第二十一話 少年陰陽師

 宿の広い庭がまるで時代劇で見る御白州のようなありさまになっていた。

 縁側に月ノ輪童子と塵塚怪王、庭に敷かれた茣蓙に青年が一人座っている。

 青年を遠巻きにしつつも武器を構えているのは宿の用心棒たち。宿の宿泊客も臨戦態勢で二階の部屋から見守っている。

 四方八方、殺気立った妖怪だらけの環境で、陰陽師の大泥渡は胡坐をかいて無表情に折笠たちを待っていた。その姿はまるでじゃれつく子猫の群れに辟易する大型犬のようで、救いの主がようやく来たかと面倒くささが滲む疲れた目を向けてくる。


「唐傘お化けと迷い蝶の半妖であってる? あんたたちに相談があんだけど」


 折笠は答えずに縁側に立って大泥渡を見る。

 中学生か、高校生くらいだろう。同年代の男性と比べても低い身長だが、顔の造形が整っている。そこらの子役や映画俳優では同じ画面に映っただけで役を食われかねないイケメンだ。

 土のような茶髪に深い青の瞳、日本人離れした色彩だが、顔や骨格は日本人らしさがある。

 ただ、壊滅的なまでに、服装が終わっている。

 真っ赤な上ジャージにダメージジーンズ。顔がどうこうの話ですらない。ドン引きすらせずに無表情の黒蝶を見れば、折笠の感覚が間違っているとも思えない。

 これと一緒に歩きたくない。そう一目で思わせるレベルだ。


「唐傘の、これは知り合いか?」


 月ノ輪童子が無遠慮に大泥渡を指さして聞く。

 折笠は無言で首を振り、黒蝶を見た。やはりというべきか、黒蝶も首を振る。

 塵塚怪王が胸の谷間から人型の紙を取り出す。ヨシ、殺っちまうか。そんな副音声が聞こえてきそうな動作だ。

 しかし、黒蝶が塵塚怪王に待ったをかける。


「ちりちゃん、相談したいってこんなところまできた相手だよ? 話くらいは聞こう。私たちが知らない話が出てくるかもしれないんだから」

「……いつでも準備はできておりますので、お声掛けください」


 妖力を人型の紙に込めながら、塵塚怪王は大泥渡を殺す時を待ちわびている。

 強烈な殺気を受けているだろうに、大泥渡は自前の茶髪を指先でくるくる回しながら何事かを考え、話を整理するように口を開く。


「陰陽師会に追われている唐傘お化けと迷い蝶の半妖であってるよな? 違うなら、さっさと出ていくよ」

「福島県からずっと追われてる唐傘お化けと迷い蝶の半妖なら俺たちで合ってると思うよ」


 殺る気満々な塵塚怪王の肩を黒蝶が押さえてくれているのを横目で見て、折笠は会話に応じる。

 折笠の返答を聞いて、大泥渡が茣蓙の上で正座に座り直す。


「陰陽師、茂鳶に調伏された僕の友人のサトリを解放したい。手を貸してほしい」

「友人のサトリ?」


 大泥渡の友人の陰陽師が調伏したサトリを奪われたということかと、折笠は眉を顰める。


「その友人の陰陽師はどこにいるんだよ」

「そうじゃない。サトリが僕の友人なんだ」


 ますます意味が分からない話だ。

 陰陽師がなぜサトリと友情をはぐくむのか。敵対関係だろう。

 いぶかしむ折笠たちの横から塵塚怪王が口を挟む。


「罠でしょう。主様たちをこの宿からおびき出すつもりです。この宿は月ノ輪童子殿を始め、強い妖怪が多い。正攻法では被害が大きいと見た陰陽師連中が姑息な罠にかけようとしているのです」


 塵塚怪王の言うとおり、順当に考えれば罠としか思えない。

 だが、罠にかけるのであればサトリを救いたいなどと言うだろうか。天狗の無説坊やその配下を捕らえていると嘘を吐くほうが罠として成立させやすい。

 事実、この場で大いに疑われているのだから。

 ちょいちょいと服の袖を引かれて、折笠は傍らの黒蝶を見る。


「折笠君、あの陰陽師君だけど、言葉に迷いがないよ。何かの術で思い込んでいるだけかもしれないけど、サトリを友人だと思っているのは間違いない」

「まるっきりの嘘ってわけでもないのか。意図が読めないけど」


 その時、黙って話を聞いていた月ノ輪童子がゆっくりと立ち上がった。


「少年陰陽師よ、その話だが、我らに何か利益はあるのか?」


 大泥渡が月ノ輪童子と折笠の間で視線を行き来させる。関係性がよく分からないのだろう。

 大泥渡が月ノ輪童子へと視線を定めて質問に答える。


「迷い家の所在を教える」

「ほぉ、それは面白い」


 月ノ輪童子が一瞬で乗り気になって折笠たちを振り返った。

 迷い家は遠野物語で有名な東北地方で語られる伝承、怪奇譚の一つだ。

 神出鬼没の古い家屋で、中の富を持ち出すことができる。

 この宿と同様の霊道に当たる家屋だが、他と違うのは移動できる点だ。

 月ノ輪童子が折笠に声をかける。


「持ち運びできる霊道、迷い家は隠れ家にちょうど良い妖物じゃ。罠であっても受けてよいと思うぞ」

「本当に迷い家があればの話でしょう?」


 塵塚怪王は疑いの目で大泥渡を睨んでいる。

 どちらの言葉も一理ある。

 そして無視できない事実がもう一つ。


「大泥渡君がここに来たってことはこの宿は陰陽師にバレてるんだよね。話に乗ってこないと分かったら仕掛けて来るんじゃないかな?」


 黒蝶が指摘すると、宿の管理をしている小鬼たちが青ざめる。


「罠だと仮定しても、乗っちゃっていいと思うんだ。現場に行って本当に罠なら、少しちょっかいを出した後逃走して、この宿に私たちがもういないってことを示した方がいいよ」

「黒蝶さんの言う通りだね。今すぐ動こう」


 宿に迷惑をかけるのは避けたい折笠は黒蝶の考えに同意して立ち上がる。

 月ノ輪童子が声をかけてきた。


「我も行こう。盃を取り返してもらった恩もあるのでな」

「主様たちが決めたのでしたのでしたら、道具の私は全霊で従いましょう」


 月ノ輪童子と塵塚怪王が後をついてくる。

 心強いのだが、折笠は少し陰陽師たちに同情する。

 実戦経験の少ない半妖の若者二人を待ち構えていたら歴戦の鬼と陰陽術を知り尽くす器物妖怪が追加でやってくるのだ。

 過剰戦力かもしれない。

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