第10話 定期テストが終わった後に修羅は来る

「お、終わったぁ……!」


 全てのテスト日程が終了し、教室はちょっとしたお祭り状態。

 あの問題どうだったとか、この後遊びに行こうかとか。

 ふっ……みんな浮かれやがって。

 と言いつつ俺も人の目が無ければ小躍りして飛び跳ねてトリプルアクセル決めたいぐらいには内心舞い上がっていた。


「今にも踊り出しそうなその様子だと、大丈夫そうね」

「べ、別にそんな様子じゃないやい」


 くっ、一華にはお見通しか。これだから幼馴染は。


「鋼太郎さん、英語はどうでしたか?」

「あぁ、鳳城さんのおかげで何とかなったよ。ホントにありがとう!」

「ふふっ。それなら良かったです」

「ふぅ~~~~~~~~~~~~~ん」

「な、なんだよ」

「べっつに」


 明らかに一華の殺気──ではなく機嫌が悪くなってる気がする。

 それを見かねてか鳳城さんが耳打ちしてきた。


「鋼太郎さん、女の子は繊細な対応をしてあげないとダメなんですからね」

「お、おう……?」


 まぁ確かに。鳳城さんの言う通り繊細に扱った方がいいだろう。何より怪我はしたくないし。



 という事で、帰り道に一華にきちんとお礼を言った。


「数学、ありがとな。一華のお陰で結構いい点数取れてると思う」

「そ。なら良かったけど」


 髪をくるくると指でいじっているのを見て、一瞬で機嫌が直っている事を察した。

 一華の癖で、何かいいことがあったりするとこうするのだ。


「これで今日から羽を伸ばして遊べるな~」

「ちょっと、自己採点とかしたの?」

「いやぁ、自己採点って意味ないと思ってやる気でないんだよなぁ。採点しても結果は変わらない訳だし……数日待てばテストの結果は帰ってくるんだし」

「バカね。勉強したのを忘れないうちに自分で採点して、間違ったところを自分で気づいて修正して、ちゃんとした知識にするために自己採点するのよ」

「お前……先生みたいだな」

「これぐらい当然でしょ」


 一華のレスは正論すぎて大体俺が負けてしまう。

 そもそも集中して勉強が終わったところでまた勉強なんて俺は精神が耐えられない。


「まぁ、少しぐらい息抜きしてもいいだろ。根を詰めすぎても良くないって言うし」

「……それもそうね」

「そうそう。だから今度の休日は引きこもってゲームを──」

「付き合って」

「……へ?」


 付き合う? 何を? いや、今のはまさか愛の告白……!?


「買い物、付き合って」



 知   っ   て   た。



「いやぁ、俺は積みゲーを消化したくてだな……という訳だからゲーム返してくれません?」

「勉強、教えてあげたでしょ? それにご飯も作ってあげたし……それをお礼一つでチャラにしようなんて、虫が良すぎるんじゃない?」

「ぐ……」


 確かに。一華の言う通り、俺はかなり一華に助けてもらった。

 これを無視すれば一生根に持たれる気がする。


「はぁ……分かったよ」

「決まりっ。じゃあ今度の休日、朝9時集合ね」

「はやっ! 学校じゃないんだし昼でもいいだろ」

「ダメ。”ティーカワ”の新商品発売日だもの。売り切れなんて御免よ」


 最近一華が気に入っているティー&カワイイ、略してティーカワ。元々は子供向けに作成したほのぼのアニメだが、可愛いマスコットキャラとお茶に関する絶妙に知られていない雑学がマッチして話題沸騰中のコンテンツだ。


