04
王都開発局本部。国中に支部があるが、全てここに技術が常に集約され、さらなる開発と研究が進められている。開発局の隣には全ての知識を集めたと言って過言ではない図書館が併設されており、かなり警備は頑丈そうである。もちろんだが、ここに集約されている本は全て、神殿のあの書庫にも同時に集められているとのことだった。
場所は大神殿から少し馬車で移動をした所にあった。時計がないから分からないが、静はそれほど遠くはない場所だというのをなんとなく感じていた。
「馬車よりも馬の方が早いのですが」
「ああ、それはそうだろうね」
フード付きのマントを脱ぐルイスは移動の間、馬車には乗らず御者として馬を見事に扱っていた。
見目の事があって、マントにフードと隠してはいるものの、何せ操っている馬車は神殿の物だ。ある意味でも目立ってしまうのに、御者まで自分でやるという徹底さに、静は感心するばかりだった。
「いやぁ、でっけぇなぁ。どんだけ金かかってんだ?」
「おい、その口を閉じろ」
「相当かかっているんじゃないかな? けど、もう少し声抑えたほうが良いよ」
静達の後ろの方で今回初めて会う騎士達三人の声が耳に届き、振り返り見る。
今回、この開発局に来たのは静達四人。侍女達四人にルイス。さらに護衛の騎士が三人となかなかの大所帯だった。
少々口の悪さが目立つ、三人の中で一番大きな体躯をしているカルロス。鋭い青い瞳に燃える炎のような赤い髪を持つ、なかなか派手な見目をしている印象だった。
派手で少々騒がしいカルロスの言葉を諫める銀の髪に青の瞳という、妙に既視感を覚える青年はクラウス。既視感を覚えたのは当然だった。というのも、あのエドヴィンの息子だと言うが、本人はあまり触れられたくはないようだった。
そして最後、物腰の柔らかそうというよりも少々軟派に見えなくもないギルバート。さらさらとした柔らかそうな金の髪、柔和な印象が伺える紺の瞳はただ見つめられるだけで甘さを感じてしまいそうだった。
そんな彼ら三人は、神殿の騎士ではなく、ランスロットが用意した深紅の騎士達である。少々癖が見え隠れしているが、ランスロットが選出しただけあって、実力は申し分ないとルイスが教えてくれた。
「悪い悪い。初めて来たところだったからよ……っと、真咲様。そう見つめるなって、照れるだろ?」
恐らく最初から気付いていたであろうに、今まさに気付いたと言わんばかりの反応をするカルロスに真咲は舌打ちを溢していた。
静は真咲が舌打ちするところなんて初めて見たが、その顔はこれでもかと不満を見せていた。
「見てんじゃなくて睨んでんのよ。ちょっとは騎士らしくしなさいよ」
「楽な方で良いって言ったの真咲様だろ? それともギルみたく、騎士っぽくなろうか?」
「止めて。気持ち悪い」
「ひっでぇ」
内容はともかく、二人の間で弾む会話は相当仲が良いのだろうと言うのが見て取れた。
何でも、城下町に落ちた真咲を迎えに行ったというのがあのカルロスであり、そして真咲のうっかりによる力で眠らせられたのだと最初の挨拶の時に本人から聞かされていた。
「ね、静。真咲とカルロスさん、すごく仲いいね」
耳元でこそこそと顔を近づけて話す伊織に、静はその通りだなと頷いた。奈緒もそこに加わり、顔を寄せてきた。
「ちなみに伊織から見て、二人ってどうなの?」
「えっとね……カルロスさんは、とても面白がっていて、真咲は……こう、猫のあのフギャーみたいな?」
「ああ、本当見ての通りなのね。そろそろ止めないとアリッサとディーヴァが困って可哀想ね。ギルバートさん、あの二人止めてもらえない?」
さすがにそろそろ止めなければと奈緒が近くにいたギルバートに声をかけるが、彼は少しばかり困ったような顔をしていた。
「構いませんが……真咲様は奈緒様がお止めになったほうがよろしいのでは?」
「ああ、確かにそうですね……。それともメルが行く?」
みゃっ。
「はいはい、いやなのね」
奈緒はメルを一度抱え直し、少し意気込んだ様子を見せ二人に突撃しに行った。その後を追うようにギルバートを続いていく。
