#2

 ぼんやりとそんな事を考えていたせいか、僕はなんの変哲もない小石に思い切り躓いた。


「いってぇ……」


 無様に転んだ僕は行き場の無い苛立ちに溜息を吐き、教科書が入った鞄と部活に行く気もないのにわざわざ背負っている楽器ケースを丹念に確認する。


 中に入っているのは木目の赤褐色が綺麗なベースギター──フェンダーのJB75。


 花形のギターよりも柄は長いが、音自体が低音だしあまり目立たないので、僕はこの楽器に親近感を覚えている。


 しかしながら乱雑に扱われてご立腹の相棒は、直接文句を言えない代わりとばかりにガタゴトと音を立ててケースの中で抗議した。


 昴と同じ軽音部に属している僕だか、入部したのは残念ながら自ら望んだ事ではない。


 ちょうど1年前──。


 昴と同じ高校に無事入学した僕が今回も帰宅部を通そうと誓った初日、昴は僕に入部届を差し出してきた。


『軽音部』


 そこには確かにそう書かれている。


 ──マジか。


 いや、別に楽器が嫌いなわけじゃ無い。なんならYouTubeの閲覧履歴は、バンドのライブで溢れているぐらいだ。


 驚いたのはそこじゃなくて、今までバリバリの運動部だった昴がピンポイントでその部活を選んだことである。


「蛍の分もある」


 昴はそう言うと、もう一枚を僕に差し出す。


「えっ、僕はいいよ……今まで部活とかやってないし」


 どうせ昴と一緒に入ったって、比べられるだけで良い事なんか何も無い。


 ──もしや引き立て役として勧誘してるのか?


 そんな底意地の悪い疑問すら頭を巡る。


 しかし、昴から帰ってきた反応は至って健全で、普通の回答あった。


「なんで?……だってこの前テレビでバンド見て、やりたいって呟いてたじゃん。折角部活あるんだから、やろうよ」

「えっ」

「てかお前、YouTubeでいつも見てるじゃん」

「えっ」


 ──なんで知ってるんだよ……。


 不本意ながら、僕のコソコソは完全にバレていた。


 本来兄弟間で情報を共有するのは当たり前かもしれないが、僕の場合は昴の存在感が強すぎて引け目を感じてしまう。なので、肝心なことは基本言わない主義だ。


 だが昴は違う。

 なんでも僕に共有したいし、共有させたいらしい。


「……いや、いいや」


 その言葉には、「昴が一緒なら」という意味が隠れていることを、きっと昴は知らない。知らないからこそ、こいつはズカズカと僕のテリトリーを踏み荒らす。


「良いから書けって」


 昴本人は笑っているが、この目は本気だ。


 昔から昴は強情なところがある。一度そう言ったら、意地でも曲げない頑固さは、意志の強さとも言うらしいが。


 僕は長い長い溜息の後に、渋々紙を受け取った。

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