第27話 バジリスクの鱗ゲット!

 フランに武器を見繕ってもらってから、俺達はバシリスクの洞窟へと向かった。

 俺の腰には二本のダガーがある。

 戦闘や護身を目的とした、両刃の短刀だ。主に刺突に向いている型だが、一応斬りつけることもできる。

 二本のうちの一本は少し値段が高めなフレイムダガー。火の魔法石が埋め込んであり、斬りつけたり刺したりした時に傷口を燃やすのだという。めちゃくちゃ恐ろしい武器だ。

 値段は張ったが、ハバリアの町で買えるダガーの中では最も強力らしい。さすがはフラン。魔物討伐部隊での記憶があるから、武器や戦闘知識が豊富だ。

 バシリスクの洞窟にはちょうど昼くらいに着いていた。

 バシリスクは夜行性なので、基本昼間は洞窟の中で眠っているらしい。ただ、巣穴に侵入したことがバレれば、皆一斉に目を覚まして襲い掛かってくる。

 できれば、戦う前に素材になるかどうかを調べたいものだ。

 洞窟の中は暗く、湿った空気が肌にまとわりつくようだった。俺達は慎重に進んでいたが、突然、フランが手を挙げて静止の合図を送ってくる。

 次の瞬間、俺もすぐに事態を理解した。暗闇の向こう側に、バジリスクの群れがいるのだ。

 薄暗い洞窟の中で、全長二メートルくらいの大型の魔物が数匹、すやすやと眠っていた。その鱗は硬く、緑色がかった茶色の体が岩壁と同化するように見える。


「ボス、いたよ。どう? 光ってる?」


 フランに訊かれ、首を横に振る。

 俺のスキルは──まだ明確化したわけではないが──おそらく麻薬を調合する能力で、それに不随して麻薬の原材料を見出すものがある。ハッピーフラワーやドーピングパウダーの鉱石はぼんやりと光って見えていた。これは、その素材の持つ魔力を探知している、というのが爺さんから聞いていた話だ。

 もしバジリスクが素材になるのであれば、同じようにぼんやり光るのではないか……そう思っていたのだが、どこも光っていない。

 となると、バジリスクは原材料としてはハズレということになる。

 バシリスクが麻薬の原材料でないのなら、こんなところにいる意味はない。

 とっととずらかろうとフランに目で合図して、彼女が頷こうとしたが──その刹那、彼女ははっとしてバジリスクの群れの方を見た。

 何と、連中は目を覚ましていたのだ。

 彼らは鋭い牙を剥き出しにして怒りを示し、その牙からは毒を含んだ唾液腺が露わとなっていた。


「あっちゃー……どうする? めちゃくちゃ怒ってるけど」


 俺はフランに訊いた。

 確か、巣の中で一旦戦闘が始まると、どんどん仲間が出てきて襲い掛かってくるという。

 ならば、原材料にならなかった時は戦わず洞窟からは一目散に逃げ去る。

 そういう話になっていたのだが──


「うーん……もう手遅れかなぁ」


 フランが苦い笑みを漏らした。

 侵入者を察知したのか、奥からぞろぞろ、そして俺達の背後からもぞろぞろとバジリスクどもが集まってきやがったのだ。

 完全に挟み撃ちにされている。


「おおう……逃げ道塞がれてんじゃん。やるしかねえか」


 俺は腰からダガーを抜いて、構えた。

 カパプでナイフ術は確かに習ってはいるんだけど、対人のトレーニングしかやってないんだよな。

 果たしてこの化け物に通用すんのか?


