第22話

女子更衣室の前に着いた。

「ここよ」

 影草さんは女子更衣室のドアを叩いた。

「……はい」

 何を見せてくれるのだろう。色々と不安になってきた。

 影草さんは女子更衣室のドアを開けて、中に入った。

「入りなさい」

 影草さんが女子更衣室の中から手招きしてきた。

「は、入っていいんですか?男ですよ、僕」

「いいのよ。女性の私が良いって言ってるんだから」

「わ、分かりました」

 僕は女子更衣室に入った。

 人生で初めて女子更衣室に入った。男子更衣室の汗臭さと違い、女子更衣室はいい匂いがする。なんで、同じ人間なのに性別が変わるだけでこんなに違うのだろうか。いや、そんな事は今はどうでもいい。

「こっちよ」

 影草さんは誰かのロッカーの前で立っている。

 僕は影草さんのもとへ向かう。

 ロッカーには「未明莉乃」と書かれたネームプレートが貼られている。

「り、莉乃姉のロッカー」

「そう」

「莉乃姉のロッカーがどうしたんですか?」

 ロッカーの表面には何もない。中に何かあるのか。

「これを見なさい」

 影草さんは莉乃姉のロッカーを開けた。ロッカーの窓の裏面にはラミネートされた絵が貼れていた。この風景画ってたしか。

「……莉乃姉が小さい頃に書いた絵」

「そうよ。貴方が褒めてくれた絵。絵描きになろうと決めた絵だそうよ」

「……莉乃姉が言っていた誰かさんって、僕の事だったのか」

 僕の一言で絵描きになろうとしただなんて。莉乃姉の人生のきっかけになっていたのか、僕は。

「あの子は毎日、任務の前にはこの絵を見るの。この絵を見たら必ず任務が成功するって願懸けのように」

「……そうですか」

「巌谷君、貴方は自分に自信がないんでしょ」

「……そ、それは。そうです」

「何に対しての自信がないの?」

「……創作とかです」

「そっか。でも、未明さんを誰よりも好きな自信はあるでしょ」

「……それは」

 その事については譲れない。譲っちゃいけないんだ。

「答えられないの?」

「……えーっと」

 声に出せ。それだけでいいんだ。それをするだけでいいんだ。

「答えなさい」

「……莉乃姉の事が好きなのは誰よりも自信があります」

 僕は力強く言った。顔が無茶苦茶熱い。

「ハハハ。こっちが照れるぐらい自信満々ね」

 影草さんは笑いながら言った。

「え、あ、それは」

 笑わないでほしい。急に恥ずかしくなってきたじゃないか。

「ハハハ、ごめんなさい。……でもね。それでいいのよ」

「え?」

「巌谷君。君はね。大事な事を勘違いしている」

 影草さんは真剣な表情に変わった。

「……大事な事?なんですか?」

「創作は人生の一部分でしかないの。創作活動だけが貴方の存在意義を証明するものじゃない。貴方の日頃の行い、言動、生き様などが相まって存在意義になるの」

「……存在意義ですか」

 僕は僕の視点でしか僕を見れていなかったのか。

「私も貴方の他人の為に頑張れる才能は羨ましいし尊敬してる。これは噓じゃない。本音よ」

「……影草さんが僕の事を尊敬しているんですか?」

「そう言ったじゃない」

 影草さんは優しく微笑んでくれた。

「……はい」

「だから、落ち込まない。巌谷賢は素敵な男よ。私はそう思ってる。未明さんも思っていると思う」

「……影草さんも莉乃姉もですか」

「そうよ。貴方は特別で最高よ」

 こんなふうに言ってくれる人が僕の傍には居る。それが嬉しくてたまらない。

 僕は恵まれているな。あれ、目の奥が熱くなってきた。そして、視界が滲んできた。

「もう泣かないの」

「すいません」

 僕は腕で涙を拭う。

「謝らなくていい。もう、頑張れるでしょ」

「……はい。頑張れます」

「その言葉を聞けて安心したわ」

「はい。すいません」

「謝らない」

「すい……謝りません」

「よろしい。だから、私達の為に頑張って。丹波がこのままで終わるはずがないんだから」

「……はい!影草さんや莉乃姉や創護社の人達、町の住人達の為に戦います」

 僕は決意を込めて断言した。これで後戻りも弱音も吐けない。

「顔が変わった。かっこよくなった。頼むわよ」

 影草さんは僕の背中を叩いた。

「任せてください」

「よし。それじゃ、丹波達が何かを起こすまでは待機しておきなさい」

「分かりました」

「出るわよ」

 僕は頷いた。

 影草さんは莉乃姉のロッカーを閉めて、女子更衣室から出た。

 僕はその後に続くように女子更衣室から出る。

 影草さんが突然立ち止まり、振り向いてきた。

「どうかしたんですか?」

「今さっきの事は内緒よ。2人だけの秘密ね」

「あ、はい」

 言えるはずがない。それに言えば色々と問題になってしまう。

「絶対よ」

「分かってますよ。まず僕が女子更衣室に入った事だけでも問題なのに」

「そうね。分かっているならいいの」

 影草さんの声が上擦っている。それに顔がどんどん赤くなっている気がする。

「……じゃあ、指示が出るまで待機してます」

「えぇ。じゃあね」

 影草さんはそそくさと去っていた。

 どうかしたのだろうか。まぁ、聞かない方が無難だろ。

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