第15話

19時40分。

 町はライトアップされて綺麗だ。

 北エリアから中央エリアに進んでいる妖怪達に観光客や町の人々は恐れる事無く、むしろ楽しんで見ているような気がする。きっと、想蘇祭のパレードか何かと勘違いしているのだろう。

 僕と莉乃姉はそんな光景を実像化したドラゴンの背中に乗って見ながら、北エリアの妖怪達が出現しているポイントに向かっていた。

「巌谷、聞こえるか」

 耳に付けているインカムから丈一さんの声が聞こえる。

「はい。聞こえてます」

 僕は隣で飛行している巨大な鷹に視線を向ける。巨大な鷹の背には錦木兄弟が乗っている。

「今回の事件は出来るだけ早く終わらせたい。観光客や住人に事件だとばれる前に」

「はい。そうですね」

「だから、癪だがお前に頼みたい事がある」

「な、何ですか?」

 癪って言う必要はあったのか。まぁ、まだ完全に認められているわけじゃないし、先輩だから聞かなかった事にしよう。

「俺が騎士を20体と巨大な蜘蛛を一体実像化させる。騎士達には銃火器を無効化、蜘蛛は糸を鉄に強化させてくれ。出来るな」

 丈一さんの神創具、神打盤の能力は同時に複数の実像化が出来る。僕らも頑張れば、3体ぐらいまでは同時に実像化できる。しかし、丈一さんの場合は数十、いや、数百単位で実像化できる。桁が違い過ぎる。

「出来るなと言うよりするしかないんですよね」

 無茶を言うな、この人は。でも、無理ですとは言えない。まだ何も作品を完成させていない僕はこうやって認められるしか方法はない。

「分かってるじゃないか。その通りだ」

「分かりました。実像化するタイミングを教えてください」

「あぁ。その時は指示を出す」

「お願いします」

 インカムから声が聞こえなくなった。

「錦木兄から?」

 莉乃姉が訊ねてくる。

「うん。丈一さんが複数の騎士と巨大な蜘蛛を実像化するから、その能力の付与と強化を頼まれたんだ」

「無茶言うね。あのナルシストボウヤ」

「まぁね。でも、ナルシストボウヤは酷くない?」

 錦木家は金持ちだけどさ、言い方が酷い気がする。

「いいじゃん。事実なんだし」

「う、うん……」

 これは本人には言わないでおこう。この前のシスコンナルシストの時もだいぶ傷つかれていたし。それに僕の勘違いでなければ丈一さんは莉乃姉に好意がある。だって、丈一さんが莉乃姉に色々とアプローチをしている所を何度も見た事があるから。まぁ、莉乃姉はそのアプローチをことごとく断っているが。

 妖怪達が出現しているポイントの噴水がある広場に着いた。

「あれじゃない」

 莉乃姉は広場中央の噴水の方を指差した。

「うん。そうだね」

 広場中央にある噴水の前には丹波の手下達が数人居た。手には拳銃やバットなどを持っている。正面から立ち向かえば、命の危険がある。そして、地面には黒塗りの巻物が開いて置かれている。その絵巻から妖怪達が現れている。きっと、あれが百鬼夜行絵巻なのだろう。よくも、大切な品を地面に置きやがって。許せないな。

 ……ちょっと待てよ。丹波の姿が見当たらない。どこに居るんだ。いや、今回の僕らの任務は百鬼夜行絵巻の回収。丹波を捕まえる事じゃない。だから、そっちに意識を向けたら駄目だ。

