第15話

見上げた月はきれいで、その隣には大好きな親友がいる。

あ、今はもう親友はやめて恋人か。その手のぬくもりを感じていると、本当に怖い。

最愛の人と手をつないで一緒にいられるのは本当に幸せだ。幸せすぎて、怖い.


「何か役に立ちそうなものをまた探さないとね。とりあえず服から探しましょう?」


そう言って、崩れずに残った玄関から家の中に戻り、二階への階段に向かう。


「この家、私たちぐらいの年の女の子がいるみたいだから、何着か貰おう。もちろんお金は置いてくよ。この先お金なんか役に立つわけでもないしね」


今は衣・食・住が問題だ。寝るところはテントと寝袋で何とか我慢できるけど、食料と服はそうはいかない。

それに私の服は自分で破ったせいとはいえボロボロだ。

何とかここで手に入れたい。


「離れないでよ? 何か危ない生き物もいるかもしれない。光紗ちゃんは私が守る」


 私は木の棒を持って光紗ちゃんの前に出る。お化けだって獣だって私がやっつける。

 可愛い恋人には指一本触れさせない。


「あなた頼りなのは、なんだか複雑……」


そう言いつつも、私の服の裾をぎゅっとつかんでくる。

昨日、あんなに怖い巨獣に向かっていったくせに、お化けはどうしても無理らしい。

怯えた瞳も可愛いけど、いつまでも怖い思いをさせるのは、それはそれで可哀そうだ。

 早く目的のものを見つけて外に出よう。

 二階に上がってすぐ、一番手前の扉を開いてみた。

ベッドに机、壁の方にはアイドルのポスターが貼られている。

机の上にはノートパソコンやコスメセットもある。ちょっと大人の雰囲気だ。

ハンガーには学校の制服らしき、セーラー服が掛けられていた。

写真には女の子が二人いたけど、お姉さんの方の部屋かな?


「ここはお姉さんの部屋みたいね。服はあるかもだけど、私たちのサイズには大きいかも」

 

中に何もいないのを見て、ほっとした顔の光紗ちゃんは部屋に入ると机の上を調べた。

 私も、部屋に入ってチェストやクローゼットの中を調べさせてもらう。

「う~ん。ちょっと泥棒してるみたいで、やっぱり少しだけ罪悪感」

「クローゼットには冬物のコートが入ってるね。クリーニングしてそのまま開けてないみたい。逆に、引き出しには夏物しかないよ」


クリーニング済みのビニールカバーがされたコートがある。チェストの引き出しには夏物が入っていたけど、クローゼットの中は冬物ばかりだ。


「もしかしたら、夏の頃にここに運ばれてきたのかな?」


私は昨日この家を調べてから気になっていたことを光紗ちゃんに聞いてみた。


「それ、私も思ったんだけど、おかしいのよね。花も林檎の木も全然しおれてなかったから。夏に来て、この冬までの半年で変化しないなんてこと、あり得ると思う?」


一瞬で地球からものすごい遠くまで移動させるぐらいだ。

時間を止めるとかできるのかもしれない。 

なんだかよくわからない超科学で冬でも植物が育つとかももありえそうだけど、どうなってるんだろう。


「これ見たら、理由がわかったよ」


 そう言ってティーン向けのファッション雑誌を取り出した。

表紙には「この夏、決める。大人、可愛い、トレンドファッション」と書いてある。

今は冬だけど、ちょっと気になる。

あとでじっくり読んでみよう。


「なに? その雑誌に何か変わったところでもあるの?」


私は雑誌を受け取るとぱらぱらと中を捲っていく。特に変わったところは見られない。

「この夏、大人になっちゃおう」なんていう少しエッチな特集記事があって、その私たちには早すぎる結構生々しい内容に、思わず赤面してしまった。


「ちょっと、なんて記事読んでるの。違うから、そこじゃない」


光紗ちゃんは慌ててそのページを閉じてしまった。あとでこっそり読もう。


「見てほしいのはここ、この雑誌の刊行日をよく見てよ」

 

そう言って背表紙に書かれている、小さい字を指さした。

 見ると七月七日発行と書かれている。夏のファッション特集の雑誌なんだから、当然そのころの本だろうと思う。それがどうかしたのだろうか?