「申し訳ありません、あの馬鹿が」
静と伊織がその様子を見届けていると、クラウスが呆れ半分、申し訳なさ半分と言ったように二人に謝罪をしてきた。
「気にしないで! ああ見えて真咲、結構楽しそうだから大丈夫!」
「……その様には見えないんですが、伊織様がそのように見えるのでしたらそうなのでしょうね」
「と言うか、真咲って分かりやすい方だからよく見なくても分かるよ。ね、静」
「あー……。うん、何となく」
喧嘩するほど仲が良いという言葉があるが、まさしくその言葉がぴったりに思える二人だと静は思う。しかしそれを口にすれば真咲は必ず否定をするだろう。それはもう、毛を逆立てて怒っている猫のように。
「そういう事なんで、放っておいても大丈夫!」
「は、はぁ……」
困惑気味のクラウスの返答を聞きつつ、静はまだまだ騒がしい彼らを見て、ルイスとリーリアに振り返った。
「ごめんね、二人共。もうちょっと待っててね?」
「お気になさらず。こうなるだろうとは思っていましたので」
「大丈夫ですよ。ふふっ、あのアリッサの困り顔が見られましたので」
呆れの色が見えるルイスの顔はいつも通りだが、リーリアがいつもよりも楽し気というか、にやりと笑っていたのを見てしまい、静は誤魔化すように子狼に視線を落とした。
「一緒に待っててね、ネーヴェ」
きゃう。
ああ、やっぱりこの子狼が一番可愛いなぁと少しばかり思考を明後日の方向へと飛ばした。
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
開発局の建物の中へとようやく入ると、広いホールと天井に煌々と輝く明かりがまず目に入った。
シャンデリアではなく、まるでカンテラのようなものが幾つも天井から下がっていて何とも幻想的な柔らかい光を放っている。青藍と言うだけあり、内部も青を基調とした色を要所要所に使っており、壁の装飾、扉、階段等々、それらすべて芸術品のそれにさえ見えた。
ホールには様々な多く人々が行き交っており、質の良い衣服を身にまとっている者もいれば、それボロなんじゃないかというような衣服を身にまとっている者もいたりとなかなか個性豊かであり、それぞれ手元の本を読みながら歩いたり、書類を見たり、白熱した議論を交わしていたりと見ていて飽きない。
その中でよく目立ったのは、中央あたりでうろうろと忙しなく歩いている一人の男だった。
「あ、エミリオさん!」
その姿を見つけた奈緒は少し声を張り、手を振る。恐らくこの開発局にいた時に世話になった人なのだろう、とそう静は思った。
その男は奈緒の声に気付き、はっと動きを止め、姿を見るなり、足早に駆け寄ってきた。なぜか鬼気迫るような顔で。
「よ、ようこそおいで下さいました、聖女様方!」
青藍を基調とした衣服の上に、白衣を着ている中年の男は、本当に心の底からの言葉を発しているように聞こえた。
過労か歳のせいか、茶髪の髪には白い毛が混ざり、なぜか涙ぐんでいるせいか眼鏡の奥の茶色い瞳が大変印象に残った。
「ここの局長を務めさせていただいております、エミリオと申します。本当、心よりお待ち申しておりました!」
まさかの局長自らの出迎えだった。しかも一人で。
「エミリオさん、泣かないでください。本当に」
「奈緒様! 本当、お待ちしてました!」
おいおいとすでに泣きかけているエミリオは、ひどく疲れた顔をしていた。奈緒に比べて頭一つ以上背の高い大きな男がそんな様になっているのだ、相当なことが起きてしまっているのだろうと誰もが察するが、それにしたって周囲にいる開発局の人間達はずいぶんと冷たく、ちらりと見ては足早に通り過ぎるだけだった。
無意識に袖の上から腕をさする静は、隣にいた伊織が半歩ほど近寄ったことに気付いた。静は少し考えてから、わざと肩同士をくっつけてみれば伊織は最初少し驚いたように黄金の瞳を丸くしたが、すぐに満面の笑顔を浮かべた。
「実はユアンめが、また……」