「お前……ほんとあの手の可愛い系好きだよな」

「なっ、何よ。別にいいでしょ」

「悪いとは言ってない」


 まぁ……一華も女の子だからな。空手やら音速ビンタやらが目立つが、人並みの女子で可愛いものは好きなのだ。


「じゃあ約束、忘れないでよね」

「おー」


 こうして俺の優雅? な引きこもり計画は白紙に。

 今度の休日の予定が埋まってしまうのだった。



 次の日、学校で鳳城さんと話している時、それは訪れた。


「今度の休日、デートしましょう♡」

「こ、今度の休日、かァ……」


 そう、ブッキングというヤツである。

 なぜこの日に限って、というヤツである。

 いつもならゲームやら漫画やらで引きこもって休日を謳歌する日常が、たまに予定が入った途端これである。


 偶然にも一華が席を外していて助かった。もし一華の前でこんな提案されたらどちらを選ぶべきかプレッシャーで吐いたかもしれない。


「ダメですか……?」

「いや、ダメって訳じゃ……そのうるうるやめてね」


 最近鳳城さんはワガママを言うとき上目遣いで目をうるうるしがちだ。わざとだと分かっていても抗えない。まさに必中必殺。


「直近で行けそうな日がこの日しか取れなくて……それ以降の1カ月は用事が入りそうなんです」


 ぐ……。鳳城さんの多忙っぷりは話していてよく伝わってくる。お偉いさんとの会食だの習い事だの。

 その合間を縫って予定を確保してくれたのだと思うと、断るに断れない。


「……分かった。でも一日中とはいかないかもだけど、それでもいいか?」

「はい! 私も夕方は予定が入りそうなので、オッケーです」


 ご、午前中……。一華の予定と見事に被るな……。

 ま、まぁなんとかなるよな、うん。

 一華にはうまいこと話を付けて途中で抜けるようにしよう、うん。

 これ以上の予定重複は無いはずだ。さすがにな。(クソでかフラグ)




「……という訳なんです」


 気づけば俺は公園にいて、いつものように姫川先輩に会ってしまい、いつものように悩みを話してしまっていた。


「あ~、そ、そうなんだ~」


 え、何この反応。先輩の反応がとてつもなく気まずそう。

 こ、これはまさか……。


「もしかしてもしかしなくてもなんですけど……先輩もその日に予定を入れようとしてた、とか……。な、なーんて! そんな偶然あるわけ──」

「………………………………………………」


 め、目がメッチャ泳いでる……!

 顔も真っ赤だし、手もモジモジさせてるし。

 間違いない……。先輩もその日に俺を誘おうとしてくれてたんだ……!


「い、いーのいーの! 私は特段その日にしなきゃいけない予定も……あー、ない訳じゃ、ないんだけど……でも、だいじょーぶ! うん!」

「せ、先輩……」


 先輩の気遣いが俺の心にグサグサと刺さる。

 あぁ……そんな目をしないで欲しい……。

 だが……だが……ダブルブッキングでも相当事故ってるのに、トリプルブッキングなんて事になれば……Chaos!!! 混沌以外の何物でもない!


「すいません、先輩。別の日! その日以外であれば先輩最優先で動くんで!」

「うんうん。コタローくんは楽しんできなよ。あ、浮かれすぎて変な事しちゃダメだゾ~?」

「し、しませんってば。幼馴染とクラスメートですし」

「う~ん、それフラグビンビンに立つやつだと思うんだけど……まぁいいか。ともかく、2人とも悲しませちゃダメだよ?」

「はい、何とかして頑張ります」

「ハンカチティッシュ忘れずにね。スマホの充電100%にしていきなよ? 身だしなみはきちんと整えてね」


 オカンかな?

 ともかく、先輩の犠牲を無駄にはしない。

 明日はしっかり成功させよう。そう心に誓うのだった。



 デート当日。待ち合わせ場所にて待機中。

 普通に寝不足である。寝坊しなくてよかったホントに。

 如何にして2人と鉢合わせず、かつ俺が途中で抜けても不審に思われないか、そのうえで満足させられるようなプラン。

 そんなことを最後の最後まで考えていたらキリがなく、この有り様であった。


「くっ……だ、だが理論上は完璧なはず……!」


 デートの場所は2人とも同じ場所、ショッピングモールを指定している。

 鉢合わせるリスクは格段に上がるのでかなりリスキーだが、俺が途中で抜けても不審がられないようにするためには必然的に2人とも近くにいないとダメなので、半ば消去法である。