「見たところ変なところはないけど? わかんない。どこがおかしいの?」


答えがわからず光紗ちゃんに雑誌を返す。すると光紗ちゃんは床に座り込んでしまった。


「ねえ、私たちもう帰れないってなったらどうする?」


沈んだ表情で私を見上げながら、そんなことを言っている。


「まだ完全に帰れないって決まったわけでもないんでしょ?」


今更帰れないと言われても気にしない。私は、もう帰るのは半分諦めてはいる。

宇宙人のせいなのか、神様のいたずらかはわからないけど、返してくれる気があるならこんな危ない環境に私たちを置かないと思う。きっと、私たちは生きて地球には戻れない。


「正直もう帰れないなら仕方ないかなって。私もう諦める」


もし、死ぬ時が来たらせめて最後は光紗ちゃんと一緒にいたい。


「この雑誌の日付、私たちがここに来た日のほぼ二年後よ。戻ってもあの日から相当な日にちが経ってるみたい。元の生活には、多分戻れないと思う」


その言葉にもう一度雑誌の日付を確認して見る。

確かにあの日からほぼ二年後の日付が書かれていた。


「この星と地球じゃ時間の流れが違うのかもしれない。この星の数日が地球の数年だったら、私たちたとえ帰れたとしても、知ってる人たちはもう……」


その言葉の先は私でももうわかる。多分もう誰もいなくなっている。この数日で地球では二年近くたっているというのなら、もう帰ったとしても私たちに元の生活は戻ってこない。

良くて数年、場合によっては何十年も前の人間が突然、当時のまま戻ってきたらパニックになると思う。

下手をすると、どこかの研究施設で実験体にされてしまうかもしれない……


「ここまで調べて考えてみた限り、この家は昨日光ったときにこの星にやってきたんじゃないかな。そうじゃなきゃ花も林檎も萎れてたと思うから」


何とか聞き取れるほどの儚い声で光紗ちゃんはそう言った。


「なら、もうこの星で生きていくしかない、よね? 私は光紗ちゃんがいればそれでいいよ」


床に膝立ちになり、床にへたり込んでしまった最愛の人の体を抱きしめる。

涙があふれる、もう両親には会えないのだ。

仲の良かった、もう一人の親友にももう会えない。

食料も水もあと少し。この星でそう遠くない未来に私たちはたぶん、命を落とす。

それを悲しんでくれる人はもういないのだ。


「私も、もう朔良さえいてくれればいい。ごめんね、私があの日、星を見ようなんて誘ったせいで……」


光紗ちゃんも泣き出してしまった。そんなの誰のせいでもないって言ったはずだ。

しばらく二人で慰めあった。どうしても絶望感に苛まれる。

未来はもう見えている。いっそのこと、ここで二人で死んでしまってもいいかなとも思う。

でも、私に光紗ちゃんを手にかけることなんて絶対できない。死なせたくもない。

死ねないなら生きるしかない。だから、いつまでもこうしてても仕方ない。

しばらく泣いて、私も光紗ちゃんも少しだけ落ち着いてきた。


「厚手のコートは借りていこう。外は寒いしね。今度は妹さんの部屋を探そう?」


泣いて赤くなった目を拭い、光紗ちゃんはよろよろと立ち上がった。それに頷いて私も隣の部屋に移動する。今度の部屋は全体的に可愛らしい。ぬいぐるみやハーバリウムなんかが机の上に飾られている。少女漫画なんかも棚にいくつか並んでいる。いかにも女の子の部屋って感じだ。


「この部屋の子は私たちと変わらない歳みたいね。服をいくつか借りましょう?」


チェストには夏物しか入ってなかったのでクローゼットの方からいくつか服を見繕って使わせてもらう。借りるつもりだったけど、いくつか買いとらせてもらうことにした。


「さすがに、洗ってあるとはいえ、他人の下着を身に着けるのは少し抵抗あるよね?」

「そうだね。洗って返すにしても、私たちが使ったのを戻すのもどうかと思う」


 光紗ちゃんが考え込む。その後、探したら数枚だけど新品の下着も出てきたので、それを使わせてもらうことにした。これも買い取らせてもらう。


「なんで、なんで私に合うのがないの……」


 光紗ちゃんは見つけた下着の上部分を自分の胸に当ててうなだれた。

調べて分かったのだけど、妹ちゃんは私たちより年下だった。それでも新品で出てきた下着のサイズは下は大丈夫だけど、上の方は光紗ちゃんには少し大きかったらしい。

胸部格差だとか、なんで育たないの、とか部屋にあった鏡の前でつぶやいている。


「ま、まあまあ。これで服も手に入ったし、着替えて今着てるのは洗っちゃおうよ」


 私がそう言うと、私の胸のあたりをしばらくにらんだ後に頷いた。

 洗濯するには水を入れる容器がいる。それに洗剤も欲しい。

一階に戻って調べると、お風呂場と脱衣所でそれぞれ見つけることができた。

この後は、体をタオルで拭いて、そのあとはお洗濯だね。

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