第29話 デェト(5)


 本を大量に買っていただき、しかもその本を全部ヒョイっと抱えて隣を歩いてくれる。

 自分で持つと言ったけれど『思考共有』で『自分は軍人だから』と風呂敷に入れた本を軽々と持ち去られた。

 し、紳士的……!

 容姿もいいのに公務員で収入も二重丸で、しかも家柄もいいのに性格までいいなんてヤバくない?

 そんな姿にも胸がキュッてなった。

 これは胸キュンってやつだ。

 なんかだんだん、変な感じになってきたんだよなぁ。

 前の婚約相手は俺には最初からまっったく興味もなく――まあ俺もまっっっったく興味なかったんだけど――二人でどこかに出かけるどころか学校でも接触すらしなかった。

 俺との婚約が決まった時点で股ゆる女にどっぷりだったからな、あいつ。

 だから、なんかこう、心と同じ性別の“男”に……その隣に心地よさを感じる。

 胸が高鳴るってなんか、変な感覚。

 あれかな? 友達的なもんかな? これ?

 

「きゃあああああ! ひったくりぃ!」

「「!!」」

 

 左の人込みからそんな悲鳴が聞こえてきて、そっちを見ると男が風呂敷包みを持ってこちら側に駆けてくる。

 倒れ込んでいるのはおばあちゃんじゃねーか!

 足腰弱くなったおばあさんを狙うなんて、ふてえ野郎め!!

 

「どけ――」

「ごるぅあああ! 卑怯な真似してんじゃねぇ!」

「はぁ!?」

 

 女だからって甘く見たんだろう。

 俺、鍵っ子で親父側の祖父母に預けられがちだったからお祖母ちゃんっ子だったわけよ。

 同年代のおばあちゃんを見るとお話ししたくなるくらいにはおばあちゃんは大事にしたい勢なのよ。

 そんなおばあちゃんに無体を働くなんて、万死に値するだろう!

 巾着で突進してきた男の顔面をぶっ叩く。

 勢いをつけすぎた男がギャグマンガみたいに片足を滑らせて倒れ込み、おばあちゃんから奪った風呂敷の中身をぶちまけた。

 中身は野菜。釜口の財布。布数枚。

 わかりやすく買い物帰りっぽい。

 

「痛ってぇ! このクソアマァ! ……ひぃぃい!?」

 

 上半身を起こした男の首の喉仏に、刀の切っ先が突きつけられる。

 町中でも帯刀を許されるのは、天道国軍軍人と一部の上級警察官だけだ。

 滉雅さんはもろに天道国軍人。

 その中でも常に禍妖かようと戦う討伐部隊。

 町の中でも禍妖かようが出ることもあるから仕方ない。

 そして一応、軍人にも逮捕権がある。

 

「強盗の現行犯で逮捕する。婦女暴行もつけられたいか?」

「ひ……ひい……す、すみません……」

 

 弱ぁ……。

 いや、刀突きつけられたら普通の人間はこうなるわな。

 すぐに笛の音が響き、警官が走ってくる。

 滉雅さんが簡単に事情を話し、被害者のおばあちゃんも周囲の人間も被害を証言してくれたので現行犯逮捕された男は縄をかけられてあっという間に連れていかれた。

 おばあちゃんにはペコペコお礼を言われたが、おばあちゃんの荷物が無事でよかったです。

 

「馬車に戻ろう」

「あ、は、はい」

 

 あとのことを警察官に任せて、俺と滉雅さんは馬車乗り場に。

 お待たせしてしまった御者さんに滉雅さんが「昼食代」と言ってお金を渡し、九条ノ護くじょうのご家本家に帰る。

 馬車の中は謎に沈黙。

 な、なんだ? 来た時と違って、空気がちょっとピリついている。

 

『肝が冷えた。君はなかなかに勇敢というか。後先考えないのだな』

「あ。…………すみません」

 

 確かに。

 ひったくり相手に巾着袋――しかも借り物――を投げつけるなんて、淑女のやることじゃぬぇーよなぁ!

 しかもあの時、咄嗟だったから“素”の言葉遣いが出てしまった。

 や、やばぁ……!!

 淑女らしくないって、婚約破棄になったりしませんか!?

 背筋に冷たい汗が流れる。

 緊張で体が固まって、思わず俯いてしまう。

 

『謝ることはないが、危険なことはしない方がいい。荒事に不慣れな者がやると怪我をする。俺はまだ、君を結城坂家より預かっている身。正直肝が冷えた。人のために無防備に怒り、行動できるのは素晴らしいことだと思う。だが、時にそういう行動で命を落とすこともある。その場合、近くにいた者は永遠に忘れることのできない傷として残る。どうか忘れないでほしい』

「……本当に申し訳ありません」

 

 言葉というか、渋い表情に色々なものが詰まっていた。

 目の前で人が亡くなった経験が……ある人の言葉だ。

 もしも滉雅さんがいなくて、あの犯人が刃物を持っていたら、俺は死んでいたかもしれなかったんだ。

 今さらながらじわじわとその事実に実感が湧いてきて、怖くなってきた。

 

『いや……さっきのような、女性らしからぬ口調も態度も、君に会う度に感じていた違和感の正体と思えば可愛らしくも感じる。俺の前では取り繕う必要はない』

「え……」

『俺はその……姉が四人もいて、女性が苦手なのだが……君にはあまりそういう苦手な感覚を感じなかった。その理由がそういう部分なのならば、俺としては隠されるよりさらけ出して接してくれた方がありがたい』

 

 肩から力が抜ける。

 ずっと、二度と日の目を見ることなどないと思っていた“俺”を見つけて、肯定してくれるって言うのか?

 俺……いてもいいのか?

 結城坂舞として、淑女として生きていくもんだと思っていたのに。

 

「きゅ、急に言われると、す、すぐには……」

「そうか」

「あの、でも……素の自分出してもいいって、言ってくれたの、ガチで嬉しい。あ、ありがとう……」

 

 恐る恐る見上げると、滉雅さんが目を細めた。

 ああ、マジで……俺の新しい婚約者、世界一イケメン確定じゃん!


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