 そして、最初は一華の相手をすることになっている。


「俺ならやれる……! やれるぞ……!」

「何鼓舞してるのよ」

「お、おう。遅かったな一華──」


 一華の格好は、いつもとは違った。

 いつもなら普通のTシャツにパンツといったありきたりな服装なのだが、今日は淡いピンク色のパーカーにショートパンツ。

 化粧も少ししているのか、足の露出も多くいつもよりも色っぽく見えた。


「……」

「……な、何よ」

「あ、あぁいやその! いつもより凄いオシャレというか……普段と違う服装だったからビックリして」

「当たり前でしょ。ティーカワのためだもの」

「え、なぜそこでティーカワ?」

「願掛けみたいなものよ。可愛いキャラにはそれなりに身なりを整えていかないと失礼だもの」

「ガチ勢すぎないか……?」


 一華のティーカワの入れ込み具合に若干引きながらも、ショッピングモールへと向かうことにした。



 歩いては遠いので、電車に数分揺られながら最寄り駅への到着を待つ。


「……」


 一華はスマホをいじりながら時々顔が緩んでいる。おそらくこれから買うであろうグッズの品定めでもしているのだろう


「……顔、ニヤケてんぞ」

「っっっ!!!」


 スッッッパァン!!!!!!!!


「お゛ぉ゛……理不尽な……」


 こいつの音速越えビンタは電車内だろうとお構いなしだ。だって人に見られないんだもの。最強すぎる。


「ジロジロ顔を見てくる変態には当然の報いでしょ」

「そんなこと言ったら……いや、何でもない」

「???」


 実を言うと、周りの男たちは一華の事をチラチラと見ている。一華はグッズに夢中で気づいていないだろうが。

 それぐらい一華の可愛さは人の目を惹くのだろう。


 ……ビンタさえ無ければ、俺も今頃周りと同じような視線に……はないか。幼馴染だし。うん、ないない。ははははは。


 スッッッパァン!!!!!!!!


「なぁんでぇ……お゛ぉ゛」

「なんかムカついたから」


 酷すぎる仕打ちにあいながらも、目的地の到着を心から待った。



 ショッピングモールに着くと、休日なので人がごった返していた。

 それに加え、ティーカワのグッズ売り場となればその勢いは増している。


「すごい人だな……」

「今回のグッズ、再販がないかもしれないって言われてるし。転売ヤーとかも多いのかも」

「なるほど、そりゃこうなるわけだ」


 店の前には列ができており、整理券まで配っている。

 グッズのポップには個数制限を設けているので即座に完売、なんてことは無さそうだが、この人の数だと午前中には売り切れてしまいそうだった。


 列の感じからして、1時間ぐらい待ち時間がありそうだ。


「さ、並びましょ」

「あー、ちょっと先に並んでてくれないか? 実は今朝からお腹の調子が悪くて……」

「は? 何それティーカワ舐めてるの?」

「誠に申し訳ございません」


 即座に体を90度曲げて頭を下げた。だってそうしないと殺されそうな雰囲気だったもの……。


「はぁ……いざ買うってときに催されても困るし、さっさと行ってきてよ」

「悪い、恩に着る」


 お腹を押さえながら俺はトイレに──行くのではない。


 計画通り。

 俺はニチャア、と口の端をゆがめた。


 実は今日、1時間ぐらい並んで待ち時間が出来るであろうと思っていた。

 昨日グッズの情報を見たりSNSで情報収集することで予測を立てることができていた。


 待ち時間の1時間、これが抜け出せる猶予ある時間。

 トイレが混んでいた、お腹の調子がずっと悪かった、などの言い訳で切り抜けられる……!


「この間に鳳城さんの元へ急ぐぞ……!」


 と言ってもショッピングモールの中で爆走するわけにはいかないので、俺は細心の注意を払いながら競歩のような超絶早歩きで鳳城さんとの待ち合わせ場所へと向かうのだった。

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