算で作った、三着しかないまともな貴族服のうちの一枚だ。
ちなみに色は、全部黒。
黒は汚れもほころびも目立ちにくい素晴らしい色である。
黒髪長髪の色白の貴族の女が、真っ黒なデイドレスを着て、黒装束ミゲルに負けず劣らず、華やかな庭園の一角を黒く汚している。
私に言われるのは、心外。さもありなん。
「兄上が用意した服はどうしたのです」
「入りませんでした」
「……それは、失礼いたしました」
私が自分の体を見ながらそう言うと、ミゲルは顔を赤らめ、サッと目を逸らしたので、おやと首をかしげる。
どうやらこの二十歳の青年は、勝気でプライドが高そうな顔つきに反して、この手のことには奥手らしい。
私が不思議そうに彼を見ていると、ミゲルは咳ばらいをし、勝手に私の目の前の席についた。
それとなく遠くに居た侍女がやってきて、ミゲルにカップを差し出し、紅茶を注いで去っていく。
席をどうぞなんて言った覚えはないのだけれども、相手はこの国の王子だし、私に選択権はないということなのだろう。
「兄上はどちらに?」
「あちらです」
私は、王宮の三階にある応接室の窓の方に、チラリと視線を投げる。
そこには、貴族や商人達に囲まれたマイケルの姿があった。
会議をしていると聞いているが、皆、表情はなごやかで、友達と話をしているような雰囲気が見て取れる。
「またですか。本当に、よく根気が続くなあ」
思わず口元をほころばせるミゲル第二王子に、私は前々から、というか一週間前から思っていたことを告げる。
「ミゲル殿下は、どうしてマイケル殿下のことが大スキなんですか?」
「ゲッホゲホゲホゲホ」
ミゲルはせき込んだ。
熱い紅茶をむせるほどの勢いで飲み込むとは、第二王子は舌も食道も鋼鉄でできているのだろうか。
「何をどうしたらそういう質問が出てくるんですかね!?」
「……」
「兄上と私は母親が違いますからね。兄上と私の仲がいいのは、外から見ると不思議かもしれませんね」
この男、勝手に自分で納得していったぞ。
「うちの国も、派閥争いは盛んだったのですよ。下町の商工会から、街と街、議会派閥に、政治勢力。まあ、そちらの国でも、変わらないと聞いていますが」
「そうですね」
「お恥ずかしながら、特に我々王族の派閥争いは激しくてね。侯爵家出身の母上――第二王妃と、伯爵家出身の第一王妃の対立はひどいものでした。ですが、それを兄上が仲裁したのですよ」
琥珀色の瞳が、なんだかキラキラと輝いている。
そう、このミゲルという男は、マイケル信者なのである。
彼が兄マイケルを語る時、そこには憧れと信頼と信用が存在し、顔は赤らみ、頬は緩んで、瞳は煌めく。
それを知らないのは、ミゲル本人ぐらいのものである。
そのミゲルいわく、マイケルは人の仲裁が上手いらしい。
ミゲルが小さい頃は、第一王妃と第二王妃の仲が悪く、兄であるマイケルと話す機会すらほとんどなかった。しかし、気が付いたころには、母親たちは親友のように仲よくなっていたのだという。
「それだけでなく、長年にわたって深溝を作ってきた国内の派閥を一つ一つを訪問して、あっという間に対立を解きほぐしてしまうんですよ。兄上はすごい方なんです」
「そうですか」
「あなたは、兄上に興味がないのですか? 自国と、私達の国の融和まで図ろうとしている人ですよ?」
不満そうな顔をしている無意識系ブラコン王子に、私は思案する。
私は、あの王子に興味があるのだろうか。
実は、この一週間、このミゲルにだけでなく、マイケルの家族全員にこの話を聞かれたのだ。
国王も第一王妃も第二王妃も第三王子も第四王子も第五王子も、皆が口をそろえて、マイケルを褒め称える。
そして、お前もマイケルに興味があるだろう?と詰め寄ってくるのだ。
毎回濁してきたけれども、実際に私はどう思っているのだろうか。
皆を笑顔にする、立役者。
国と国との諍いすらも、何とかしてしまうのかもしれない、立派な王子……。
「つまらない人」
「……は?」
「あの王子様。一体、何がしたいのかしら。あなたは聞いているのですか?」
鼻白んだ様子のミゲル殿下に、私がゆったりと瞬きをしながら問いかける。
すると、ミゲルはその言葉の意味を咀嚼したのだろう。
サッと血の気が引いた顔になり、わなわなと震え出した。
「ね。知らないのでしょう。表面しか見えないうちは、人間ってつまらないわ」
それだけ言うと、私は再び手に持った本に向き直り、文字を追うことに専念し始めた。
ミゲルは二十秒ほどその場で固まっていたが、我に返ったのか、すぐに「失礼します」と言い、そのまま立ち去って行った。
私は実は、ミゲルが急にやってきて近くに座っていたことに、ちょっとドキドキしていた。
手に持っていた本が、アイリス姉さまからもらった、淑女御用達の大切な本だったからである。
装丁には、『この世界を作ってきた歴史ある技術』という大それたタイトルが刺繍で刻まれている。
しかし、その内容は、私のこれから行う作戦には必要不可欠なものなのだ。
きっとこの本が全てを変えることだろう。
私は本を最後まで読み切ると、ぱたりとそれを閉じた。
うん、決行は今日がいいかもしれない。
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