「巌谷、今から実像化を始める。俺が今だと言ったら騎士達の能力付与を。そして、次と言ったら蜘蛛の強化を頼む」

 インカムから丈一さんの声が聞こえる。

「了解です」

 錦木兄弟が乗っている巨大な鷹の方に視線を送る。

 丈一さんが実像化の準備しているみたいだ。

「……今だ」

 錦木兄弟が乗る巨大な鷹から20体の西洋の銀色の甲冑を身に纏った騎士が広場に向かって落ちていく。

「了解」

 僕は筆で下降していく騎士達を円で囲む。その後、空気中に「銃火器無効」と書く。すると、

騎士達の鎧の色が銀色から金色の変わっていく。

「次だ」

 インカムから丈一さんの声が聞こえる。

 錦木兄弟が乗る巨大な鷹から大型の蜘蛛が地面に向かって落下していく。

「任せてください」

 僕は落下していく巨大な蜘蛛に筆先を向ける。そして、空気中に「糸を鉄に強化」と書く。

 蜘蛛の体が機械的に変わっていく。

「おい、敵襲だ」

「なんだよ。騎士に蜘蛛って」

「絶対に百鬼夜行絵巻を奪われるな」

 広場の噴水前に居る丹波の手下達は丈一さんが実像化した騎士達と蜘蛛と交戦している。

 丈一さんが実像化した騎士達と蜘蛛が優位に立っている。丹波の手下達は意思疎通が取れずに混乱している。

「よくやった。あとは百鬼夜行絵巻の回収だ」

「はい」

 インカムの通信が切れた。

「莉乃姉、バリアーを張って」

「了解」

 莉乃姉は目を閉じて、神繕筆を右手で握っている。バリアーをイメージしているのだろう。

 莉乃姉は目を開けて、神繕筆で空気中にバリアーと書いた。僕らの周りにはバリアーが出現した。これで敵からの攻撃を気にしなくてすむ。

「バリアー完成」

「ありがとう。ドラゴン、百鬼夜行絵巻を回収する為に下降してくれ」

 ドラゴンが吠え、百鬼夜行絵巻に向かって下降していく。

 僕と莉乃姉は振り落とされないように必死にドラゴンの背中を握る。

 重力が凄い。……あ、あれだな。ドラゴン以外で安全な空中の移動が出来るものを実像化した方がいいな。そうじゃないと、身体が持たない気がする。でも、どんな生き物か乗り物を実像化させればいいんだ。いや、今はそんな事考えている場合じゃない。

 ドラゴンが広場の噴水前の着陸した。その際に起こった風圧で丹波の手下の数人が吹き飛んでいった。

 その吹き飛んだ手下達を丈一さんが実像化させた蜘蛛の糸で捕獲する。

 百鬼夜行絵巻は吹き飛ばされずにそのままの状態で地面にある。

 丹波達の手下達は丈一さんが実像化した騎士達によって制圧され、誰も動けそうにない。

「莉乃姉、バリアーを解除して。もう襲われる恐れはなさそうだから」

「了解」

 僕と莉乃姉を囲んでいたバリアーが消えた。

「丈一さん。百鬼夜行絵巻を回収します」

 僕はインカムのスイッチを押しながら言った。

「頼んだ」

「了解です」

 僕はインカムのスイッチから手を離した。その後、ドラゴンの背中から降りて、黒改された

百鬼夜行絵巻を回収した。あとは正常化と黒現化した妖怪達を捕まるだけだ。

 それにしても、丹波はなぜ姿を見せなかったのだろうか。これはもしかして、囮だったのか。

いや、僕の考えすぎか。


20時30分。

 僕と莉乃姉と錦木兄弟は百鬼夜行絵巻の正常化させ、捕らえた丹波の手下達を地下5階にある牢屋に入れた事を影草さんに報告する為にテイルダイバー司令室に向かっていた。

 疲労感をとてつもなく感じる。それに丹波を捕まえていないから、また事件が起こるのでは

ないかと言う不安が脳裏を過ぎる。任務を終えたと言うのにあまり達成感がしない。

 テイルダイバー司令室のドアが自動で開く。

 僕ら四人はテイルダイバー指令室の中に入り、影草さんのもとへ向かう。

「任務完了しました」

 丈一さんが報告する。

「お疲れ様。百鬼夜行の正常化は確認したわ。これから捕らえた手下達から丹波についての情報を聞き出す。四人はこれで今日は終わり。家に帰って、明日に備えて休憩して」

 影草さんは僕らに優しく言った。

「了解です」

 僕ら四人は返事をする。

 丹波を早く捕らえないと。想蘇祭を無事に終えさせるためにも、そして、創世樹を守る為にも。

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