第2話 脱出の旅路
「殿下! お急ぎください!」
「わたくしはここに残ります! バルタザールのいない帝国軍など、恐るるに足りません!」
「なりません! フェリシエンヌ殿下はこの国の希望なのです! 今が千載一遇の好機なのですぞ!」
アルチュールがんばってフェリシエンヌを説得してくれ。
そんなことを思いながら、オレは兵士たちに手伝われながら鎧を外していく。帝国軍が本当に陣を下げたことが確認され、オレは武装解除した上で一先ず亡命者として扱われることになったのだ。
そして、亜人たちの国、ウリンソン連邦に行けることになったのだが、そこで問題が生じた。
一緒に行くはずのフェリシエンヌがウリンソン連邦行きを拒否したのだ。
どうやらオレが抜けたことで、帝国軍にも勝てると言っているみたいだ。
「フェリシエンヌ殿下、帝国軍は十万を超える大軍ですぞ! そして、我が方は三万にも満たない! 勝てたとしても、苦しい戦いになるでしょう」
アルチュールがフェリシエンヌに向けて悲壮感を滲ませて苦しげに叫ぶ。
「ですが、敵の主力であるバルタザールは――――」
「殿下、お耳を」
「なんですか?」
「失礼します。…………」
アルチュールの耳打ちを聞いて、フェリシエンヌは悔しげに顔を歪ませる。その顔はなんだか今にも泣き出しそうだった。
「ですので、殿下にはなんとしてもウリンソン連邦へ赴き、必ずや援軍を連れてきてください」
「アルチュール……」
「頼みましたぞ、フェリシエンヌ殿下」
「わかった……。だが、アルチュール! あなたが死ぬことは絶対に許しません! 約束ですよ」
「かしこまりました。さあ、すぐに殿下の旅支度を! 急げ!」
なんと言ったのかはわからないが、アルチュールはフェリシエンヌの説得に成功したようだな。
「バルタザール殿下、失礼ですがこちらを……」
「ああ」
着替えを手伝ってくれた兵士が手に持っていたのは、なんだかゴテゴテした手錠だった。鎖は三十センチほどと長く、そこまで不自由はしなそうだな。
これは、魔封じの手錠と呼ばれる物だ。これを着けると、魔力を手錠が吸収し、魔法の発動を阻害する。オレが本気で亡命を望んでいることを証明するために着けることを了承したマジックアイテムだ。
腕を揃えて出すと、兵士が粛々とオレに手錠を填める。
「完了です」
「うむ」
手錠を填められることはテンションが下がるが、これからオレは最推しの待つウリンソン連邦に行けるんだ!
待っててね、フアナちゃん!
◇
そんなわけでオレはフェリシエンヌと彼女のメイドであるエステルと一緒に夜闇に紛れるようにして城塞都市を抜け出した。
馬に乗っての逃避行である。
「まさか、本当に帝国が兵を引いてるなんて……」
隣を走る馬上から、フェリシエンヌの呟きが聞こえた。
「これで少しはオレを信じてくれたか?」
「黙りなさい。わたくしはあなたを信じることはない。魔封じの手錠を大人しく着けたのは意外だったけれど、その程度であなたの罪は消えはしないわ。せいぜいわたくしに殺されないように口を慎むことね」
「わかった……」
夜闇に光る青い瞳はオレへの大きな憎悪を放っていた。
あんまり無駄口をたたかない方がよさそうだな。
馬の手綱をギュッと握る。手錠は三十センチほどの鎖で余裕があるのであまり不自由はない。だが、戦闘になれば大きく動きを制限されることになる。まだレベルの低いフェリシエンヌに負けるつもりはないが、戦わないに越したことはない。
オレの目的はあくまで亡命だからな。
「ふんっ!」
フェリシエンヌが鼻を鳴らしてオレの前に出るように馬を走らせる。
フェリシエンヌを守るようにオレとフェリシエンヌの馬の間に馬を入れるエステル。彼女の鋭い黒い瞳が、オレを観察するように見ていた。
◇
城塞都市を脱出して三日目の昼。辺りに岩がゴロゴロ転がる山岳地帯。
オレたちはそこで昼休憩を取っていた。
オレは平気だけど、長時間馬に乗るというのはかなり疲れるのだ。馬も適度に休ませないと潰してしまうしね。
「エステル、ウリンソン連邦まであとどのくらいかしら?」
「あと二日ほどです、姫様」
仲良さそうに隣に座って一緒に乾パンを齧っているフェリシエンヌとエステル。オレは二人から少し離れた所でもそもそと乾パンを齧っていた。うまくない。
うまくないのはこの状況もそうだな。もう三日も一緒に旅をしているのに、フェリシエンヌとエステルはオレへの警戒を解こうとしない。
オレは何もする気はないんだがなぁ……。
「はぁ……」
そんなオレの溜息と呼応するように、地面が微かに揺れ始める。
これは、まさか!?
「あら?」
「地震でしょうか?」
「逃げるぞ!」
「あ、ちょ!?」
「何を!?」
暢気なことを言っているフェリシエンヌとエステルをお姫様抱っこするように担ぐと、オレは走り出す。
「バルタザール! 何のつもりで――――」
オレを咎めるフェリシエンヌの声を遮るように、それは轟音と共に現れた。
地面を割って大木のような柱が起立する。茶色い柱の先では一頭の馬が丸々吞み込まれていくところだった。
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