第36話 異世界転生の条件?

「でも、何でボスだけこっちの記憶ないんだろうねー」


 フランがメルヴィの入れてくれた水を飲みつつ言った。

 確かに、それも言われてみればそうだ。

 これまでは俺とフランだけだったから、宿主の記憶を持っている持っていない比率は五分五分だった。しかし、メルヴィも宿主の記憶を持っているとなると、異世界転生では基本的に宿主の記憶を保持する、という説が正しい気がする。転生者の自我や記憶をメインに持ちつつ、宿主の記憶や技、知識を有する……フランやメルヴィを見ていると、多分そんな感じだろう。

 だが、俺にはその宿主の記憶や知識が皆無だ。もともと麻薬を調合するスキルは持っていたようだが、それをどのように活かしてきたのか、そしてどんな感じで生きてきたのかも爺さんからの伝聞でしかない。


「何も覚えてないんですか?」

「ああ。マジで何の記憶もない」

「何ででしょうねー……まあ、この異世界転生っちゅーのも意味不明な出来事ではあるんで、そもそもそこに必然性を求めるのも変な話なんかもしれませんけど」

「必然性か……転生する条件が俺だけ違ったとか?」


 思い返してみるが、俺達三人に差異があったとは思えない。

 俺もフランもメルヴィも、ヤクの取引場で殺されている。ㇾクスも同じくだ。


「ん~、特に変わったことしてなかったと思うけどなぁ」


 フランがテーブルに両肘を突いて、天井を仰いだ。

 メルヴィも腕を組んで、悩ましげな表情を浮かべている。


「あっ、そうだ」


 そこで、ふと俺の頭の中に、普段とは異なることをしていたことを思い出す。


「俺だけじゃないけどさ、珍しく取引前の景気付けでハッピーパウダー皆でやらなかったか?」

「あー、やったやった」

「そういえば、やりましたねえ」


 そうだった。

 基本、俺達は仕事前や仕事中にヤクはやらない。思考が鈍ったり、判断が遅れたりすることを避けるためだ。

 だが、あの日ばかりはこれで売人も最後だから、と皆で吸ってから取引に挑んだのである。


「でも、それだったら私とメルヴィさんも同じじゃない?」

「まあ、確かに」


 死ぬ前にハッピーパウダーを吸っていたから宿主の記憶が残っていない、だと俺以外も皆宿主の記憶を持っていないことにならないとおかしい。


「死ぬ前に景気付けで皆でハッピーパウダー、ですか……」


 一方のメルヴィは、その単語に何か引っかかった様子で顎に手を当てていた。


「どうした?」

「いえ、今あちきらに共通してるんがそれなんちゃうかなって思いまして」

「ん? どういうこと?」


 メルヴィの言葉に、フランが首を傾げる。

 そこで俺もその言葉に考えてみて、ふとひとつの説に行き当たる。


「あー、なるほどね? 死ぬ前に皆でハッピーパウダーを吸ったから、異世界に転生できたってことか」

「そうそう、それです」


 俺の言葉に、メルヴィが同意する。

 確認の仕様がないことであるが、もしかするとあっちの世界で死ぬ前にハッピーパウダーを吸っていたことが異世界転生を果たすトリガーになっていたのかもしれない。

 もしそれがトリガーの役目を果たしているとすると……


「え、じゃあそれだとㇾクスもこっちにいるんじゃない!?」


 フランが目を輝かせた。

 そう。もし死ぬ前にハッピーパウダーを吸っていたことが異世界転生の条件ならば、ㇾクスもこちら側にいる可能性が高い。ただ、問題点もある。そうそう上手く再会できるかどうか、だ。


「こっちの世界も広いからなー。あいつが転生できてたとして、そうそう上手く出会えるもんか?」


 ハバリアだけでも結構広いし、俺達から見て広いと感じるこのハバリアも、アーガイル王国の中では辺境地のような場所らしい。

 近隣には他にも国があるだろうし、そもそもこの世界がどれくらいの広さなのかも俺達には想像もつかない。そんな中で、果たして異世界転生を果たしてきたㇾクスを見つけられるのだろうか?


「案外出会えそうとちゃいます?」


 俺の懸念を吹き飛ばすように、メルヴィが言った。


「だって、あちきら三人とも結構近くにおりましたやん。案外死に場所の距離感と転生先の距離感って近いんちゃうかなって思ったんですけど」

「「……確かに!」」


 俺とフランは顔を見合わせて、歓喜の声を上げた。

 言われてみればそうだ。

 そもそも、その広いと言われるアーガイル王国の中で異世界転生してきた三人がこうしてひとつの場所に集結しているのである。

 そうであれば、ㇾクスも転生しているとすれば、ハバリア近辺にいる可能性が高い。


「だったら……ハッピーパウダーの買い手を探すのと同時並行で、ㇾクスも探してみるか」

「じゃあ、私が町中探してみるね!」

「ああ。んじゃㇾクス捜索はフランに任せるかな」


 フランは基本的に町中で馬車サービスをメインに働きつつ、ハッピーパウダーの販売を行っている。そろそろ、ハバリアの町では結構流通も進んできているとのことだ。

 俺は町の外担当。というより、新しい原材料の捜索がメインだ。小さな集落や村に足を運んだりして、バジリスクのような伝承がないかを聞いて回る。

 で、ハッピーフラワーを爺さんから取りに行ってハッピーパウダーやドーピングパウダーを追加で調合している。

 生産担当が俺、販売担当がフランという形だ。ここにメルヴィも入ってくるとなると、色々俺のやれることも増えてくる。


「ほな、馬車サービスで働きつつあちきは魔法学校の方で原材料になりそうな話の情報探してきましょかね。なんか、〝レガリア〟の最初の頃みたいで楽しいですねー」

「うんうん、ここにㇾクスもいれば最高だよー!」

「だな! これから頑張ってこうぜ」

「おー!」


 異世界版麻薬カルテル〝レガリア〟の目標が決まってきた。

 俺の宿主の記憶問題は結局解決しなかったが、色々やることが増えて、忙しくなってきた反面、メルヴィの言う通り、活動初期の頃みたいで楽しい。

 いや、心許せる仲間と悠々自適に遊び感覚でビジネスをするのがきっと、楽しいのだろう。

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