#14
白のいる杜から抜け出すと、さっきの雨はどこへ行ったのかというほど美しい青空が僕らを迎える。
鬱々とした心を物語るように重い体を無理矢理動かしているせいか、僕だけでなくメンバー全員が無口だった。
やっと辿り着いた駅は、仕事帰りのサラリーマンや学生で賑わっている。昼に集まった時とはまた違う、人の営みを肌で感じる景色。
僕はそこに溶け込んでいるようで、それでも何故か浮いている──そんな不思議な気分だった。
「おーい、君達……あっ岡部君だ!」
感傷的な僕の耳は何処か他人事で現実味が無かったが、「岡部君」というワードで主観を取り戻した脳味噌の指示で、体を勢いよく振り返らせる。
「……どうも」
軽く頭を下げた先輩は、突然声をかけられたのにも関わらずとても冷静だった。
「あっ、オーナーさん!昨日ぶりっすね!!」
大きく手を振って合図する昴の人懐っこい笑顔でライブハウスのオーナーを迎えると、オーナーは「やぁ、元気そうだねぇ!」と快活に笑う。
「いやぁ……昨日のライブ、良かったよ!何だか青春って感じで、僕も久しぶりに演奏したくなってねぇ……君達も、一曲やってく?」
疑問形で尋ねながらも、有無を言わさない雰囲気を醸し出すオーナーが僕らににじり寄るも、先輩は眉一つ動かすこともなく「そういう気分じゃないんで」と即答した。
「釣れないなぁー、本当」
人によっては不機嫌になりかねない先輩の言い草を笑って聞けるオーナーは、意に介した様子もなく話し続ける。
「……それにしても勢揃いで仲良いねぇ……どうしたの、なんか打ち上げとか?」
「いえ……ちょっと相談事で」
僕は何と言っていいか分からず言葉を濁すが、オーナーは「へぇ」とだけ答えて言葉の続きを促すように僕に注目した。
──ど、どうしよう……。
脳内でパニックを起こしながら考える僕が黙り込むと、先輩がオーナーに向き直る。
「あの……オーナーに頼みがあるんですけど」
「ん?……岡部君が僕に?何なに??」
「来春、楽器を借りれませんか?」
思いもよらない先輩の発言に、僕を含めその場にいた誰もが驚いた。
「えっ?!楽器を……一体何に使うの?」
「……メンバーの大切な人に、聴かせてやるんです」
「へぇ……メンバーの、ね」
岡部先輩の言葉を繰り返してから僕を見たオーナーと目が合い、僕は気まずくなって目を伏せて逸らす。
「……うーん、悩ましいなぁー。貸してもいいけど、条件があるよぉ?」
勿体ぶった口調で話すオーナーは茶目っ気たっぷりに眉を上げると、先輩は少し口調を早めて「条件とは?」と聞き返した。
「『Flash Back』がちゃんとこのメンバーで、プロを目指す事!」
ビシッという効果音がつきそうなほどのキレで人差し指を突き出したオーナーは、陽気な口調で「なぁんてね」と笑う。
「冗談冗談……別にいいよ、好きに使ってもら」
「考えときます」
オーナーの言葉を遮って声を重ねた先輩は、真剣な表情で眼光を光らせる。
その声といい、目力といい……どれを取っても先輩が本気で言っている事がよく分かる。
「……そう、分かった」
ふっと微笑んだオーナーは「いい仲間だなぁ」とだけ言い残すと、後ろ手を振って歩き出し、そのまま人混みに消えていった。
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