第2話

狭間駅を経由して、常泉街に着いた。

 のっぺらぼう、火車、魚人など、人ではない者達が歩いている。

 空はなく、天気もない。天井に人工の太陽があるだけ。

 台湾や韓国などの繁華街に近い街並み。店の店頭に並んでいるものは地上ではまず見ない奇形な食べ物ばかり。決して、不味くはないが。

 かなり走ってきたせいで、気分が悪い。今にでも吐きそうだ。けれど、走って、葛葉さんの居る事務所に向かわなければいけない。

 深呼吸をして、息を整える。そして、気合を入れる為に両手で頬を叩く。

 ジーンと痛みがする。よし、これで気合が入った。

 俺は走って、事務所に向かう。

 この街の住人は殆どの者がマイペースだ。寝たい時に寝て、ご飯を食べたい時に食べる。時間と言う概念がない。寿命が人の何千倍もあるから仕方がない。

 この街に居る人間は俺と明衣だけ。

 幼い頃に狭間駅に捨てられた俺達を葛葉さんが拾ってくれた。そして、常泉街で育てられた。

 事務所が入っているビルの前に着いた。

 事務所の入っているビルは三階建て。他の建物とは違いコンクリート造り。街中では異質な建物。

 三階の窓には「オモイバト事務所」と白いペンキで書かれている。

 俺はビルの中に入り、階段を上って、三階に向かう。

 三階に着いた。目の前には「オモイバト事務所」と書かれたドアがある。

 ドアを開けて、事務所の中に入る。

 手前にはブラウンのソファが向かい合うように置かれており、その間にはテーブルがある。左側のソファには明衣が座っている。明衣は首に木製のカメラをかけている。

 明衣は入って来た俺を睨んでいる。

「遅い。晴羽」

 明衣は偉そうに言った。

 また髪型変えたな。この前会った時は朱色のツインテールだったのに。今日はセミロングに変わっている。

「うるせぇ」

「なによ。お姉ちゃんに向かって」

「俺が兄貴だ」

「いや、私がお姉ちゃんよ」

「違うね。俺が兄貴だ」

 出生時間が分からないからどっちが上か下かでもめる。まぁ、十中八九俺が兄貴だろうがな。

「二人ともうるさいぞ。呪うぞ」

 部屋の奥に置かれているビジネスデスクの前の椅子に腰掛けている葛葉さんが言った。

 葛葉さんの頭部に生えている狐の耳が尖っている。これは怒っているサインだ。早く謝らないと本当に呪われてしまう。

「すいません」

「ごめんなさい」

「分かればいい」

 葛葉さんの狐の耳が普通の状態に戻った。もう怒っていないようだ。ちょっと安心した。

 葛葉さんは人間ではない。狐の妖人(あやかしびと)なのだ。人間界に行く事もある為、人間の姿に化けている。こっちの世界では人間が俺と明衣しかいないため、狐の耳を出している。狐の耳を隠すのは結構な力が必要らしい。そこは良く分からないが。

「今日も着物も羽織りも最高っすね」

 葛葉さんのご機嫌を取る為に青色の着物と、紫色の羽織りを褒めた。

「ありがとう。それじゃ、仕事の話をするぞ。ソファに座れ」

 葛葉さんは少し顔を緩めたが、一瞬で仕事モードの顔になった。

「はい」

 俺は明衣の座っているソファの向かい側のソファに座った。

「今回はこの堕魂(だこん)の持ち主を探してほしい」

 葛葉さんは椅子から立ち上がり、こちらへやって来て、テーブルの上に堕魂を置いた。

 堕魂は雫の形をしている。間違って狭間駅に降りた霊体の記憶と感情の塊。

 霊体がまだやり残した事を成し遂げようと地上に向かう時に霊体から魂が抜ける。その魂が堕魂になり、常泉街に落ちる。

「分かりました。霊殻(れいかく)の方は見つかってるんですか?」

 霊殻。魂が抜けた霊体の事を言う。地上で彷徨い、生きている人間の生気を吸ったりする。だから、そのままにしておくのは危険。

「それは大丈夫。もう検討はついてる」

 明衣は写真を置いた。

 写真には白装束を着た男性の姿が人混みの中に映っている。写真の風景から見て、定食屋の近くぐらいだな。

「くっきり映ってるな」

「私の腕が上がったって事よ」

 明衣は自慢げに言った。霊殻は明衣が首にかけている木製のカメラでしか撮る事ができない。

「はいはい」

「なによ。その反応」

 明衣は顔をムスッとしている。

 あー褒めないといけないか。めんどくさいな。

「いや、明衣のカメラの腕ならこれぐらい普通だと思ったから」

「よ、よく分かってるじゃない」

 明衣の機嫌は普通に戻った。

「晴羽。この堕魂に触れて、その持ち主がどんなものか探ってくれ」

「了解です」

 俺は堕魂に触れ、目を閉じる。

 堕魂に入っている記憶の光景が見えてくる。

 舞台から客席を見ている。オーディションに落ちて落ち込みながら歩いている。美味しそうなご飯を食べている。顔ははっきりしないが母親らしき人と喧嘩している。夜行バスが崖から落ちて地面に落下していく。

 俺はゆっくり目を開けた。

「どうだった?」

「この人はきっと生前演劇をしていた人だと思います。それとご飯を食べるのが好きだったようです」

「……そうか。俳優と言うやつか」

「はい。そうだと思います」

「それじゃ、晴羽は地上で霊殻を探せ。演劇にまつわる場所に現れるはずだ。霊殻を見つけ次第連絡しろ。明衣に持って行かせる」

 霊殻はやり切れなかった夢などが関連する場所へ行く事が多い。

「了解しました」

「分かりました。出来るだけ早く探しなさいよ」

「分かってるよ。それじゃ、行ってきます」

 俺はソファから立ち上がり、ドアを開けて、外に出た。

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