第5話 ローブをまとったローグ

「ヴァ、ヴァン様っ!?」

「ひぇっ!? あ、あの……俺の名前をどうして?」

 間違いない、程よく焼けた肌に琥珀色の瞳。ちょっと手入れをしていないせいで、見事な金髪はぼさぼさになってしまっているけれど、この私が見間違えるわけがない。

「あなたはヴァン。蒼海のヴァンその人ですっ!!」

「う、あ……え、ええぇと……?」

 ナオは、声を張り上げて濁緑のローブの青年を覗き込んだ。見た人を引き付けるような太陽なような笑顔はなりを潜め、おどおどとした表情でナオを見上げた。厚みを持った唇から漏れる吐息は低く甘いけれど、ひどくおびえているように震えている。


「ヴァン様! どうしたんです!? いつもの雰囲気は!?」

 ナオの剣幕にあっけにとられ、青年は目を丸くする。

「ど、どどうして俺の名前を???? 俺の名前は限られた人しか知らないはずなのに????」

「なんでそうなるの!? 蒼海のヴァンはこの世界で知らない人はいません! この世界で一番自由な海の航海者! それがあなたでしょう!」

「ええええ!!???」

 おかしい、と言葉を重ねれば重ねるとヴァンは逆に委縮していく。宝石のような瞳の色が黒く陰っていき、視線が合わなくなっていく。

「どうしてこんな陰キャ全開な恰好を!?」

「いん、いんきゃ???」

「そんなダサいローブとっとと脱いでください!! 黒革のコートはどこに行ったんですかぁ!!!」

 はしっとナオがローブをつかむと、ヴァンの顔がさっと青ざめ余計に閉じこもろうとする。

「と、取らないでくれ!! 初、初対面なのに、なんで俺の名前を知っているんだ!?」

「いい、からっ!! どうしてそんな格好しているんです、かぁ!!」

 まるで布団からでなくなった小学生とその母親のようだ。ぎゅい、と力を籠めれば引きはがせそうだが、相手もそうはさせじと力を込めていく。

(ヴァン様なのにっ!! あのヴァン様なのに!)

「ストォオオオップ!!!」

 パン、と鋭い柏手が打たれ、なおはとっさにローブを手放した。きょとんとした表情でナオが音をした方を見ると、オーギュストが腕を組んだ。

「んもう! ボスのローブを剥ごうだなんて、ナオちゃんってば大胆なのね! でも、初対面の相手にするレディーの所作とは言えないわ?」

「あ、その……。つい……」

 現実と空想と幻想が入り混じってしまい、一瞬正気が飛んだ……なんて言えない。そそくさとヴァンから離れ、しゅるしゅると小さくなった。急に現れた脅威から解放されたヴァンはまたローブの中にうずくまってしまう。

 そして、もぞもぞとしばらく動いた後オーギュストの方に顔を向けた。

「お、オーギュストっ! か、彼女が、ほ、本当に……。聖獣を従えた”聖者”の一人なのかい?」 

「ええ、間違いないわ? ボスの聖獣が反応しているじゃないの。でも、ちょっと雰囲気が違うわ。どう見ても、”聖者”としての格がなさそうだもの」

「そ、そうだな……。ならば、まだ”聖者”の自覚が浅いの、か?」

 格。そう言われた。それに聖者、とも言っている。

(聖者って、すごい人とか、えらい人とか……そういう意味よね?)

 この異世界にも宗教の様な物があるのだろう。宗派によっては、徳の高い人を”聖者”と呼び、神格化することがある。国によっては、聖者に関連する日を祝日として制定することもあるくらいだ。


「あのさぁ、あたしたちの処遇をどうするか聞いてもいい? ナオにまだ説明してないことが多いの。余計な手間を駆けさせないでちょうだい」

 にょろり、とナオの掌に移動したアズが声を上げる。それを見たオーギュストがまぁ、と手を合わせた。

「おしゃべりできるのね! ええ、大丈夫よ。”聖者”はこの世界において尊敬されるべき存在。無事に港町に連れて行ってあげる」

 ねぇ、ボス。とオーギュストが言うとヴァンはこくりとうなずいた。こちらから見るとでっかい緑色の物体がお辞儀しているようで奇妙だ。

「客間はないから倉庫の一室を使ってちょうだい。目隠しも作ってあげるから」

「あ、ありがとうございます!」

「じゃあ、さっそく案内するわー」

 ついて来て、とオーギュストが呼ぶので、ナオもあわててついて行った。

(何とかなりそう……)

 この手の転移ものの話だと、序盤に助けてくれる人がいるかいないかでは話が違ってくる。ナオは運よく前者のコースをたどれたようだ。


「ここよー。必要なものがあったら言ってちょうだい」

「は、はい」

 オーギュストが部下に命じて作らせた簡易的な部屋は少し狭いけれど、足が延ばせる程度の広さはあった。ベッドの代わりにハンモックが吊るされており、足場なのか木製の箱がいくつか詰まれていた。

「じゃあ、まずはお茶と軽食。ついでに紙とペンと地図があればいいわ」

 ナオの代わりにアズがそういうと、オーギュストはカラカラと笑いながら出ていった。

「いい、順を追って話していくわ。長くなるけれど、ちゃんと頭に叩き込んでちょうだい」

「う、うん!」

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