第41話 事務所ゲット

 結局、この数日後に貿易商側は俺の提案を受け入れることになった。

 何も俺の言葉だけが決め手ではない。貿易商の上層部、下っ端従業員全てから信用を失っている状態とは露知らず、グリフォン馬車サービスは支払いを遅延した。

 その対応で、グリフォン馬車サービスのオーナーは貿易商側からの信用を完全に失ってしまったのである。

 もちろん、これだけでは貿易商側も俺の提案を受け入れる理由には当たらない。

 貿易商側がグリフォン馬車サービスの対応に憤怒していたところにフラン・メルヴィとともに出向いて、グリフォン馬車サービス側の債務の一部を支払ってみせたのだ。

 日本の法律でいうと、代位弁済という形になるのだろうか。日本の代位弁済であれば、ただ俺達が請求権を持って債務者──この場合はグリフォン馬車サービス──に支払った分は請求するだけなのだが、ここは異世界。日本ほど契約法も制定されていないので、もっとが通用する。

 俺達は貿易商側に対して『俺達にグリフォン馬車サービスを任せてもらえたら、こんな感じであんたらに真っ先に債務は支払うし、あんたらは絶対に損はしない』と言ってみせたのである。

 オーナー側が支払えなかったものを従業員が代わりに支払った。それだけで信用を得るには十分だ。

 たかが従業員が何で債務を支払えるんだという疑念は持たれたが、そこは俺達三人がお金を出し合った、ということにしてある。これが日本だったら銀行の残高的におかしいとか収入的におかしいという話になるのだが、異世界には個人の財産をしっかりと管理するシステムは存在しない。

 債務の一部だけを弁済したのだって、あくまでも現実味を持たせるためだけにその額に抑えたに過ぎず、ハッピーパウダーの売り上げを使えば、正直全額支払うことだってできた。

 この暫く間で、ここハバリアには相当ハッピーパウダーが出回っていて、既にリピーターが続出している。もしかすると、この町にある金の何十分かの一は俺達が既に手にしている状況かもしれない。

 日本であれば、こういった薬物で手にしたデカい金は、一旦綺麗にしてからでないと使えないのであるが、異世界はそういった苦労もない。汚い金でも綺麗な金として使える、実に犯罪者側に有り難い環境なのである。

 兎角、こうして俺達が代位弁済したことで、貿易商側もグリフォン馬車サービスに働き掛けた。


『取引を継続する条件として、グリフォン馬車サービスの運営権をクレハに譲渡すること。でなければ、取引を中止し、これ以上の供給を断つ』


 これが、貿易商側がグリフォン馬車サービスに出した、取引継続の条件だった。

 まあ、これも俺が全部裏で糸を引いていて、『即金で債務の一部を支払う条件として、グリフォン馬車サービス側にこう要求してくれ』と貿易商側と交渉したのだが。

 無論、貿易商側としては損はない。むしろ、全然回収できる見込みがなかった債務を回収できるようになるのだから、是非そうさせてくれ、と前のめりで俺の提案に乗っかってきた。

 貿易商から馬車の部品や消耗品の供給を絶たれてしまえば、グリフォン馬車サービスも事業を継続できない。要するに、俺に運営権を譲渡する他なかったのである。

 こうして、グリフォン馬車サービスは実質的に俺達〝レガリア〟のものになったのだった。


「いやぁ、すんませんねぇ、オーナー。引いてもらうことになっちゃって」


 馬車サービスのにて、荷物をまとめているオーナーに向けて言った。


「お前……一体どこにあんな金が。売り上げを着服していたのか?」

「そっちに納めてた金額見ても同じこと言えます?」


 こちらを睨み付けてくるオーナーに対して、俺は不敵な笑みで返してみせた。

 オーナーが、うぐっと顔を歪ませたのは言うまでもない。

 そう、俺達三人は馬車サービスの仕事を行っていたし、かなり高めの売り上げ金を納めていた。まあ、それらはハッピーパウダーの売り上げ金を横流ししているだけなのだが、それでも額面的に横領していたと考えるのは難しいだろう。


「まあまあ、オーナー。実質的な運営権は俺にあるから、ここには居てもらえないんスけど、あんたが生活に困らない程度に金はちゃんと入れさせてもらいますよ。一応


 ぽんぽん、とオーナーの肩を叩いてみせる。

 そう。本来なら運営権を手放すとはイコール俺がオーナーになるわけなのだが、彼の名前は引き続き使わせてもらうことになっている。

 毎月、彼が生活に困らないだけの金を渡すことを条件として、だ。

 まあ、名誉会長だとか名誉社長だとか、そんな感じの扱い。謂わば、彼の名前だけはオーナーとして残るように仕向けたのである。

 貿易商側も、そのことについては文句を言わなかった。俺が実際に馬車サービスを運用して債務を返済してくれるなら、何だっていい、という感じだ。

 無論、これにも理由がある。だって、嫌じゃないか? 


「お前の狙いがさっぱりわからん。お前、一体何がしたいんだ? 私にオーナーとしての名義を残すことにどんな意味があるんだ。しかも、私に金を払ってまで」

「恩っすよ、恩。記憶なくした俺に働き口をくれたのはオーナーじゃないっすかぁ」


 俺はへらへらと笑って、白々しく嘯く。

 もちろん、恩はある。ハッピーパウダーの販路確保には、この馬車サービスは必須だったからだ。

 オーナーはもちろん言葉通りに受け取れないでようで、苦々しくこちらを睨み付けたままだ。


「貴様ぁ……!」

「まあ、深く考えないことをおすすめしますよ。だって、それだけでもう生活には困らないんスから」


 俺は一旦そこで言葉を区切ってから、オーナーのおっさんと肩を組んで、耳元でこう囁いた。


「それに……嫌でしょ? 変に首突っ込んで、。それとも、好きっすか? 


 彼は身体をぶるっと震わせて、口を噤んだ。

 どうやら、わかってもらえたらしい。そう、人生には突っ込んではいけない場所というのがあるのだ。

 せっかくだ。プレゼントをあげよう。


「わかってもらえて嬉しいっすよ、オーナー。そうだ、これ知ってます? なんか最近町で流行ってるらしいんすけど、飲み物に混ぜて飲むと、幸せな気持ちになれるみたいっすよ。よかったら飲んでみてください。ねえ、オーナー?」


 そっと彼の手に、ハッピーパウダーの小瓶を持たせてやる。

 あんたは黙って、その粉とともに余生を生きてくれ。

 まあ、結局こっちが渡した金も、この粉を買うために使う羽目になるのだろうけど。

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