第5話 ジャイアントキリング

 俺達をタンクとして支えていたクマサンが、ついに倒れてしまった。

 クマサンなしでは、戦線が崩壊するのは時間の問題だった。

 俺もミコトさんも、猛き猪の強烈な攻撃に耐えられる防御力を持ち合わせていない。クマサンが耐え続けていた通常攻撃ですら、俺達にとっては致命的なものだ。


 その時、猛き猪が俺ではなくミコトさんの方に向きを変えた。

 瞬間、焦りが俺の胸を突く。

 どうやら俺よりも、回復を続けていたミコトさんの方が敵のヘイトを集めてしまったらしい。俺は確かにかなりのダメージを与えていたが、同時に範囲攻撃を受け、多くのダメージを負っていた。被ダメージによるヘイト減少がある分、無傷のミコトさんの方がヘイトを溜めてしまったのだろう。


 焦燥感に駆られる中、猛き猪が低く身を構えた。

 それは今まで見せたことのない攻撃態勢だった。

 ミコトさんは、俺達から少し離れた位置から回復をしてくれている。

 猛き猪は、今初めて離れた位置の相手に狙いを定めたのだ。


「やばい!」


 先ほどの猪突猛進撃ほどではないにせよ、猛き猪が離れた相手に突進する攻撃は、通常攻撃以上のダメージを伴うことが容易に想像できた。

 防御力の低い巫女であるミコトさんがその一撃を受けたら、どれほどのダメージになるか……。


「くそっ! ミコトさんをやらせるわけにはいかない!」


 焦りとともに叫ぶが、俺には敵を挑発するようなスキルがない。ターゲットをこちらに向かせるためには、攻撃でダメージを与えてヘイトを稼ぐしか手段がなかった。


「スキル、ぶつ切り!」


  ショウの攻撃 猛き猪にダメージ208


「スキル、半月切り!」


  ショウの攻撃 猛き猪にダメージ138


 連続スキル攻撃を仕掛けた俺に対し、猛き猪が再び向きを変え、その鋭い眼光を俺に向けた。


「間に合った! ミコトさんからターゲットを引き剥がしたぞ!」


 安堵した瞬間、俺の全身に重い不安がのしかかる。猛き猪の体力ゲージはまだ残っている。一撃で倒されない限り、ミコトさんがなんとか回復してくれるだろうが、俺の防御力や体力は、タンク役のクマサンには遠く及ばない。そんな俺の回復を続ければ、ミコトさんのSPはすぐに尽きるか、あるいは敵のターゲットが彼女に向いてしまうに違いない。


「くそっ! もう少しなのに!」


 俺達たった3人で、このネームドモンスターをあと少しで倒せるところまで追いつめたというのに、ここで終わりなのか!?


 猛き猪の攻撃が俺にくる!

 死へと導くその一撃を覚悟したとき――


「スキル挑発!」


 猛き猪が180度向きを変えた。


 え?

 うそだろ?

 どうして?


 信じられない光景に言葉が出ない。

 先ほどの戦闘で確かにクマサンの体力ゲージが赤くなり、ゼロになったのを確認したはずだ。しかし、目の前には体力ゲージを半分ほど残したクマサンが立ち、再び敵のターゲットを引きつけていた。


「クマサン!? さっき倒されたはずじゃなかったんですか!?」


 ミコトさんが驚きの声を上げた。

 クマサンは一瞬だけミコトさんに視線を投げかけ、すぐに猛き猪と向かい合う。


「それより回復だ、ミコト!」

「え、あっ、……はいっ!」


 茫然としたままミコトさんが、急いでクマサンにヒールをかける。

 俺もまだ状況を理解しかねているが、とにかく戦いは再び安定を取り戻した。


「クマサン! 一体どんな魔法を使ったんだ!?」

「魔法じゃない。食事の効果だ」

「食事?」

「ショウの作ってくれたグレーターバッファローのハンバーグのおかげだ。あれについていた特殊効果が、死亡時に体力半分で復活する効果だったんだ」

「――――!?」


 まじかよ……。

 確かに俺が成功度10の10で成功したあのハンバーグには、特殊効果付与がついていた。クマサンにその効果を尋ねたタイミングでミコトさんが来たために、クマサンから聞けずに終わっていたが、まさかそんな貴重な特殊効果がついていたなんて……。

 心の中で、自分を褒めたい気分だ。

 負け職業と言われながらもこの世界で料理人を続けてきたことが、この場面で俺達を救ったのだと実感する。


「しかし、これが最後のチャンスだ。もう一度さっきの攻撃が来たら、さすがにもう復活はできない。ショウ、その前に倒してくれよ」

「ああ! 任せろ!」


 俺は包丁を握る手に力を込め、強く頷いた。

 とはいえ、俺の見立てでは、先ほどの猪突猛進撃がすぐに再びくることはないはずだ。

 あの技は、重戦士をも一撃で倒す文字通り桁違いの攻撃だった。残り体力1割を切った最終盤で、こちらのタンクを確実に潰そうとする敵の奥の手だろう。

 これがゲームである以上、あんな攻撃を連発するような設定はあり得ない。おそらく、再び放つまでのクールタイムは長めに設定されているはずだ。

 だったら倒せる。今の俺なら――いや、俺達なら!


「スキル、輪切り!」

「スキル、乱切り!」


 俺は料理スキルを次々と繰り出し、猛き猪に攻撃を畳みかける。

 先ほどクマサンが倒れた時、敵のターゲットはミコトさんに向いた。そのことから計算すると、俺が想定していたよりも、料理スキルダメージによるヘイトは少ないはずだ。

 これを踏まえて、俺は感覚的にヘイト計算をやり直した。


 いける!

 まだ敵ターゲットを取らずに、俺の攻撃を入れられる!


 俺はさらに続けて右手の包丁を振り下ろす。


「いい加減に倒れろよ、この猪野郎! スキル、みじん切り!!」


  猛き猪 ダメージ333

  猛き猪を倒した


 激しい一撃が決まり、目の前の巨大な体が、土煙と共に地面に崩れ落ちた。

 俺は動かなくなったその巨大な塊をただ見つめる。


「やってくれると思ってたぞ」


 クマサンに肩に手を置き、微笑んでいる。

 その時初めて、俺もようやく猛き猪を倒したという実感が湧いてきた。

 自分の残りのSPを確認すれば、あと一撃が限界だったことがわかる。

 ミコトさんに至っては、すでにSPが尽きていた。

 まさにギリギリの死闘だった。


「私達、本当に勝ったんですよね。たった3人で……」


 ミコトさんも信じられないといった様子だった。

 皆が勝利報告をネットに上げるわけじゃないから想像でしか言えないけど、おそらく3人で猛き猪を倒したのは世界でも俺達だけじゃないかと思う。


「……私、ネームドモンスターを倒したの初めてです」


 ミコトさんが目を輝かせて嬉しそうに近づいてくる。


「そんなの俺だって同じだよ」

「同じく」


 俺達は自然と輪になり、誰からともなく手を揚げる。そして、片手を両側の仲間へと突き出し、力強くハイタッチを交わした。

 ミコトさんの顔はいつも以上に輝き、いつも無表情なクマサンも今回ばかりは誇らしげな顔で口もとを綻ばせていた。

 最高だよ、この二人は!

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