第31話 関西弁の女

 背後から声を掛けられ、俺はダガーを、フランは剣を抜いて、同時に振り返った。

 そこには、ひとりの女がいた。

 まさに目を奪われる存在、というのはこのことだろうか?

 これまた美人な黒髪の女がそこに立っていたのだ。

 フランも最初に見た時は美人だと思ったが、目の前にいた女もそれに負けず劣らずといった美貌を持っている。


「ボス、注意して。多分高位の魔導師だよ」


 フランが小声で俺に忠告する。

 改めて彼女をじっくり見てみると、なるほど、確かに魔導師っぽい風貌だ。

 彼女の長い黒髪には青いインナーカラーが入っており、風に揺れるたびに艶やかに光を反射していた。大きな青い瞳はまるで宝石のように澄んでおり、どこか神秘的な光を放っている。白く滑らかな肌は、まるで絹のような触り心地を連想させ、彼女の存在を幻想的なものにしていた。

 魔導師のようなローブを纏っているが、その衣装は魔導師にしてはやや派手で、たわわに実ったふたつの果実が強調されていた。且つ肩にアーマーが装着されているなど、戦闘向けの実用性も兼ね備えている。

 腰には赤い帯が巻かれ、そこには見事な模様が刺繍されていた。帯には金のクロスが描かれており、彼女が高位な存在であることを示している。

 この女性はただの美しさだけでなく、その装いから察するに戦闘においても一流の実力を持っていることがわかる。彼女の目には鋭い光が宿っており、その視線は俺達に対する警戒と興味を同時に感じさせた。


「何者だ、てめー?」


 俺はじりっと少し後退しつつ、ちらりとフランの動向を見る。

 まだ攻撃を仕掛ける気はないようだが、相手への警戒心はしっかりと持っている。

 マジで何者なんだこいつ。

 俺達がこの家を買ったのは今日の今日。前から馬車サービスをやりながら近辺の空き家を物色していたが、ここを買ったのを知っているのはハバリアの不動産屋と俺達のみだ。

 それ以外に俺達の動向を知っていたとなると……尾行されていたと考えるしかない。

 だが、どうしてだ?

 クスリを売り始めて、まだ半月程度。蔓延には程遠いし、副作用なんかも発覚していないはずだ。俺達がイケナイクスリを売って金儲けをしていることなど、誰も知りようがない。


「ちょっと待ってくださいよ、そんな怖い顔せんといて下さいまし。敵意なんかありませんて」


 女は関西弁で言うと、両手を挙げて降参のポーズを取った。

 さっきのはやはり聞き間違いでも何もでなく、関西弁。

 この異世界に関西弁なんてあるのか?


「ただ、ちょっと確認がしたいだけなんですわ」

「確認? 確認のために尾行っていうのは、ちょっと常識ないんじゃないかなー」


 フランが警戒心を持ったまま言った。

 俺もフランも、まだ武器を下ろす気はない。


「それはほんま申し訳ありません。あちきも確信が持てへんかったんですわ。できれば人がおらん時に話したいなーって思てたんですけど、馬車サービスの事務所の方にはオーナーさんもいらっしゃいましたし、ちょっと憚られたんです。そんな時に、おふたりが家を買うっちゅー話をしていたところを聞いてしまいまして」


 失礼なことしてすんません、と女は再度重ねて詫びて、頭を下げた。

 関西弁で、一人称は〝あちき〟ときたか。マジで何者なんだこいつ。

 それに、今さらっと『事務所』って言わなかったか? 事務所という単語を異世界に来てから聞いたことはない。ただ、俺やフランはよく使っていた。使い馴染みがある単語だったからだ。


「それで? 何の確認がしたいんだ? 内容によっちゃ、答えてやらなくもないぞ」


 俺は女から視線をそらさず訊いた。

 すると、彼女は目を細めて、こう訊いてきたのだった。


「確認したいことは、三つほど。まずはふたつほど尋ねたいんですけど、おたくらの名前はクレハとフラン、そんで馬車サービスやりながらこっそり売ってるのはハッピーパウダー、それで違いありません?」


 俺とフランはちらりと横目で視線を合わせてから、こくりと頷く。

 嘘は言っていない。


「なるほどねえ、クレハはんにフランはんに、それでハッピーパウダーでっか」


 女は満足したように二度ほど頷くと、にやりと口角を上げた。


「もう一個の質問は?」


 フランが訝しんだ様子で訊いた。


「多分間違いないと思うねんけど……おたくらの出身国はニホンで、所属してた組織は〝レガリア〟。それも合ってます? はん?」


 そこで、俺とフランも同時に目を瞠る。

 俺達がハッピーパウダーを売っていることは知っていても、俺達が日本にいてレガリアに属していたことなど誰にも話していないし、俺の苗字ももちろん知らせていない。

 それらを知っているのは、同じく異世界から転生してきた──


「まだ気付いてくれへんのです? あちきですよ、あちき」


 関西弁の女はそこまで言うと、安堵したかのように顔を綻ばせて、こう続けた。


「おふたりと同じく麻薬カルテル〝レガリア〟の一員、メルヴィやないですか。はよ武器下ろして下さいよ。怖いですって」


 唐突に現れた関西弁の女──それは俺達が日本にいた頃に同じく麻薬カルテル〝レガリア〟で活動していて、志を共にしていた、メルヴィだった。

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