「あ、それでは、また身ぐるみはぎますね」
静と伊織がこそこそと無言でやり取りしている間にも、決して聖女とは程遠い物騒な言葉を奈緒はそれはとても素晴らしい笑顔で吐きだした。
伊織がふっと奈緒を見て、そして視線をばっと横に反らしたのを見た静は、それに倣ってそっと奈緒から視界から外した。同時に奈緒の腕の中にいたメルは急に動き出して腕から飛び出し、真咲の足に身体をすり寄せたがその様子はまるで避難でもしているかのように見えたのはきっと見間違いではないだろう。
「……世話焼きお節介焼きのママ」
ぼそっと真咲が呟いていた気がするがきっと気のせいだろう。
そう、きっと疲れているのだ。今日帰ったらゆっくりと休まなければ。
本日何度目かになる遠い目をし、静は思考を手放した。
その後すぐにエミリオの案内で向かった先はぴっちりと閉じられた扉の前。他の扉と同様、おかしなところはないはずなのに、なんだか妙に中から臭っている。
「開いてます?」
「開けますので少々お待ちを。お、ちょうど良い。そこの君」
ちょうど近くを通ろうとしていた腕にいくつもの荷物を抱えていた青年の姿を見て、エミリオは声をかけた。青年は一瞬左右を見渡し、エミリオの姿を見て慌てて駆け寄ってきた。
「は、はい! 何でしょうか!」
「この扉を壊して良いから、その試作品使わないかい?」
「是非!」
にこやかに扉れた扉を指さしながら言うエミリオに、間髪入れずに青年は目を輝かせて頷いた。
開けるとはつまり、実力行使であった。
青年は腕に抱えていた荷物を一度床に全て置き、そのうちの少々黒っぽいごつごつとした丸いものを手を取る。そしてその手の中で一瞬僅かに光ったかと思えば、青年は扉に向けて、それを目いっぱい力強く投げつけた。
ドンッ、という大きな音と衝撃で空気が震え扉は見事に粉砕されたたが、建物はぴくりとも振動が伝わっておらず、上からつられている明かりさえもほんの僅かに揺れた、気がするようなだけで何も起きなかった。
それほどまでに頑丈すぎるこの建物に関心したいところではあったが、静は正直それどころではなかった。
「やるんだったら事前に行ってくれねぇすか!」
「うん? 君達の事だから、ちゃんと分かっていると思ったんだが……」
あまりに突然の事であったが、流石は騎士とも言うべきか。
深紅の騎士達はそれぞれ聖女達を庇うように立ち、静もまたルイスに思いきり後ろに腕を引かれ、庇われるようにすっぽりと腕の中へと収まっていた。侍女達はその後ろに控えていた為、もちろん無事である。
半笑いながらも声を荒げるカルロスであったが、エミリオはむしろ、あれ何故怒っているんだというように、本当に不思議そうに首を傾げている。さらに本人達は身を防ぐようなそぶりは見せなかったがちゃっかり身を守るための盾のようなものを展開していたのだから始末に負えない。
しかも、だ。周囲にいたここの者達は何事か、というような慌ただしい反応は一切見せず、ちらりと見るだけでとても落ち着いていた。
「あれ? 威力が弱い……」
青年は見事に破壊された扉を目の前に首を傾げた。なんと、今のはまだまだ想定していた威力になかったらしい。
「そのようだね。おそらくは回路の方を見直してみると良いのではないかな? 使っている素材には問題がないように見えるからね」
「ああ! さすが局長! ありがとうございます! 早速戻って作り直してみます!」
足元に置いていた荷物を再度抱え直し、その足取りは軽く、何やら笑い声と共にその背中は小さくなっていった。
ああ、一体何だったのだろうか。一同、それらを見送りつつ、静は内心非常に困っていた。
彼らが話している間、静は未だにルイスの腕の中にいた。
「えっと、ルイス。もう大丈夫だよ?」
「はい。お怪我は」
「無いよ」
ルイスもまた同様に壁のようなものをいつの間にか展開していたがわけで。だからこうして腕の中にすっぽりと納められる必要性はほぼ皆無に近いはずだった。
何故、と思いながらルイスを見上げる静に対し、ルイスは静を開放しながら呆れたように見下ろした。