「ま、このぐらいなら平気平気。ボスはそこで大人しくしてて」


 フランは振り返り、静かに微笑んだ。そして、ドーピングパウダーを少量だけ吸い込む。

 生身の状態で食人鬼オーガを瞬殺したフランがドーピングパウダーを使ったなら、きっと大丈夫だ。俺は彼女の迷惑にならないよう、壁際に下がった。


「あー……これヤバいね。めっちゃ強くなった気がする」


 フランはにやりと笑うと、目の前にいたバジリスクを音も立てずに一瞬で近付き──剣を一閃。鋭い音が洞窟内に響き、バジリスクの一匹が地面に倒れていた。

 え、つっよ……。

 強いのはわかっていたが、ちょっとびっくりが勝つくらい強い。てか速過ぎない?

 そう思ってバジリスクの死体を見た時に、俺ははっとする。

 ハッピーフラワーの時と同じく、バジリスクの背中の大きな鱗部分がぼんやりと光っていたのだ。


「あ、待ったフラン! 光ってるわ!」

「えっ!?」

「死んだら背中のでっかい鱗が光った! 原材料だ!」

「やったやったー! じゃあ、全部倒しちゃうねー!」


 フランは嬉々として言うと、ぎらりとその紅い瞳に戦士の炎を燈らせた。

 そこからは、フランの独壇場だった。

 まるで風のような速さで、次々とバジリスクを屠っていく。

 バジリスク達もどんどん増援を送ってフランを囲もうとするが、その度にフランは軽やかに動き回り、剣を振るう。彼女の剣が鋭く閃くたびに、硬い鱗をも簡単に貫いていった。もはや、関節部分かどうかなど関係ない。

 群れの中でも特に大きな個体が、フランに向かって視線を放った。おそらく、あれが麻痺の力を持つ視線なのだろう。

 しかし、フランは全く怯むことなく、その目を真っ向から捉えて、一直線にその個体へと突進。バジリスクが咆哮を上げる間もなく、フランの剣がその首筋を正確に斬り裂いていた。

 気づけば、洞窟にはもう戦闘の音はなく、静寂だけが戻っていた。フランは剣を納め、小さく息を吐く。その顔には疲れた様子は微塵もなく、ただ淡々と任務をこなしたという満足感が漂っていた。


「すっげ……強すぎだろ、お前」

「こう見えて、魔物討伐部隊のエースですから。って言っても、ドーピングパウダーの御蔭なところもあるけどね」


 フランがてへっと舌を出して笑った。

 そうか、あれだけ圧倒的な強さを誇れたのはドーピングパウダーの力もあったのか。


「副作用は? 歩けるか?」

「うん、全然大丈夫。ちょっと筋肉痛がするくらいかな? すっごいねー、ボスのドーピング。これならドラゴンも倒せるかもよ?」

「ドラゴンもいるのか、この世界には」

「私は見たことないけど、いるっぽいよー。あっ、鱗が素材になるなら、ドラゴンの鱗から作った麻薬ってすっごい薬効ありそうじゃない?」

「劇薬過ぎて吸ったら死にそうだけどな」


 俺はツッコミを入れながら、バジリスクの背中からぼんやりと光るうろこに触れてみる。

 すると──ハッピーパウダーやドーピングパウダーと同じく、粉末になった。零さないように薬包紙でそっとそれを包み込んで、小瓶へと入れていく。この作業にも慣れたものだ。


「どう? どんな感じ?」


 俺と一緒に小瓶を覗き込んで、フランが訊いてきた。


「まあ、使ってみないことには何とも。とりあえず取れるだけ取ってみるか。さすがに洞窟の中で治験するのも怖いから、一旦持ち帰ろう。ちょっと馬車から空いてる瓶持ってきてくれない?」

「おっけーでーす」


 フランは弾んだ声でそう言うと、とことこと小走りで洞窟の外に行った。

 俺は小さく溜め息を吐いて、あたりに転がったバジリスクの死体を眺め見る。

 目算で、ざっと五十体くらいか。

 面倒だが、一枚ずつ粉末にしていくしかないな。


「さてさて、バジリスクの鱗はどんな麻薬に化けるんだー? 商品として売れるレベルの効力にしてくれよ」


 俺はそう独り言ちながら、バジリスクの鱗を剥がしたのだった。

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