第3話

僕と莉乃姉はテイルダイバー司令室に向かっていた。僕は正常な状態に戻した「オズの魔法使い」と「ピノッキオの冒険」を手に持っている。

 テイルダイバー司令室がある10階に着いた。10階にはテイルダイバー司令室以外はない。

 僕と莉乃姉はテイルダイバー司令室の前に着いた。

 テイルダイバー司令室のドアが自動で開く。

 僕と莉乃姉はテイルダイバー司令室の中に入る。

 テイルダイバー司令室の中には女性オペレーターの方々と指令長席の前に立つ僕らの上官に当たる影草杏(かげくさあん)さんが居た。普段なら影草さんと同じ長官クラスの人達は3人居る。けれど、最近。日本全体で黒現具によって引き起こされる事件が多発しているせいで殆どの人が町から出払っている。

 影草さんは僕らの方に視線を向ける。

「お疲れ様。お二人共」

 影草さんが優しい言葉をかけてくれた。

 上品な顔立ち、テイルダイバーの制服の上からでも分かる程に豊満なバスト。杏色の髪色のポニーテール。22歳と言う若さでテイルダイバー上官に選ばれる頭脳と統率力と実力を兼ね備える天才。そして、何よりも凄いのが何でも包み込んでくれるような包容力。まぁ、怒った時はこの世の終わりぐらい怖いけど。

「任務無事終えました」

 莉乃姉は影草さんに敬礼して報告した。

 あ、これは周りが居る時の振舞い方だ。ここで文句を言うと、自分の身が危ない。だから、変な事を言うのは控えておこう。

「同じく任務終えました。この2冊が正常化した「オズの魔法使い」と「ピノッキオの冒険」です」

 僕は影草さんに正常化した「オズの魔法使い」と「ピノッキオの冒険」を手渡す。

「たしかに受け取ったわ」

 影草さんは正常化した「オズの魔法使い」と「ピノッキオの冒険」を受け取って、表紙を確認した。

「その2冊を黒改した犯人はどうなってるんですか?」

「現在捜索中よ。まぁ、時間の問題ね。すぐに見つかるわ」

「……そうですか」

 この街から脱走する手段は限られているから、脱走ルートを押さえれば見つかるだろう。

「それじゃ、今日のテイルダイバーとしての任務は終わり。あがっていいわ」

「お疲れです」

 莉乃姉は軽く頭を下げた。

「お疲れ様です」

 僕は深く頭を下げる。

「賢君。時間大丈夫?」

「……時間?」

 僕は腕時計で時間を確認する。13時55分。

「あぁ! やばい。記憶保存課に行ってきます」

 テイルダイバー以外に与えられた職務の一つだ。開始時間は14時。場所は創護社地下一階。

完全に余裕をぶっこいでいた。

「私からテイルダイバーの仕事があったから遅れるって伝えるけど」

 影草さんが提案してくれた。

「だ、大丈夫です。全力で向かえば間に合うので」

「そう。それならいいんだけど」

「はい。なので失礼します」

 テイルダイバー司令室から出て行く為に全速力でドアの方へ向かう。

 ドアが自動で開く。

「ちょい待ち」

 莉乃姉が呼び止めて来た。

「なんだよ」

 僕は振り向いて、莉乃姉に訊ねた。

 こっちは急いでいるんだぞ。時間は待ってくれないのは人間誰しもが知っていることだろ。

「明日の約束守りなさいよ」

「わ、分かってるよ。夢幻学園の莉乃姉のアトリエに行けばいいんだろ」

 何をするかは聞かされていない。まぁ、絵に関して何かを手伝わされるんだろう。

「そう。覚えてるならいい。早く行きなさい。遅刻するわよ」

「お、おい。呼び止めたのはそっちだろ。でも、事実だから行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 莉乃姉は手を振ってくる。

 僕はテイルダイバー司令室を後にして、地下一階へ向かう。

 間に合うか。間に合わないか。どっちだろう。いや、間に合うと思えば間に合う。

 

 14時10分。

 創護社地下一階、記憶保存課。

 部屋中に世界各国から送られて来た小説や漫画などが絶妙なバランスで積まれている。

 僕ら記憶保存課に所属する人は積まれている本を読み、記憶する。一言一句逃さずに。だから、この課に所属する人間は全員完全記憶能力の持ち主。そうじゃないと、この仕事は勤まれない。

 僕と同じようにみんなは黙々と本を記憶している。

 記憶保存課は創作物の黒改が進んだ際に必要になる。黒改が進んだ創作物が正しいものと世界に認識され始めると、僕ら以外の人達の記憶自体が改変されてしまう。それにデーターさえも改ざんされていく。