「静様のことですから。他の方の盾になろうとなさるでしょう?」
「……いや、そんな。うん」
「静様?」
「圧、圧がちょっと強い……」
否定は出来なかったからなおの事、静は顔の前にネーヴェを持ち上げ、視線を防ごうとした。が貫通する圧ときゅんきゅんと鳴くネーヴェがとてもかわいそうになってきた。
「静。あなた背が一番小さいんだから、ちょっと難しいわよ。きっと」
「奈緒ひどい!」
「はいはい」
そこにさらに追い打ちをかけてくる四人の中でも一番背の高い奈緒からの一言が、静の心にクリティカルヒットした。
拗ねてやる、と思ったが圧が全くなくならない以上、変な事は出来ない。せめてもの視線を逸らして対抗するだけだった。
なんとも幼い対抗をしている静をそのままに、追い打ちをかけた奈緒は破壊された部屋の出入り口前に仁王立ちした。
「それじゃあ三人共、ちょっとここで待っていてくれるかしら? 中の主にご挨拶してくるから。それでなんだけど、皆の侍女さん、今だけで良いから手を借りたいのだけど」
扉が無くなったおかげで室内が今一体どうなっているのかと言うのがよく分かる。
入口手前で一体何の山か分からない物、物、物。なんか腐ってそうな物。食いかけの何か。這っているいる虫。本。物。
「奈緒! 私も行きたい!」
「伊織はどうせ虫目当てでしょ! ばっちいから止めなさい!」
元気よく手を上げた伊織にすぐに奈緒は却下した。
「伊織様、クレアが変わりに行ってまいりますので。それで耐えていただけませんか?」
「……大丈夫?」
「応援していただければ」
「がんばれ!」
「はい!」
この惨状を目の前にしたのもあって、ほんの少しだけ顔色を悪くしているクレアだが、伊織からの応援の言葉をもらい、嬉しそうに笑って見せた。
「……アリッサ。無理しなくていいのよ」
「いえ、参りますが?」
「あ、そう。待ってるわ」
「はい」
迷わず向かうアリッサに、少しばかり信じられないような顔を浮かべる真咲だが、一先ずは大人しく待つつもりなようだった。
そして静はリーリアに振り返り、ぐっと拳を握った。
「がんばって」
「はい……!」
リーリアも静と同じように両手でぐっと拳を握って見せた。
奈緒、そして侍女達四人はまるでこれから戦場に向かう騎士のように顔を見合わせて頷き、中へと踏み込んでいった。
そして――その数分後、中から悲鳴が聞こえた。
それは野太い男ではなく、甲高い女の悲鳴だ。まさか、と誰もが緊張を走らせるが続いて聞こえてきた声に一気に身体を脱力した。
「ひえっ! なんで貴方がいるんですか! 大神殿にいるはずじゃないんですか! こないで、こないでぇええ!」
甲高い悲鳴の後に続く、まさしく男の情けない泣き言にああ、なるほど、今のは部屋の主の者かと誰もが理解した瞬間だった。まるで暴漢に襲われているかのような悲鳴をあげたり騒いだりしているのが聞こえる中、奈緒の怒声が響いた。
「うっさいわね! その口ふさぐわよ!」
「ヒェッ! 誰か、誰が! いやぁあ、襲われるぅう!」
「なんでちょっと目を離したらこんなになってんのよ! 全部片づけさせたはずよね!?」
「ああ、止めてぇえ! 触らないでぇえ!」
声だけ聞いているのであれば、情けないが男の方を助けなければいけないようだが、この部屋の異様な汚さを前に、誰もが納得するようなやり取りだ。
「これ捨てろって言われなかった?!」
「ああ、駄目です! まだ使えますからぁあ!」
「エミリオさんに後で確認するから!」
「やめてぇ!」
何故だろうか、段々と部屋から聞こえてくる会話が母と息子のそれにのように聞こえてくる。だがしかし、奈緒の今まで聞いたことがない怒声と言ったらそれはもう恐ろしいものだった。
「奈緒、怖い」
「まじで怖い」
「あ、ゴキブリ」
てい、と伊織はそれを取り出したハンカチの上からであったがほぼ素手で捕まえ、部屋の中に投げ入れた。
「ちょ、え、は……?」
「爬虫類ってね、ゴキブリ食べるんだよ?」
