第5話 作戦決行




 翌朝。

 いよいよ極悪非道な盗賊達を迎え撃つ、作戦決行の日が訪れた。

 族長と伝令係のフィン、特殊部隊総勢十一名は里の出入口に集まっていた。



「よいか、お主ら。連中を決して里の中に入れてはならんぞ。それと、くれぐれも自らの姿を奴らに見られんように細心の注意を払うのじゃ。十年前のあの惨劇を絶対に繰り返してなるものか……。よいな?」


「「「「はい!!」」」」


「……フィン。連中の動きはどうなっておる?」


「はい。先程偵察に行ったところ、かなり里の近くまで接近して来ていました。今は仮眠をとっている様でしたが、そろそろ起き始める頃合かと」


「聞いたな? お主らは連中が寝起きのところに奇襲をかける。元より先に仕掛けて来たのは奴らの方じゃ。殺しても構わん。殺さずとも、一生この地に足を踏み入れたくなくなるよう、地獄を見せてやるのじゃ!!」


「「「はい!!!」」」


「では、行ってまいれ!」



 こうしてエリーシア率いる特殊部隊は里の外へ出て防衛ラインへと向かった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 防衛ラインに到着した面々は各々、作戦を実行に移す為の持ち場についた。

 そして最後の一撃を放つという重要な役割を担うエリーシアは一団の最後方へ潜む。



「うううぅ。いよいよ来てしまったよ……。この時が……。上手く出来るかなーっ?」


 エリーシアは不安でいっぱいと言った様子でそう呟いた。

 すると彼女の少し前に陣取っていたイリスとニーナが声を掛ける。


「大丈夫よ、エリーシア。私とニーナで必ず奴らを一箇所に誘導してみせるわ」


「えぇそうよ! あんたはそこ目掛けて思いっ切り矢を打ち込めばいいのよ!」


「わかりました……! 頑張ります……!!」


 二人の声掛けによってエリーシアから不安の色は消えた。

 そしていよいよ作戦決行の合図である音爆弾付きの矢が空に放たれる。


 バンッ!!


 その合図と同時にイルスが弓を引いた。


「イルス……! 外すんじゃないわよ!?」


「誰に言ってるのよ……。私、目だけはいいのよ。あと顔もね……!!」


 イルスはニーナにそう告げると一本の矢を盗賊団に向けて放った。

 

 


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 バンッ!!


 物凄い爆発音により目を覚ました盗賊団は慌てふためいていた。



「な、なんすか今の音!?」

「爆弾っすか!?」


「狼狽えんじゃねぇ! 馬鹿共が!! ……チッ。アイツら……俺達の動きに勘づきやがったか」


 流石は長年盗賊団のかしらをやっているだけはあり、先の爆発音だけで今の状況を察知した。


「どうするんですかぃカシラっ!?」


「……ヒッヒッヒッ。まぁいい。わざわざ商品の方からこっちへ向かって来てくれてんだ。誘いに乗ったフリをして女だけ攫っちまおう」


 不敵な笑みを浮かべる盗賊団の頭ディーク。

 そこへイルスが放った矢が彼の足元へ突き刺さる。


「ひぃいいい……!! か、カシラ! 大丈夫っすか!?」


「何でお前ェがビビってんだよ!? オラ! 次が来んぞ!?」


 するとディークの言う通り次々といくつもの矢が盗賊団に向かって飛んで行く。


「ひ、ひぃいいい!!」


 エルフ達の作戦通り、奇襲は成功し下っ端達は慌てふためいていた。

 しかしディークは至って冷静であった。


「狼狽えんなって言ってんだろ!! いいか、お前ェら、よく聞け? 奴らの作戦はこうだ。寝起きの俺達に奇襲をかけ、その後何本もの矢を放ち俺達を上手く一点に誘導する。そこで一網打尽にしようって訳だ」


「や、やばいじゃないっすか……!?」


 ディークが話を始めると下っ端達は彼の元へ集まり始めた。


「話は最後まで聞け、タコ!! いいか? 俺達は奴らの作戦に乗ったフリをして出来るだけ遠くに逃げる。するとどうなると思う?」


「そりゃあ相手は俺達を追いかけるのを諦める……?」


 見当違いな答えを出す下っ端に呆れため息をつきつつも、ディークは細かく説明を続ける。

 

「はぁ……。違ぇわバカ!! 俺達が遠くに逃げりゃあ矢は届かなくなるだろ? そしたらどうだ。向こうから俺達に近付いて来やがる。そこで俺達は上手く茂みに隠れて隙をつき女エルフを攫えばいい」


「さすがカシラだぜっ!」

「よし、そうと決まりゃあ……」


 そして最後までディークの説明を聞き、ようやく理解した下っ端達は彼の策を実行し始める。



「ピギャーーーー! こぇーーよーー!」

「死ぬ死ぬーー! あんなの当たったら死ぬよーお!」

「にーげーろーーー」


「……ったくあいつら、下手な芝居しやがって……」


 そして下っ端達はディークの策の通りに、エルフ達の作戦に乗ったフリをして矢の射程範囲外である森の外へ向かって逃げ始めた。



 このままではエルフ達の作戦は失敗に終わるどころか、十年前の惨劇を繰り返す事になるやもしれない。

 そう思われたが、彼らの近くで聞き耳を立てている者がいた。

 それはエルフ族の諜報部隊に所属し、本作戦において伝令係を担っているフィンだった。



「これはまずい……。作戦が全部バレてる……! 早くあの子達に知らせないと……! お願い……! 早まらないで……!!」


 そしてフィンは全速力で走り出した。

 まるで十年前の自分の無力さを払拭するかの様に。


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 盗賊達が慌てて逃げ始めた事に気付いた特殊部隊の面々は次々と矢を放ち続けていた。


「いいよ! 奴ら完全に私らの作戦に嵌ってる!!」

「あぁ! こりゃあ案外楽勝かもな!」

「このまま上手く誘導して、エリーシアの一撃でお終いよ!!」


 自分達が立てた作戦の裏をかかれているとも知らずに、既に勝ちを確信している特殊部隊の面々。

 そして盗賊達を予め定めていたエリーシアの狙撃地点まで誘導するとミリアが合図を出す。


「今や! エリーシア! やってもうたれぇ!!」


「いえ、ミリアさん。まだです。わたし、先行きますね……!」


 すると、いつものおどけて、にこやかなエリーシアとはまるで別人の様に冷たい目をした彼女はそう言い残し、颯爽と盗賊団がいる方角へと向かって行った。


 

「はぁ!? 何考えてんねんエリーシア!?」


「いや、待って……。奴らの動き、何だかおかしくないかしら?」

 

 エリーシアの突然の行動に苛立ちを見せるミリア。

 そしてこの中で一番遠くまで物を見る事が出来るイルスは盗賊団の動きに違和感を感じていた。

 そんな彼女に対し、ニーナは焦った様子で詰め寄った。



「え!? 何がおかしいのよ!? さっきまであんなに順調だったじゃない!?」


「えぇ。でもそう見せかけられていただけなのかもしれないわ。奴らに……」


「ちょい待ちぃな! そら一体どういう事や?」


「わからないわ……。ただ、奴らの目的が私達を捕まえる事なのだから、逃げるにしても里の方へ向かってくるはず……。何か狙いがあるのかも……」


 イルスがそう言い考え始めていると、他の隊員達が遠くへ逃げる盗賊達を追い、持ち場から飛び出し始めた。


「お、おい! アイツら先、行ってしもたで!?」


「ちょっとあんた達!! そっちは危険よ!! 待ちなさい!」


 しかしニーナがいくら呼び止めようとも、誰一人として振り返る事はなかった。

 そしてイルスは隊員達が走っていく先にいる盗賊達を視認しようと目を凝らした。


「と、盗賊達が……いない……!?」


「なんやて!?」


「何ですって!?」


 しかし時既に遅し。

 盗賊達は当初の予定通り、上手く茂みに隠れおおせた後だった。


 そして他の隊員が危険だと判断した三人は急いで皆の後を追った。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ◇



「上手く隠れられた様だな。奴ら血相を変えてこっちに向かって来てやがる。ヒッヒッヒッ。俺の計画通りだ……!」


「さすがカシラだぜぇ……!」

「あとは俺らが上手く女エルフを攫っちまえばいいだけだ……!」


 茂みに上手く隠れた盗賊達はディークの策が嵌っている事にしたり顔であった。


「お前ェら、くっちゃべってねぇでさっさと散れよバカ! いいか? 女エルフだけ攫って来んだぞ!? エルフを攫ったら森の出口へ向かえ。そこで合流だ」


「うっす!」

「任せろっす、カシラ!」


「ったく……。本当にわかってんのかよ……」


 ディークの心配を他所に、早速各方面へと散り始めた下っ端達。


 

 

 暫くして、未だ茂みに隠れるディークの前に一人の女エルフが現れる。

 


「わたしの名前はエリーシア。盗賊団の頭に用があるの。いるなら出て来てくれない?」


 そこへ現れた女エルフはエリーシアだった。

 エリーシアの顔はいつもと違い、無表情に、そして目は鋭く冷たいものだった。


「こりゃあえらく上玉じゃねぇか……! 顔も整っていて胸もでけぇ。ヒッヒッヒッ。こりゃあ良い値が付くぞ〜……!」


 そんな彼女を茂みの中で見ていたディークは、下卑た表情を浮かべていた。





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青 王(あおきんぐ)

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