ep.39

 トオルたちはバルステラに入国し、1日が経った。


 エルドアとバルステラの国境はケルード山脈に沿っていて、麓まで来た時の景色は確かに絶景だったとカイも言っていた。


 目的地はバルステラの中心部ラファスは首都であり、東側に位置している。


 西側の都市ベルンに現在一行は辿り着き、そこで宿を取るつもりだ。


 ベルンの街並みはどこかモダンで、トオルもどことなく前の世界を思い出すような気がした。


 カイとグリスは公園の噴水広場でホットドッグを食している。


 「にしても、ここの食べ物全然エルドアと感じが違うな。庶民的で結構好きだ。」


 そうカイもグリスも良いとこの出なのだ。


 こういう食べ物はどうやらトオルの方が馴染み深いのかもしれない。


 「ええ。これホットドッグというらしいですよ。ケチャップとマスタードとかいうこの黄色いソースは酸味と辛味が効いていて良いですわ。」


 どうやらグリス程のお嬢様でもお気に召すほどのものらしい。


 トオルも一口カイから貰った。


 「うん。これはイケるな。」


 「ああ!カイさんたらずるいわ。トオルさん私のも一口!」


 トオルが困惑している様子にカイはニヤニヤしている。


 そんなこんなと取るに足らないやり取りをしていると、アニがやって来る。


 「トオルさん。宿が取れました。それと、この後2人でお話し出来ませんか?」


 「まあアニさんたらトオルさん狙いなのですか??」


 「はいはい。そういうのじゃありませんよ。ほら、このチョコレートクッキーとても美味しいですよ。」

 

 どうやらアニはグリスの扱いに慣れてきたらしい。


 「まあこれ美味しいわ!チョコレートが散りばめられていて、食感も好きです!」


 カイはここで空気を読み、


 「グリスさん。あっちにも美味そうなものありましたよ。」


 カイはトオルに目配せで


 「行ってこい。」


 グリスが露店に夢中になっている間にトオルとアニは2人抜け出した。


 




 「で?話って何なんだ。アニ?」


 「はい。黒の森のことです。」


 トオルの表情は変わり、まさかといったような表情で、


 「そこに行きたいのか?」


 「そうです。私の魔に堕ちたとはいえ、元は友だった者。助けたいのです。」


 アニは申し訳なさそうにそれでも確かな強い瞳をトオルに向ける。


 「そうか...もしかすると、今の旅の目的と重なることがあるかもしれない。黒の森に立ち寄ろう。」


 「わたくし事で恐縮ですが、皆さんの力をお貸しください。」


 アニはその時後ろに気配を感じていた。


 そして、それは。


 「水臭いですわ。アニさん。」


 「全くだぜ。まどろっこしい事しなくても手は貸すぜ。」


 カイとグリスだった。


 トオルは皆の意見を代弁するように。


 「そういうことだアニ。旅は道連れというだろう?俺たちにそこまでかしこまる必要はないよ。」


 「皆さん...」


 アニはこの時決意をした。


 この人間たちを平和な世界に導くと。






 黒の森は現在滞在しているベルンの北側に位置する森だ。


 そこは神聖な白の森であり、妖精や妖精王など聖なる存在が住処にしていた。


 そこの管理者であった元女神ケル。


 聞けば人間と恋に落ち、寿命を全うした恋人を失い、悲しみに暮れていたとか。


 そこで、魔による者が女神を唆す。


 魔の力があれば人間に永遠の生命を与える事も容易く、尚且つ死者を甦らせるというのだ。


 ケルも簡単には惑わされなかった。


 だが、ある日瀕死の少年を森で保護した。


 今にも生き絶えそうな酷い傷だった。


 それを魔の者が。


 「私に見せてみなさい。」


 ケルには実体が見えないその「声」に縋るしかなかった。


 「私の治癒でもダメだったのよ。もう生命に届きつつあるわ。」


 しかし、あろうことか。少年の傷は癒やされるどころか、何事もなかったかのように元気になったのだ。


 信じざるを得なかった。


 ケルはその罪の重さを知りながら、魔の者に手を貸すようになるのだった。


 



 リーバとレオはその頃もう黒の森の入り口近くに来ていた。


 「おい?リーバ。ガキの頃に遊び尽くした森に今更何の用なんだよ?」


 レオはつまらなさそうな様子でそう言う。


 さらにこう付け加える。


 「女神だったケルもよう。森が白かった頃と感じ変わったよなー。俺たち魔の血を引く者だからって邪険にしない良い奴だったのによ。」


 リーバはこう返答した。


 「ケルは人間である僕の母さんにも優しかった。だけど今や四天王ケイロスの言いなりだ。」


 それにだ。


 「王座を狙うケイロスからすると僕もトオルも邪魔者のようだね。」


 リーバはそういった意味でもケイロスに心を許した事はなかった。


 だが、リーバにも心を許している魔族がいた。


 それは、四天王とは違う役割を持つ三銃士が1人カユだ。


 ケイロスとカユは互いの思想の違いから対立していたが、どちらが魔族のことを思っているかは火を見るより明らかとリーバには見えた。


 ケイロスは高い税金を巻き上げ、私腹を肥やすような真似もしていた。


 反対にカユは身寄りのない子のために孤児院を作ったりと、誰かのための政策に力を入れていた。


 三銃士は魔王直属の部隊で魔王こそを全てと考えている者が大半だった。


 四天王は内政を司り、政治の実権を握る切れ者が多かった。


 忠義の三銃士、実力の四天王といったところだ。


 戦闘力は両陣営で戦えばほぼ互角といったパワーバランスになる。


 リーバには考えにくかった。ケルが母を攫った可能性を。


 確かに、魔王の子を産んだ立派な人質ではあるが、リーバは妾の子に過ぎない。


 加えて、母本人の容態も悪いときた。


 そこからケルが母を攫う動機を考えたが。


 まさか。ケイロスの入れ知恵か。


 そうだ。ケイロスにとって邪魔な存在はカユ。


 カユと母は親友だった。


 なぜ気付かなかったんだ。僕は。とリーバは自分を責めた。


 だが、同時に賢い彼は即座に切り替える。


 「レオ。先を急ぐぞ!」


 





 その少し後、トオルたち一行は黒の森に馬車で到着しようというところだった。


 黒い煙がそこら中から立ち込め、木々も黒い。まさに黒の森だと文字通り言える。


 馬の目も心なしか怯えているようにさえ見えた。


 「あそこだな。皆んな準備はいいか!?」


 「ああ!(はい!)」


 4人は迷わず森の入り口を駆け抜けて行った。






 ケイロスは嗤う。


 「また私の都合にちょうど良く虫どもが現れましたね。これは楽しくなりそうだ。」


 しかし、異変にも気づく。


 この方角から森に入るなんて珍しい。


 「まさか。」


 そう遊び慣れた魔族にとってそこは庭も同然だった場所だ。


 リーバは敢えて、その方角から黒の森に挑んだ。


 「これは愉快だ!二つの座標があちらからやってくるなんて。楽しい、楽しいぃぃぃぃぞぉぉ!」


 ケイロスの狂った愉悦の声が森にこだましているのだった。


 「ケイロス。」


 その声の主は元女神ケルだった。


 最も今は失格の烙印が右腕に浮かんでいるが。


 「約束よ。これで私への命令も脅迫も最後。」


 「ええ。誇り高き魔王軍四天王第一席ケイロスが約束しますとも。」


 ケルは濁った瞳をケイロスにぶつけるが、四天王の末席は気にしないといった様子だった。


 「それでは、ゲームスタート。生命の取り合いとか燃えますよねぇぇ!!!!」

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