第7話 復讐




 時は少し遡り、エリーシアは盗賊団のかしらディークが隠れている茂みの前まで来ていた。


「わたしの名前はエリーシア。盗賊団の頭に用があるの。いるなら出て来てくれない?」


 エリーシアの顔はいつもと違い、無表情に、そして目は鋭く冷たいものだった。


「こりゃあえらく上玉じゃねぇか……! 顔も整っていて胸もでけぇ。ヒッヒッヒッ。こりゃあ良い値が付くぞ〜……!」


 そんな彼女を茂みの中で見ていたディークは、下卑た表情を浮かべていた。


 すると何の反応も示さないディークに痺れを切らしたのか、エリーシアは弓を構えた。


「出て来ないのなら適当に矢を放つからね……?」


「待て待て待て待て! わーったよ! ほら出て来てやったぞ?」


 今にも矢を放ちそうなエリーシアの殺気に気圧けおされ、ディークは茂みから出た。

 そんな彼をエリーシアは鋭く冷たい眼光で睨み付ける。


「ヒッヒッヒッ。何だよ? 出会って早々睨んで来やがって。そんなに俺がこの森に入ったのが気に食わねぇのか?」


「はぁ? 何を言っているの……? あんたは盗賊団の頭で、同族を攫い、奴隷商に売り付けるクソ野郎なんでしょう?」


 この期に及んで尚、白々しい態度をとるディークに対し、エリーシアは嫌悪感と怒りを露にした。


「知ってるのよ、わたしは。盗賊団が十年前もここへ来て、エルフを襲った事を……。わたしのお父さんを殺し、お母さんを攫って行った事も……! そしてその盗賊団の頭が片目に傷があって、変な笑い方をする奴だって事もね……!!」


「あ……。へぇー。そうかそうか……。お前ェ、あの日攫った誰かの娘か。ヒッヒッヒッ。そりゃあ悪ぃことしたなぁ。まぁお陰さんで俺ァこんなに育っちまったけどなぁ!」


 エリーシアがそこまで追及したのにも関わらず、ディークは一切悪びれる様子も無く、エルフを売って得た金で肥えた腹をポンっと叩いた。


「ここまで言っても反省すらしないのね……。本っ当にクソ野郎だわ……」


「反省? ヒッヒッヒッ! 何で俺が反省なんてしなくちゃならねぇ? 他種族を攫って奴隷商に売りつける。それが俺の仕事だ。俺は生きる為に働いて金を稼いでるだけだぜぇ? お前ェは俺が生きようとする事を否定するのかぁ?」


 エリーシアはディークを奥歯を噛み締めながら睨み付ける。

 しかし彼はそんな彼女の火に油を注ぐかの様に、淡々と訳の分からない理論を口にした。

 すると彼女は上を向き、何やらボソボソと呟き始める。

 

「あぁ……やっぱり無理だわ。わたし、あんたのこと許せないや」


「はぁ?」


 エリーシアはそう言うと、再度視線をディークに戻し睨み付けた。

 

「どうしても仕方なくこういう事をやらされていたのなら許そうかな? なんて思ってたりもしたけど。やめた。あんたが救いようのないクソ野郎だってわかったし。もういいよ。あたしはあんたを殺す」


「あ? 何言ってんだお前ェ……? お前ェみてぇな女一人に俺を殺せる訳がねぇだろう?」


 エリーシアの鬼気迫る表情から発せられた言葉を受けても、未だ挑発を続けるディーク。

 

 そしてエリーシアはその挑発に乗ってしまい、ディークに向かって弓を構えた。

 しかしそれは彼の罠だった。


「ヒッヒッヒッ。頭に血が上れば動きは単調になるよなぁ? 俺ァわざとお前ェを挑発してたんだぜぇ? この時の為になぁ!」


 そう言うとディークはエリーシアの父を殺した時と同様に瞬時に間合いを詰め、彼女の眉間に拳銃を充てた。


「オラァ、早く弓を下ろせよ。そんで、大人しく俺に捕まっとけ。な? 悪ぃようにはしねぇよ。奴隷商に売り渡すだけだ。まぁその後の事は知らねぇがな……。ヒッヒッヒッ!」


 するとディークの言葉を受け、エリーシアは弓を下ろした。


「おぉ、意外と物分りいいんじゃねぇか。俺ァそういう女は好きだぜ? お前ェ、いい身体してるし俺も久々に一発――」


 ディークが下卑た表情でエリーシアの身体を舐め回すように見ていると、彼女は彼の拳銃を持った腕を掴んだ。


「あ? どういうつもりだコレは?」


「わたしは待ってたんだ……。お父さんとお母さんがあんたに殺されてからずっと。この時を待ってたんだ……」


「あぁ!? 何言ってんだァ!? 手ぇ離せやコラァ!!」


 腕を掴みながらボソボソと話すエリーシアに苛立ちを抑えきれなくなったのか、ディークは徐々に声を荒らげ始めた。


「特殊部隊に入る為に、馬鹿なフリして族長の前でわざと大きな丸太を持ったり、弓の威力を上げる為に【超パワー】を更に伸ばす努力をしたり、何も知らない顔をして仲間を騙したりもした……。それもこれも全部……あんたに復讐する、この時の為にね……!!」


 エリーシアがそう言った瞬間。

 彼女は自らの手に全力の【超パワー】を込め、ディークの腕を握り潰した。

 すると彼は拳銃を地面に落とし、叫び声を上げた。

 その叫び声は静かな森の中にこだました。

 

「ぐっ……! ぐぁぁぁぁああ!!!」


「痛い……? ふっ。まだ死んでないだけマシだと思って? わたしのお父さんはね。眉間に拳銃で撃たれた痕があったの……。もしかして眉間に拳銃を向けられてたのかな……? さっきあんたがしたみたいにね……!」


 次にエリーシアはディークを地面に仰向けに転ばすと、彼の上にのしかかりもう片方の腕も潰した。

 その後、地面に落ちていた拳銃を拾い上げ彼の眉間に充てた。


「ぐっ……ぐぁぁっ! 痛てぇ……痛てぇよ……。やめてくれ。やめてくれぇええええ!」


「やめる? 今更何を……。あんたはわたしの家族を……同族を、何人殺したのよ? あんた一人の命で償えると思わないで? あとでお仲間も全員殺してあげるから……」


「やめろ……! やめてくれぇええええ!!!」


 ディークの叫び声が再度森の中にこだまする。

 そしてエリーシアが引き金を引こうとしたその時――――

 


「ハァハァ……。やっぱりそういう事だったのね、エリーシア。復讐なんて馬鹿な真似はやめなさい! 憎しみは憎しみしか生まない。そんなの里の子供達だって知っている事よ!?」


 ――――エリーシアの元へフィンが駆け付けたのだった。





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