 改変された記憶を持ったテイルダイバーでは創作物を正常に戻す事ができない。だから、記憶を決して忘れる事ができない僕らが創作物を記憶しないといけない。

 始業時間の14時に間に合ったが、今日届いた本は普段よりも多い。それにあと数日もすれば想蘇祭(そうそさい)がある。想蘇祭の期間はパトロールの任に就かないといけないから、記憶保存の業務ができない。だから、今まで溜まっている分も消化しないといけない。

 本はゆっくり読みたいが仕事だから仕方が無い。

 僕は読み終えた本を置き、新しい本を手に取り、速読していく。

 現在で3冊目だ。ノルマの100冊にはまだ程遠い。でも、やりきらないといけない。物語を守る為には。人類を守る為には。

 

 18時22分。御伽町北西エリア。

 7月後半だからこの時間帯でもまだまだ空は茜色だ。

 それにしても疲れた。さすがに速読でも100冊の本を読むのは疲れる。

 僕は自分の住んでいる寮に向かっていた。

 北西エリアの町並みは他の一般的な町と変わらない。家やマンションやスーパーやデパートがある。北西エリアだけが御伽町でただ唯一現実感がある町。

「おーい。賢君」

 どこからか声が聞こえる。

 僕は周りを見渡す。すると、古本屋「さざらん」の店先で店長・神田長春(かんだながはる)さんが手招きしているのが視界に入った。 

「あ、どうも。神田さん」

 僕は神田さんのもとへ駆け寄る。

 店先には古本が何冊も入った籠が置かれている。店の窓には想蘇祭のポスターが貼られている。

「今日の仕事は終わりかい」

 神田さん、また白髪が増えている。それにちょっと太ったな。まぁ、言わないけど。

「はい。終わりました」

「そうかい。そうかい。お疲れだね」

「仕事ですから」

「真面目だね。そうだ。君が嬉しがる情報を教えてあげよう」

「情報?」

 僕が嬉しがる情報?なんだろう。

「夢降る町が販売されるんだ。それも西条誠先生のサイン付きでね」

「ほ、本当ですか?その情報」

 ゆ、夢降る町。僕が世界一好きな本で小説家を目指すきっかけになった本。

「あぁ。おじさんの情報網を舐めたらあかん」

「でも、なんで今頃。去年までも再販する機会はあったはず」

 本自体は30年前に絶版になっている。僕が読めたのは読書好きの父親が僕に本をくれたからだ。それに想蘇祭は著者がOKを出せば再販される。想蘇祭は今年で100年目。今までの間OKを出さなかった理由が分からない。

「それは分からん。気が向いたんじゃないか」

 おいおいおい。なんだそれは。

「そこは適当ですね」

「分からんもんは分からんからな」

「……それはそうですけど」

 なんと言うか、この人は正直な人だな。

「まぁ、発売されるんだから、それでいいじゃないか」

「そうですね。その通りです」

「だろ」

「はい。絶対に手に入れてみせます」

「おう。その意気だ。……あ、そうだ」

 神田さんは何かを思い出したようだ。

「次はなんですか?」

「ちょっとそこで待っててくれ」

「何かあるんですか」

「まぁ、ちょっと待っとけ」

「……は、はい」

 神田さんは店内へ入って行く。

 ……自由だな。この人は本当に。まぁ、憎めないし、いい人だからいいんだけど。

 数十秒も経たない内に神田さんは紙袋を持って、店から出て来た。

「ほれ。やる」

 神田さんは紙袋を手渡してきた。

「あ、ありがとうございます」

 僕は紙袋を受け取った。紙袋の中には大量の古本が入っている。

「あんまり手に入らない作品ばっかりなんだぞ。大事にしてよね」

 なぜ、急にツンデレ口調。さすがに神田さんが言ったらきついものがある。まぁ、火傷したくないからつっこまない。

「だ、大事にします。でも、なんで僕に」

「簡単だよ。お前さんならこの本達を大事にしてくれるって分かるからだよ。変な奴に買われて、雑に扱われたり、お金の為に利用されるのが嫌なんだよ」

「……嬉しいです」

 こんなふうに褒められるなんて初めてだ。ちょっと、いや、だいぶ嬉しい。顔がにやついていないか心配だ。

「お前さんの事気に入っているんだぞ。わしは」

「……ありがとうございます」

「また来てくれや。いい本が入ったら教えてやるからな」

「はい。必ず来ます」

「おう。ほな。また」

 神田さんは微笑んで、僕の肩を軽く叩いた。そして、店内に入って行く。

「ありがとうございます。大事に読ませていただきます」

 神田さんは振り返らず、手を上げて、サムズアップした。

 こうやって、僕の事を気に掛けてくれる人がいるのが嬉しい。もっと、頑張らないといけないと思う。頑張って認められるようになれば、気に掛けてくれている人達も喜んでくれるはずだ。気合を入れて、作品を作らないと。

 

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