「いや、意味わかんないから!」
「え? ただの餌になる虫だよ? 怖くないよ?」
違う、そうじゃない。そういうことを真咲が言っているのではない、と静も理解していたが伊織は分からず首を傾げていた。ちなみに使ったハンカチは適当に丸めてまたポケットに戻していたが、静は見ないことにした。
「ああ、これでユアンが少しでもよくなればいいのだが……」
「あの失礼。エミリオさん。すみません、あの人って……」
目元をぐっと抑え、疲労感が拭えない様子だが、静は意を決してこの部屋の主について聞いてみた。
「ああ、初めてでしたよね。あれの紹介が遅れ申し訳ございません。あの者の名は、ユアンと言いまして……、そのお恥ずかしい話、この惨状を作り出すので、巣窟の主とも呼ばれております」
「見ての通りですね」
「ええ、はい。本来であれば、こうなる前に我々がなんとかすれば良いのですが、開発者特有のテリトリー云々もあり、なかなかうまくいけず……。しかしそんな時に聖女である奈緒様が現れたのです!」
その時のことを思い出しているのだろう、彼の目じりにきらりと輝いている何がか見えた。
「恥ずかしながら、実の所ユアンのこの状況よりはマシなのですが、他もなかなかの惨状でして。奈緒様は運悪く、他のマシな方ではなくここに落ちてこられてしまい、それそれは激怒しておりました。一応我々もお告げの事は耳にしておりましたので、すぐに聖女であると分かったのですが、これは怒りを買ってしまったと恐怖しました。しかし、奈緒様はお怒りになられながらも、自らの手で掃除を行い始めたのです。ええ、それは大変すばらしいものでした。あっという間に場を綺麗にし、見ていた者達を説得し、進んで協力して掃除をするようになった者が増えたのです! 彼以外は、ですが」
きゃあああ、と悲鳴が聞こえたが、聞こえないふりをした。
奈緒の潔癖はなんだかんだ度が過ぎるものでもないし、本人も押し付けようとはしていない。が、その奈緒がつい自ら手を出して掃除を始めるくらいの惨状だったのだろう。
加えて日夜開発、研究を繰り返す場所であるならばやはりある程度の整理整頓は必須なのはよく分からない静でも理解が出来た。なんせあのような爆発物を作ってしまうのだ、片付けていなかったがために暴発したなんて言ったら全く持って洒落にならない。
「奈緒様は我らにとって救世主でもあります。ですから何時、ここへおいでになるのかと、本当に心待ちにしておりました」
「そうだったんですね。それなら、来れて良かったです」
「ええ、はい。また皆様とこうしてお会いできたこと、大変光栄にございます。本来であれば、このような場で言う言葉ではないのですが」
「気になさらないでください。むしろおかげで皆の緊張がほぐれたので、良かったと思います」
本来であれば応接室なりの部屋等々に通され、対応されるのであろうが、ここはどうやら少々異なるようだった。
まさかの局長自ら一人で出迎え、さらにこの惨状を目の当たりにしたのだから、応接室で対応なんて互いになあなあになるし、今更な事だった。
「それは良かったです。ああ、そうだ。どうでしょう、奈緒様達はまだしばらく時間を要するでしょうから、この内部について少し説明を致しましょうか?」
「ああ、それは良いですね。お願いしてもよろしいですか?」
「はい。もちろんです」
静はよくあちらで働くときに見せていた愛想笑いを浮かべながら、何度目か、無意識に腕をさすった。
部屋の中からガタガタ、ガシャン、と何かが崩れ落ちる音が聞こえてくるのを静はなるべく気にしないようにしながら、背後からずっと視線を向けるルイスに振り返った。
「……えぇっと、何かな?」
「……いえ、何もありません」
しかし深緑の瞳は何か言いたげに見えるも、あまり口にするほどでもないのだろうか。
静はよく分からず少しだけ眉間に皺をよせつつ、伊織と真咲の二人の会話に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます