第十三話 友誼の盃

 昔々、江戸の頃、妖怪たちは日夜人を化かし、脅かし、時には交流を持っていた。

 月ノ輪童子は線が細く、女子のようだった。鬼と呼ぶには力も弱く、人間の男より少々強い程度。

 仲間の鬼に馬鹿にされ、若い月ノ輪童子は――ブチ切れた。


「あいつらをなます斬りにしてやろう」


 そう決意した月ノ輪童子は人里におり、剣術道場に入る。角も隠さず堂々と稽古をつけてくれと米俵を担いでやってきた月ノ輪童子に道場の師範は唖然としていた。

 月ノ輪童子に害がないと分かると、師範は今度は面白がって剣を教えた。

 その師範は名を杉浦宗治といった。


 月ノ輪童子という玩具がいなくなって人里で人を食らおうとしていた鬼どもをなます斬りにした後も、月ノ輪童子と杉浦宗治の交流は続いた。

 四季折々に酒を酌み交わし、年に一度は剣を合わせ、子が生まれれば杉浦夫妻そっちのけで可愛がり、長く長く続いた。

 明治維新が成り、月ノ輪童子の下に一人の陰陽師が現れた。


「鬼と交流する杉浦一族を滅ぼされたくなければ、貴様の妖核をよこせ」


 およそ百年の歳を重ね、古い妖怪として付近に知られ、年相応の落ち着きを示していた月ノ輪童子は――ブチ切れた。

 交渉に現れた陰陽師をなます斬りにし、その家に乗り込んで陰陽師の首を放り込み、月ノ輪童子は啖呵を切る。


「杉浦一族との交流の一切を断つ。この盃は盟友、杉浦宗治との友誼の盃だ。これを誓いとして置いていく。だが、もしも、貴様ら陰陽師が杉浦一族に危害を加えたその時は、三日月の夜に殺して回る」


 以来、月ノ輪童子は杉浦一族を陰から見守るだけにとどめ、一切の干渉をしなかった。



「――というわけで、盃を取り返してほしいんじゃ」

「誓いは!?」


 思わずツッコミを入れる折笠と黒蝶の声が重なった。

 月ノ輪童子が笑う。


「息がぴったりじゃ!」


 ひとしきり笑い転げた月ノ輪童子は目じりの笑い涙を拭って言う。


「誓った陰陽師の血筋が絶えたんじゃ。杉浦の方は去年、可愛い娘が生まれた。我らの勝ちじゃ」


 ニヤリと笑う月ノ輪童子はその顔の良さも相まって小狡さが見えない。

 誓った相手が死に絶えてしまった今、もはや誓いは意味をなさない。それは分かる。だが――


「血筋が絶えているなら、その盃はいつでも取り返せるんじゃないの? それとも、売られるか捨てられたりして行方知れず、とか?」


 黒蝶の質問に月ノ輪童子は首を横に振る。


「脅しが効きすぎたんじゃ。陰陽師どもめ、結界を張って妖が家に入れないようにしよった。血が絶えたのは一昨年のことゆえ、まだ屋敷はそのまま残っておる。だが、早めに取り返さねば屋敷ごと壊されかねんのじゃ」


 元陰陽師の屋敷の所有権がどうなっているのかは不明だが、確かに取り返せないと盃がどうなるか分からない。

 妖怪が入れない結界も、半分人間の折笠たちなら入り込める。

 ただ、問題がある。


「それ、泥棒にならない?」


 所有権がどうであれ、盃はいま誰かが有しているはずだ。その誰かが自覚しているかも定かではないが、法的には所有物である。

 そこに折笠たちが割り込んで取り返せば、それは窃盗だ。

 神社庁管轄の陰陽師に命を狙われている身とはいえ、法を積極的に犯すつもりはない。

 月ノ輪童子は笑顔で頷いた。人が好きというだけあって、法律にもある程度の理解があるようだ。


「人は見えぬものにも価値を見出すことは知っておる。だが、知らないものにまでは価値を付けられん。件の盃は只人には見えぬし、妖力がなければ触れることもできず、許可がなければ動かせぬ。そう呪をかけた友誼の品じゃ。友以外にやすやすと触れられてなるものか」


 はっきりと言い切るその口調からは、亡き友杉浦宗治とのかけがえのない友情が窺えた。

 よほどのことがなければ触れてほしくもないだろう盃がいま、危機に瀕している。だから取り返したい。

 折笠も気持ちは分かる。だが、ここは交渉の場だ。


「神性について知る手掛かりは、その盃を取り返したら教えてもらえるのか?」


 目的を見失ってはならない。迷い蝶を飛ばしてくる黒蝶のいたずらやからかいで学んだことだ。

 月ノ輪童子の答えは単純だった。


「江戸の頃にはすでにあった陰陽師の家だ。当然、情報が残っておる。我も監視していたが他の陰陽師が出入りした様子もない。高天原参りや神性について知る手がかりだと言っただろう?」


 つまり、情報があるかどうかははっきりしない。

 他に手がかりがない折笠たちに選択肢もない。

 陰陽師の家を探索する貴重な機会をくれた見返りに、盃を一つ取り返すだけのお話だ。

 それに、陰陽師の家を探索して得られるかもしれない情報は高天原参りだけではない。


 陰陽術に関してはもちろんのこと、調伏に関しても調べられるかもしれない。

 折笠にとって、陰陽師にされて嫌なことの第一位が黒蝶を含む知り合った半妖と妖怪を調伏されることだ。

 唐傘お化けの半妖である折笠の本懐は誰かを守ること。守るためなら妖力が跳ね上がる折笠の特性は、逆に守る対象を盾にされると何もできなくなる可能性がある。

 高天原参りや神性を得る方法などの情報がなくても、陰陽師が妖怪や半妖をどのように調伏するか。調伏された妖怪を解放する方法などを知ることができれば、対応策が見つかるかもしれない。

 折笠に断る理由が何もなかった。


「分かりました。その盃の形状と色合い、特徴を教えてください」

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