第26話 悲願成就

 ジュースを飲み終わった後、オレは至福の時間を味わっていた。


「みんな、よくがんばったな。この短時間で見違えるほど上手くなったよ」


 そんなことを言いながら、よしよしと子どもたちの頭を撫でることに成功したのだ。


「まあな!」

「えっへん」

「当然ですわ」


 撫でられた子どもたちも満更でもなさそうな顔をしている。まさにWin-Winの関係である。


 その時、視界の半分が銀髪に占領された。フアナがオレに向けて頭を突き出したのだ。


「フアナ?」

「フアナもがんばった……」


 意図がわからず尋ねると、フアナがいじけたように言う。


 ひょっとして、撫でていいんだろうか?


 オレがフアナの頭を撫でる? そんな畏れ多いことを本当にしちゃっていいのか!? 


「いいのか?」

「いい」


 本人が言うならいいよね……。


「ゴクリ……ッ!」


 オレは生唾を飲み込むと、バクバクの心臓を抑えて、震えそうになる腕を必死に制御してフアナの頭を撫でた。


「ふぁ……」


 すごい。なんて良い触り心地なんだろう。まるでシルクのような柔らかい触り心地だ。さっきまで運動していたからか、ほんのり温かく、それが冬の日のお布団を連想させた。


 もう離したくはないほどだ。


「ん……」


 そっと耳に触れると、フアナの吐息が聞こえた。耳は意外にも柔らかく、ふわふわの毛で覆われている。いつまでも触っていたい……。


「ん、ふ……ぁ……」


 フアナが嫌がらないので、耳をふにふに弄り倒す。フアナは耳の内側を触られるのが弱いのか、ピクピクと肩を震わせていた。


 だが、どんなことにも終わりがくる。この至福の時間にも終わりがあった。


「お、おしまい……」

「ぁ……」


 フアナの耳が手をすり抜けて離れていく。もっとモフモフしたかった。



 ◇



 休憩も終わり、子どもたちがまた剣の稽古を始める。


「ばるたざーるは上手い」

「ん?」


 子どもたちが剣の稽古を始めるのを見ながら休んでいると、隣に座ったフアナが不意に呟いた。


「ばるたざーるは子どもたちと遊ぶのが上手い」

「そうかな?」

「フアナにはできない」

「オレは、フアナの方こそ子どもたちの扱いが上手いと感じたよ」

「うそ」

「嘘じゃないよ。あんな風に指導して、上手く子どもたちのやる気を引き出していた。オレにはできないことだ」

「そう?」

「そうだよ」

「お嬢! バルタザールも! 一緒にやろうぜ!」


 その時、子どもたちがオレたちの名を呼んだ。どうやらまだまだ遊びたいらしい。


「フアナはそのままでいいよ。無理に変わらなくていい」

「ん」

「今行くぞー!」


 オレは立ち上がると、木陰から出て広場へと歩く。もちろん、手には木の枝を持ってだ。


 しかし、木の枝は細いとはいえ折れない程度には太さがある。子どもたちは気にしていないが、当たるとそれなりに痛い。


「竹刀袋でも作ってやったら喜ぶかもな」


 オレは自分の心の中のやることリストにメモを残しながら、子どもたちの合流するのだった。


「次は負けねえぞ!」

「望むところだ!」



 ◇



「ん~……」

「おーよしよし! フアナは早起きできてえらいね!」

「ん」


 あの日から、オレはフアナを毎日欠かさずナデナデしていた。


 一度許されたからね。ジャンキーに一度許すと際限がなくなるのだ。そのいい例だね。


 まだ撫でる時ちょっと緊張するけど、頭を撫でるとフアナも気持ちよさそうだ。とくに耳が気持ちいいみたいだね。オレもモフモフできて至福の一時である。


「フアナ、ここに座って」

「ん」


 家の居間で、フアナを自分のあぐらの上に座らせると、頭を撫でながらモフモフする。


 ああぁ! モフニウムが補充されてくんじゃー!


 フアナの尻尾が、機嫌よさそうに立ってうねうね動いていた。


 尻尾も触りたい……!


 だが、オレは知っている。獣人族にとって尻尾を触ることの意味を。


 だから、どんなに魅力的に見えても、オレは事前に爆弾を回避できるのだ。


 教えてくれた兎のおじさんにかんしゃだな。


 そう言えば、兎のおじさんにお願いした米や小麦の生産はどうなっただろう?


 まだそんなに日は経ってないから進展は無さそうかな?


 たしか、実験的に育てて、上手くいったら会議に出して正式に作付けするとか言ってたけど、そうなるとやっぱ一年とか、二年とかかってくるよな?


 小麦は将来的には輸入ということもできるだろうが、米は難しいだろう。やっぱり、米は節約して食べよう。


 とはいえ、オレの作れる料理というのは、和食や洋食に偏っている。トウモロコシや芋を主食とした料理をオレは知識でしか知らない。


 だからついつい米や小麦を使ってしまうのだ。


 これからは、このウリンソンの食生活を研究しながら、自分のレシピの中に組み込んでいくことにしよう。


 ウリンソンの料理を勉強して、いつかウリンソンの食材だけを使ったオリジナル料理とかにも挑戦してみたい。


 相変わらず、やることが山積みだな。


 そのことになんだかうれしくなる。


 でもまぁ、今は――――。


「うりうりうりうり」

「んー」


 オレはフアナを全力でモフモフするのだった。

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